第7話 リアンとの出会い①
~13期 下旬~ 降恒0時15分
天気:晴れ
場所:レガリス共和国家イオニア県ダノン市
「シン、どうだ?作物の状態に異常はないか?」
白と青のグラデーションがかかったつんと冷たく冬の乾いた空の下。エヴァンさんからの確認の声が届く。僕は農業用ドローンから送られてくる映像を、頭上のモニターに映し出された植物の状態を上空から確認し答える。
「今のところ……大丈夫です」
搭載された農業用知能機関「クロノス」が、遥か上空から撮影された映像を解析し、作物の状態を自動で管理している。異常があれば、その箇所を色で表示してくれるため、僕は一目で異常を把握することができる。そして、すべてチェックした後、発見した異常に関する情報を「ステラリンク」にまとめ、四つ足でそれぞれに車輪がついている農業用ロボットたちに、そのデータと対応を指示する信号を転送する。すると数十台の彼らは、僕の指示に従い、今僕が住んでいるエヴァンさんの倉庫兼家からぞろぞろと出動していった。これから彼らは各々の異常場所で適切な処置を異常箇所に施してくれるのだ。
すべてのロボットを送り出し、僕は暇になり、エヴァンさんが二週間前に設けてくれた仮スペースで作業着のまま寝そべっていた。昨日ライアンが連れて行ってくれた様々な場所を思い出し、自分がいかに今まで息抜きをしてこなかったかを、これまでの人生の中で振り返っていた。今まではただ、社会のレールに敷かれるまま転がり落ちないように生きてきた。それでしかアメリア連邦国、あの国でしか生きていけないと思っていたからだ。しかし、レガリス共和国家に来て、エアリアさんの家とエヴァンさんの家で暮らしているうちに分かったことがある。
彼らは自らが生きていくために活動していることだ。
エアリアさんの家では、僕は人生で初めて一般の人が料理をした食べ物を食した。今まで摂取していた食事は工場で化学反応によって加工されたもの、またはレストランで専門の調理師が作ったもの。フレモで配達を頼んで食べるオーバーイーツ(アメリア連邦国の会社。料理や日用品などのオンラインフード注文・配達プラットフォームを展開している)などだけだったが、エヴァンさんのところで働くことで、それらの食材はレガリスの人たちが自らの血肉を消費しながら育てており、人間の活動の根幹を支えていることが理解できた。
こう思うと、僕が今まで重ねてきた勉強は一体何のためだったのだろうか。それは、人間をいくつかの軸で測り、優劣をつけるための競争の道具に過ぎなかったのではないか。そんなものが一体何の役に立つというのだろう。 例えば、戦争を起こさないため歴史教育を施しても、結局は当時の人の心は当時の人にしか理解できない、それに学力ヒエラルキーのトップが争いを決め結局争いは繰り返される。科学技術を発展させるため数学を学んでも、計算速度ではコンピューターや知能機関の方がはるかに速い。それならば、全ての経済活動や政治活動を、知能機関、あるいはそれよりも優秀な人工知能が支配した方が、人間同士で競争するよりも豊かで幸せに暮らせるのではないか?ともすれば人間は何もせずとも生きていけるのに、なぜ競争する必要があるのだろうか?そうなると、僕たちが生きる意味とは一体何なのだろう?考えれば考えるほど、この矛盾だらけの世界に苛立ちが募る。まるで頭の中で、相反する問いがもぐらたたきのように現れては消え、思考が混沌としていく。
最近ようやくだが、僕は周りも少しは見えるようになってきた。例えば行ったことはないが、隣の家では子供の声がいつもうるさいこと、エヴァンさんはあまり料理をしないことなど些細なことだが気づき始め、多少なりとも余裕をもって生活することができるようになっている。それでも気持ちを埋める行為はネットサーフィンや読書なとの画面の中。未だ僕の心の鬱屈は晴れないままだった。
そんな気分を解消させようとステラリンクをふいに開き、僕は昨日行われた会議の議事録を読み始めた。議事録には、アメリア軍から一方的に送られてきた、僕のいた第一二総合領域防衛団のレガリス連邦国哨戒飛行で「約五〇機が消滅し、二機が消息不明」という内容。一連の災害は事件の可能性が高いこと、謎の政治団体・衡平党の支持が拡大していることなどが記されていた。
しばらく資料に目を通していると、ふと体がざわめき始めた。僕はそれに気づいたが、動揺を押し殺してなお読み進めた。そして——
——二機、消息不明……二機、消息不明……。
「ウッ!」
その言葉が脳裏をよぎった瞬間、血の気が引くように全身から力が抜け、胃の奥底から吐き気がこみ上げてきた。口元まで胃液が逆流し、鼻の奥まで不快な感覚がせり上がったが、反射的にそれを飲み込み、嘔吐をこらえた。
ステラリンクを開いたのは逆効果だった。あの日の光景が鮮明に脳内で再現され、リアルに明滅する。アルフレッドさん、デニーさん、隊員の皆が、まるで最初から存在しなかったかのように「無」になった光景。そして、ジェイコブさんの最後の言葉——あの質実剛健で、威圧感すらあったリーダー。そんな彼が「助けて……!」と、あんなにも哀れで必死な声を上げた、その悪い意味でのギャップが脳裏に焼き付いて離れない。震えが止まらなくなってしまった。
僕はふと気づいた。
今さらながら、自分の心がまだ癒えていないことに……。あの時脳裏に焼き付いた光景が、今まさに病魔のように僕を蝕んでいたのだ。
しばらくして、あまりにも僕が部屋から出てこないこと心配したのかエヴァンさんが、外から部屋にやって来た。震えて固まっている僕に近寄り、驚いた様子で僕に問い掛けた。
「お、おい、大丈夫か?今日はもう作業はいいから、早く着替えて休めよ。明日、エアリアさんのところに行くんだろ?シン、しっかり気を保てよ」
「オエェェェ……」
僕はエヴァンさんの暖かい声に胃の蓋が開かれ再び吐き出してしまった。エヴァンさんも精一杯の言葉をかけてくれるが、それは遠い星に届くかのように、今の僕の耳には届かない。むしろ僕の耳には嘔吐を誘う子守歌の様にしか響かなかった。僕はただ頭の中で、『消』『無』『死』という負の単語がぐるぐると回り続け、エヴァンさんの言葉を聞くこともできない。作業着のまま布団にくるまり、頭の中に浮かぶ言葉を一つ一つ消去しようとするしかなかった。
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