第8話 クレアの助言②
クレアとシンが話しているとそこに……。
“コーーーーーーーーーーーー”
すると、近くの道路に何かが近づいてくる乾いた高音が聞こえた。クレアは何かに気づいたのか、ハッとして音のする方向に向かって駆け寄っていった。
「あ、レーア、久しぶり!」
僕は思わず声のかけた方向を見ると湖畔の道沿いにホバーバイクが停まっている。その近くには、赤みがかったブラウンの髪色に、ツイストで髪をまとめ上げている四〇代らしき眼鏡の女性が立っていた。彼女はエアリアさんがいつも身に着けているようなエプロンを身に着けて現れ、クレアと楽しそうに話している。僕はその様子に興味を持って近づいていくと少しずつ会話の内容が聞こえてくる。彼女に会うのが初めてなのでついでに挨拶をしようとした。その時、彼女らの会話でクレアの気になる言葉が聞こえた。
『レーアのエミュエールハウスの方はどうなの?』
——「レーアの」? どういうことだろうか? エアリアさんの言うエミュエールハウスとは、もう一つあるのか? いや、それとも本当はもっとたくさん……?
僕は思考を巡らせながら近づいていくと、彼女は僕に気づいたのか、明るく砕けた様子で手を握るよう腕を突き出し、男勝りな口調で声をかけてきた。
「あら、クレアちゃんのお知り合いかい?はじめまして」
「初めまして、そ、そうです。クレアの……知り合いのシンって言います」
「シンか……あたしの名はレーアって言うよ。うーん、君のその顔を見ると、何か疑問がありそうだな。どうした?」
彼女は僕の表情から何かを察している。ここに来てから思うのだが、本当にこの辺りの地域の大人たちは、皆人の顔を見ただけで、相手が何を考えているのかが分かるようだ。彼女に聞けば何か分かるかもしれない——僕は彼女に疑問を投げかけてみた。
「先ほどからクレアと親しそうに話しているようですが、知り合いなんですか?」
すると、レーアさんは何かを察したのか、そばにいたクレアに顔を向ける。
「ちょっとクレアちゃん、あたしがこの人と話している間エアリアちゃんに私が着いたこと、伝えてくれないか?頼むよ」
「わ、分かったわ、レーア!」
クレアは一瞬首をかしげたが、意に返さず駆け足で走り去って行った。レーアさんはクレアが向こうへ行くのを確認すると、さっと僕に振り返る。
「さあ、クレアちゃんが言ったから話を戻そう。あたしたちが今子供たちと一緒に暮らしているのはエミュエールハウスと言って、簡単に言うとレガリス政府が支援しているエミュエール財団が作った養母施設のことだよ。エアリアちゃんと私は養母として子供を数人ずつ預かって世話をしているの。だから、クレアちゃんとは同じ組織の隣町同士ってことで知り合いってわけさ」
「隣町ということは、どこの町のエミュエールハウスなんですか?」
「ここがアリエス市で、隣のダノン市だよ。」
——もしやエヴァンさんのところなのでは……?
エヴァンさんの倉庫の近くではいつも隣で子供の笑い声が聞こえるということは、レーアは隣の家に住んでいるエヴァンさんのことを知っているかもしれない。
「差し支えなければ、エヴァンさんをご存じないでしょうか? たぶん、あなた方の家の隣で農家をやっている方なのですが……?」
「ああ、エヴァンくんなら知ってるよ! たまに子供たちの散歩で通りかかった時に話すんだ。もしかして……最近大きな声で注意されているのは君か? いつも、大変そうだな」
——やはり知っているのか……。
僕は「どうも」と言った感じで少し頭を下げ、続けて質問する。
「話は戻りますが、そのエミュエール財団およびエミュエールハウスというのは、どのような目的で作られた組織なのでしょうか?僕はここ二期ほど、エアリアさんとエヴァンの自宅を往復していて、お二人のこと、特にエアリアさんのことをまだよく理解できていないんです。なぜ彼らはあのような共同生活をしているんですか?」
すると、レーアは目を大きく開く。
「え、本当に君知らないのか?」
「はい、全く知らないです。教えてください」
「そうなのか……知らないのか……」
彼女は視線を下に下げ、少し暗い表情になった様子だった。
「エミュエールハウスというのはね、親に捨てられたり、亡くなったりして、育てる人がいなくなってしまった二〇歳以下の子供たちが集められている場所なんだよ。そして、エミュエール財団というのは、この施設の資金を支える組織で、他にも様々な支援活動を行っている財団のことよだよ」
——⁉
その言葉が、僕の思考にひどく重くのしかかった。意味を理解しようと、頭の中で反芻する。
「え、しかし……そういうところはいくらでもあるのでは? わざわざ財団まで立ててやるべきことなのではないのではないんですか?」
「確かに、そのステラリンクを付けているような、アメリア軍にいる君ならばそう考えるかもしれない。しかし、その数が尋常じゃないほど多いんだよ。そして彼らの大半は、アメリア連邦国から送られてくるんだ」
——なんでアメリアからなんだ? それならレガリスからも出てるのでは?
僕の頭にますます疑問が重なり、思わずレーアに質問を投げかける。すると、彼女は当たり前のような衝撃的な言葉をかけてきた。
「それでなぜ、アメリア連邦国から多く出てくるのですか? それはレガリスからも同様にたくさん出てくるのではないのですか?」
「そんなことも、アメリアの連中は知らないのか?君たちの国ではな、富裕層が要らなくなった子どもを捨てるって事実があるのさ」
——え……⁉
僕は初めて、彼らがそのような境遇である事実に体の血潮が駆け巡った。レーアは続ける。
「子供は、自分たちの利益を保持し続けるために、資本家にとってはとても有用な資本なんだ。たくさんの子供を得て、彼らを会社の利益が出るように英才教育させて、会社を運営していく上での兵隊を作った方が、よそから誰かも分からない人を入れるよりも効率がいいし、操りやすいんだ。それで、上手くいかなかったら、会社の利益に直結しないような市場価値のない子供は捨てればいいんだよ」
「でも、子供をそんな物みたいに捨てるなんて無理ですよね……。法律もあって、子供を産んだら勝手に捨ててはいけないし、増やすために結婚できる年齢も一八歳以上ですし……」
「あのね……そんな法律が、私たちの生活を全て管理・監視してくれているわけではないんだよ。アメリアの法律では、子供はある程度のお金を積めば誰かに譲渡することが出来る。だが、闇取引で簡単に子供を手放すこともできるんだよ」
「ですが、なぜそんなことをする必要があるんですか? 闇取引をするようなところだって、コストもかかるし、やっている業者は逮捕されるリスクはありますし……」
レーアは、僕が理解できていないことに少し苛々しているようだった。
「あのね、そういう市場があるの。闇取引をする側は儲かるし、資本家はそうやって子供を『捨てる』方が、一人にかかる生涯の養育費、数億₵(クレスト)を払わずに済む。それよりも多くの子供を産ませて育て、会社の利益に繋げた方が経済的に合理的になるというわけだよ」
僕は末恐ろしくなって、エアリアさんの子供たちのことを思い出し、渋々口を開いた。
「それじゃあ……エアリアさんのところも、そうなんですか……?」
レーアは思い出すように少し視線を上に向ける。
「たしか……クレアちゃんは親が亡くなって、育てられなくなった友人がここに連れてきたらしいし……。ロミ君は一時的にお兄さんと過ごしていたけど、お兄さんが仕事に就いてからここに来たらしいし……。スレイちゃんは典型的な例だった気がするよ。詳しいことはエアリアちゃんに聞かないと分からないけれど……」
彼らの境遇を知り、僕は膝から崩れ落ちそうになった。その事実が、全身の血を沸騰させ、戦慄さえ覚えた。ロミが以前言った「辛いのは君だけじゃないよ」という言葉、そしてスレイのいつもの誰かを拒むような態度が、今になって繋がった。僕はこれから、彼らのことを全く違う視点で見なければならない。
そんな様々なことに考えを巡らせていると、やがてクレアがエアリアさんを連れてやってきた。それを見て、レーアは僕を向いてにこりと笑う。
「それじゃあ、あたしはエアリアちゃんとの用事があるから、あとはクレアのことよろしくね~~~」
そう言って、レーアはエアリアさんのところへ行き、入れ替わるように再びクレアが戻ってきた。クレアは戻ってくると、再び湖畔で何か草木をちぎり、何やら冠のようなものを作りながらしばらく遊んでいたが、しばらくすると再び飽きたのか空を見上げ、いつものように考えに耽っている様子だった。僕はそんな彼女を見て、そんなことをしていて楽しいのかと疑問に思うとともに、両親がいなくて寂しくないのかと少し心配になった。僕は彼女に近づき、もう一度声をかけてみた。すると、彼思いのほか彼女は素直に答えてくれた。
「——心配してくれてありがとう。うーん、でも私にはこうしているのが楽しいの! 見えないもの、本当にあるかわからないもの、そういうのを考えることってワクワクしない? 私、将来エアリアさんみたいな科学者になりたいの。そうすれば、見えないもの、未知のものを認められるかもしれないでしょ? シンにはそういうものないの? ねぇ、何か熱中するもの、体の底から熱中するものとか?」
「う~ん、それは……」
確かにそれはそうだとしても、幽霊とか天国とか、そういう数千年前に考えられたような考えは、僕には到底理解できない。それでも、彼女のように、今までの僕は何かワクワクするようなことをしてきたのだろうか? 心の底から湧き上がるような熱さが現れるような、何かが。最近は、僕も一歩を踏み出すために料理をし始めた。確かに、自分にできることが増えたことはうれしいし、楽しい。しかし、何かが欠けている気がする。僕の心を熱くする何かが。だが、そんな迷える僕に、知り合い達は何かを思い出させてくれる欠片を与えてくれた。ライアンの雰囲気、リアンの容姿、クレアの「科学者になりたい」という言葉。その三つの要素が、僕の中で一つの像を結び、彼のことを思い出していた。
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