表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/151

第6話 エヴァンさんの農地にて⑤

競馬場に続いてライアンに連れてこられたのは……。

 続いて連れてこられたのは、競馬場のすぐ近くに構えるパチンコ店だった。自動ドアが開くと、日常では決して感じることのないほどの耳をつんざくような爆音と、百数十台のパチンコ台が煌々と光を放ち、整然と並ぶ光景が目に飛び込んできた。僕はライアンに手を引かれるようにして、空いている台を探して店内を進んだ。パチンコについては全くの素人だったが、ライアンは手慣れた様子で当たり台を見定めようと周囲を窺い、目当ての台を見つけると迷わず席に着いた。僕も彼に促されるまま、隣の台に腰を下ろした。


「シンは初心者だから、最近流行のこの黄色いキャラクターの台を打っておけば間違いないよ」 「……あ、ああ、分かったよ」


 ——……いや、ダメじゃ……。


 やはり僕は少し背筋が凍る感覚を覚え、ライアンに問う。


「——やっぱり、未成年がここに来るのはいけないんじゃない……?」


「まあまあ、シンは一応大人なんだし、僕がついてるから大丈夫だに!それに、僕が換金するから問題ないに!」


 ライアンの勢いに押された僕は、仕方なくパチンコ台と正対した。しかし、何をすればいいのかわからず、しばらくただ茫然と台とにらめっこをしていた。 


「シン、さっきもらったお金を入れてこうやって入れてこう動かすだけだに」


 ライアンは、先ほどの競馬で得たお金を入れるよう指図した。僕はもったいないと感じつつも、言われるがまま台の横にある紙幣挿入口にそれを挿入した。下の画面に「一〇」という数字が現れ、僕は言われるがまま適当にボタンを押してみる。すると、下部の払い出し口から大量の銀の玉が勢いよく溢れ出した。僕はどこに注目すれば良いのか皆目見当がつかない。初めて見る光景にどうしていいか分からず、ただあたふたと、目につくボタンを無意味に押したり、レバーを無闇に回したりしていた。すると、僕の様子を見てか、隣のライアンが身を乗り出し、レバーを軽く操作しながら言った。

「こうやるだけだに」

ライアンがレバーを力強く捻ると、払い出し口に溢れかえっていた銀色の玉たちが、まるで底なしの穴に吸い込まれるように、音もなく回収されていく。その直後、今度は上部の発射口から、勢いよく無数の玉が弾かれ、盤面へと降り注いだ。金属同士がぶつかり合う乾いた音、玉が釘の間を縫うように落ちていくカラカラという軽快な音、それらが混ざり合い、独特の喧騒を生み出している。僕はしばらくの間、その光景をただただ呆然と見つめていた。その無数の小さな銀色の点が、重力に従い、ただ無秩序に落下していく様を。


 ——……! 


 ただそれだけの光景なのに、僕はふと、奇妙な感覚に囚われてしまった。単なる金属の玉が、無数の障害物にぶつかり、予測不能な軌跡を描きながら落ちていくただそれだけの光景なのに、その一つ一つの動きに、まるで微かな生命の息吹のようなものを感じ取ってしまったのだ。それはまるで意思を持っているかのように跳ね、流れ、時に停滞する。その様相に、浮遊感を伴った不可思議な感覚を自覚しながら、僕はただひたすらに、玉たちの織りなす豊かな光景をぼうっと見つめ続けていた。

 ——!

 その時だった。何の前触れもなく、盤面を覆う液晶画面が激しく点滅し始めた。けたたましい電子音が耳をつんざき、それまでとは全く異なる派手なアニメーションが、画面いっぱいに躍り出た。


『それでもーーーーーー!』

 

  “ ドキューン!ドキューン!” 

どこからか、心臓を直接叩きつけるような衝撃音が沸き起こる。


『それでもーーーーーー~~~~~! 』


 “ドドキューン!ドドキューン!“

 今度は、内側から弾けるような、全身を震わせる轟き。 そして、その強烈な光景の果てに、唐突に、だが、どこか満ち足りた声が響き渡った。  


『おいしいーーーーー! と〇がりコンコンコーーーン‼』


 画面上では全身黄色の三角の萌えキャラが暴れ出す。それと同時に、まるで何かの祝祭が始まったかのように、下部の払い出し口からは再び、ジャラジャラと轟音を立てながら、先ほどまでとは比較にならないほどの大量の玉が、滝のように溢れ出した。僕は一体何が起こったのか、思考が完全に停止し、その急激な変化に完全に置いてけぼりになっていた。


「……え、え、何? なに、これ……?何が起こった……」


 混乱する僕の様子に気づいたのか、ライアンはニヤリと笑った。


「大当たりだよ、シン。本当に運がいいね。初心者なのにいきなり大当たり引くなんて、今日は何か守護霊みたいの付いている?」


「大当たり……?」


 状況が全く飲み込めない僕に、ライアンは簡単に説明してくれた。パチンコは玉を打ち出して、特定の場所に入れば、画面の数字が変動し、揃うと大当たりになるらしい。大当たり中は大量の玉が払い出される仕組みになっているという。先ほど画面に表示された「一〇」という数字は、おそらく持ち玉の数で、それが大当たりによって大幅に増えたのだろう。


「でも、どうして急に画面が光ったり、音が鳴ったり……」


「それは演出的要素だよ。大当たりを知らせるための派手な演出ってわけだ。パチンコ台によって演出は様々だけど、例えばそうだな……あそこの紫の台は特に派手なんだよ」


 言われた紫の台を一瞥し、ライアンの説明を聞きながら、僕は払い出し口から溢れ出る玉を見つめていた。確かに、そこの台では先ほどまでとは比べ物にならないほどの量の玉が、音を立てて流れ出ている。その光景は、僕にとって先ほどの競馬同様、異世界のもののように遠くに感じられた。


「ちょっと、ちょっと何ぼうっとしてんのシン!」肩を叩かれ僕は急に心臓を掴まれた。


「ほら、見てみ。画面に『右打ち』って書いてあるだろ?大当たり中はそこにあるハンドルをひねって右側の打ち出し口に玉を打つんだ。早くしないと玉がもったいないぞ!」


 僕はライアンに言われるがまま、ハンドルをひねると、玉はスムーズに盤面を流れ、特定のルートを通って増えていくのが分かった。ライアンは時折、盤面を見ながら細かい調整を教えてくれた。

 しばらくして大当たりが終わると、画面は元の状態に戻った。しかし、手元には先ほどとは比べ物にならないほどの量の玉が残っていた。僕はどうすればいいか分からず改めてライアンの方を見た。


「これ……僕が当てたの……?」


 ライアンは肩をすくめた。


「まあ、きっかけはシンがボタン押したからだに。でも、運も実力のうちって言うじゃんか?今日はシンがツイとったってことだ」


 僕はまだパチンコというものを完全に理解できてはいなかったが、少なくとも、それは単なる運だけでなく、ライアンのような経験者の知識や勘によって大きく左右される遊戯なのだということは理解できた。そして、また今日は一つ、自分が知らない世界を垣間見てしまったような、不思議な感覚を覚えた。


 ライアンから渡された遊戯資金が底をつき、僕がこれからどうしたらいいものかと途方に暮れていると、ライアンは自身の台に見切りをつけ、近くにいた店員を呼び止めた。すると、店員は手押し台車に、まるでレンガのように重そうなパチンコ玉がぎっしりと詰まった箱を何箱も乗せて現れ、ライアンの台の横に無造作に置いた。その後、店員は慣れた手つきで台の横の機械を操作し、レシートのような薄い紙片を発行してライアンに手渡した。僕とライアンはそのレシートを手に取り、店内の喧騒を抜け、奥にあるひっそりとした景品カウンターへと向かった。カウンターでは、用途の分からないプラスチック製の特殊な景品と交換された。


 ——こんなものをもらって一体何が嬉しいのだろうか……?


 そんな不思議な浮遊感を覚えながら様子を見ていると、すいにライアンが「あそこに行くぞ」と顎で示した。彼の視線の先には、店内の一角に設けられた、目の前に窪みのある特殊なカウンターがあった。僕はライアンに言われるがまま、そのカウンターに進み、受け取ったばかりのカードの束を支持されるまま窪みに入れると、カードはまるで生き物のように機械に吸い込まれていった。そして、代わりに窪みから、予想もしなかった分厚い札束がせり出してきた。


 ——お金に換金できるのか……。そういえば、ライアンの方は……。


 ふとライアンの方を見ると、彼の両手は空っぽだった。どうやら、彼は換金せずに、ただ遊技を楽しんだだけのようだ。僕たちは一緒に店の喧騒とした玄関へと戻り、バイク乗り場に停めてあるエヴァンさんから借りたホバーバイクに跨り、次の場所へと向かった。


 僕はライアンの運転するホバーバイクの助手席に座り、吹き付ける風を感じながら街を走り抜けていた。ふと、心の中に湧き上がってきた疑問をライアンにぶつけてみた。


「どうしてライアンはギャンブルなんてするんだ……僕には全く理解できない。期待値が低いあんな無駄なものないのに……」


 ライアンは少しの間、前方の景色を見つめながら考え込み、やがて口を開いた。


「シン、生きていることなんてギャンブルみてえなもんだろ?損することもあれば、得することもある。だけど、それってまるで人生ゲームみてえで、ワクワクするじゃんか?俺たちなんて、誰かに指図されて生まれてきたわけじゃねえ。この星に、いきなりポイって放り出されたみてえなもんだ。だから、目の前で起こることに一喜一憂するのが、俺にとっちゃあ一番楽しいんだ。シンも、例えばさ、本を読み漁るとか、見たこともない世界中を旅するとか、何か自分がワクワクすることを見つけたらいいんじゃねえか?そしたら、辛い人生もきっと、少しは楽しくなるんじゃない」


「う~ん」


 そういう考え方もあるのかと思うものの、どうにも僕は受け入れられない。体が軽くなった感覚と自身の中にある倫理観がぶつかり合い体中が生ぬるくなるばかりだ。ただ、ライアンが運転するホバーバイクに身を預け、次の場所へと向かうのだった。


 続いて僕たちが到着したのは、賑やかなゲームセンターだった。休日とあって、子供連れの家族までが入り混じり、店は喧騒と熱気に包まれていた。そんな中、ライアンは入店するや否や、夢中になってクレーンゲームの前に陣取っていた。僕は、ゲームに熱中するライアンの姿をぼんやりと見つめながら、店内の喧騒から少し離れた壁際で、様々な思いを巡らせていた。

 ライアンは競馬ではいくらかの金を得たものの、今日の全体を通して見れば、おそらくギャンブルで負けているだろう。もし本当に金銭的な利益を求めているのなら、もっと堅実に、秩序に従って行動すればいいのではないか。ギャンブルというものは、何かを得ようとして、結局ほとんどの人がほんのわずかな可能性に賭けるだけで、そのほとんどが胴元である企業側の利益になるという、大きな秩序が存在する。巨大な混沌に挑もうとすれば、かつての僕のように、自分を認めてくれた大切な人を目の前で失うことになる。何かを得ようと必死に努力しても、まるで砂を掴むように、指の間からすり抜けていく。

 今の僕の存在は、社会、いや、もしかしたら世界全体から否定されていると言っても過言ではないのかもしれない。こんな惨めな僕に、本当に生きている価値などあるのだろうか。明るい光の当たる場所ではなく、誰にも気づかれないような暗闇の中で、ひっそりと影を落として生きている方が、よっぽどましな気がした。都会のきらびやかな場所ではなく、陰に潜んで生きるのが、僕の定められた運命なのだろうか。こんなレガリスの寂れた田舎町に連れてこられたのも、もしかしたら、その運命によるものなのかもしれない——。そんな些末なことを考えていると、ライアンが何かをクレーンで掴み取ったようで、慌ただしく僕のところに駆け寄ってきた。


「いやー、面白いもん手に入れたよシン! 目をつむって、手を開いて」


 ——なんだよもう……色々考えているって時に……。


 鬱々な気分を抱えるが、ライアンの善意を汲むべく僕は言われるがままに目をつむり、手を差し出す。すると小さく、冷たい感触の何かが僕の掌にそっと置かれた。


「はい、開けてごらん」


 ライアンは、どこか茶化すように「はい、開けてごらん」と、僕に目を開けて手を開くよう促した。


 ——……!


 目の前に現れたのは、青いガラスで作られた楕円形のキーホルダーだった。僕はそれをしばらく食い入るように見ていた。それは一見すると、ただのキーホルダーかもしれない。それでも僕にとっては、このキーホルダーが、まるで僕自身の存在を温めてくれる光のように思えた。僕の人生のいくつかのターニングポイントで、胸の前に現れる青い光の源。それはまた、誰の目にも見えないが、確かに存在し、誰にも認められなくとも、僕を僕として認めてくれる光のように感じられた。だからこそ、今僕が手にしている青く淡い光を放つキーホルダーを、誰にも渡したくないと心の底から思った。

 僕は思わず、そのキーホルダーを胸に抱きかかえ、俯いた。それは生まれたばかりの赤子を抱きしめるような、無意識の、だが確かな行動だった。それでも僕にとっては、無条件に僕を認めてくれる、何よりも唯一の温かいものだった。

 しばらくして心が落ち着いてきて思わずライアンを見上げた。ライアンは少し戸惑っていたようだったが、すぐににっこりと笑いかける。


「——シン、なんで笑ってるんだ?」


 ハッと我に返った。 どうやら僕は無意識のうちに笑っていたらしい。僕はライアンに指摘され、急に体が熱くなるのを感じる。今の感情をどう表現すればいいか分からない、ただ彼がくれたこのキーホルダーは僕の一つの宝物になった、そう確信した。


「——……?何だかよく分からんけど、嬉しそうにしてくれてよかったわ。さっきまで少し暗い顔しとったから心配だったけど……。まあ、結果的に、シンが少し元気になってくれたなら、俺はこれはこれで嬉しいよ」


 僕はしばらくキーホルダーを胸に抱きしめ、思いを込めた。こんなに小さなキーホルダーでも、僕を僕たらしめてくれるものがある。そう思うと、胸がすくような、何かが内側から湧いてくるような暖かな感覚を感じる。今日、僕はこうして自分だけの世界を抱いているだけで十分だった。



「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ