第6話 エヴァンさんの農地にて④
ライアンに連れてこられたのは……。
※ ※ ※
降恒1時13分
天気:晴れ
場所:レガリス共和国家イオニア県北東ダノン市
確かにライアンは僕を本当に新しい世界へと連れて行ってくれた。
しかし、本当にこんな場所にいていいのだろうか?今、僕は目の前に広がる景色にただ茫然としていた。広大な敷地には広大な芝生、冬の陽光をまばゆく反射する巨大ビジョン。全方向から轟音のような歓声と実況アナウンスの声が、言い知れぬ湿熱を帯びて容赦なく全身に飛び込んでくる。色とりどりの旗がはためく下、人々は群れをなし、興奮した表情で颯爽と走る動物に向って何かを叫んでいた。そう、ここは競馬場だ。ライアンは僕をこんな場所に連れてきた。ここが通常なら未成年が入るべき場所でないことは、重々承知している。僕自身は一八歳で、法律上は大人だ。だが、周囲を見渡せば、明らかに年上の大人ばかりで、僕のような若い人間はほとんどいない。自然と言い知れぬ不安が胸を締め付けてきた。
「どうした?突っ立っとるじゃんか。ほれ、早う来い!」
僕の戸惑いなど気にも留めず、ライアンは手首を掴んだまま熱気を帯びた人混みをかき分け、どんどん進んでいく。僕は周囲に怪しまれないよう努めたが、人々の熱気とタバコの煙が混ざったような刺激臭に、思わず胃が引きつった。人々は馬券の入った端末を片手に、レースの行方を固唾を呑んで見守っている。馬がゲートに収まると、一段と歓声が大きくなった。スタートの合図とともに、馬たちが一斉に飛び出す。地響きのような蹄の音、観客の絶叫。全てが僕にとって初めての経験で、ただ圧倒されるばかりだった。そうしているうちに僕らは当たり前のように馬券売り場についた。彼は迷うことなく、何枚かの電子馬券を購入し、僕に一枚転送してくれた。
「ほら、シンも賭けてみろよ。記念だよ」
ステラリンクに転送された馬券を受け取ったものの、どうすればいいのか皆目見当もつかない。僕の困惑をよそに、ライアンは手慣れた様子で自身のフレモを操作し、馬の情報を注意深く確認していた。表示されたマークシートのような入力表示を素早く終えると、彼はそれを券売機にかざす。そして僕も彼の真似をして同じように端末をかざした。
しばらくすると次のレースが始まり、人々は一斉に馬の名前を叫び始めた。ライアンも興奮を隠せない様子急いでデッキに駆け寄ると、いつの間にか用意していた双眼鏡でコースを食い入るように見つめ、大声で叫んだ。
「行けー!」
「差せ、差せー!」
僕はただ、周りの熱気に圧倒されながら、レースの行方を見守るしかなかった。レースが終わると、ライアンは馬券を握りしめて、払い戻し窓口へと向かった。彼の口元に浮かんだ笑みから、どうやら当たり馬券を持っていたようだ。窓口で現金を手にすると、満足そうに頷いた。
「ほれ、シンにあげるよ。記念だからね」
「あ、ありがとう。大切に使うよ」
僕は曖昧に笑いながら、ふと湧いて出た疑問を彼に尋ねた。
「……悪いけど……ライアンって、いくつなの?」
ライアンは僕の言葉に一瞬動きを止め、きょとんとした表情でこちらを見た。
「ああ、一六だけど?」
僕は内心驚愕し、ふいに周囲を見回した。大人ばかりの空間。賭博行為。そして、ライアンの年齢。全てが矛盾している。
——でも、ここって……未成年は立ち入り禁止のはずじゃ……?
しばらくその事実に戸惑っていると、ふと偶然通路を通りかかった男性がライアンに声をかける。
「お、フォスターさんの息子さんか。いつも親父さんにお世話になっとるよ」
「デビットさん、ご無沙汰しとります。また来期の冬の収穫祭の件、お世話になります」
ライアンはまるでここにいるのが当たり前であるかのように挨拶を交わす。その後も、次々と知り合いらしき人物に出くわすたび、彼は親しげに言葉をかけていた。僕は、この空間の言い知れぬ雰囲気にただ混乱していたが、そんな様子を見てか、ライアンはにこりと笑った。
「細かいこたあ気にすんなって。それに、この辺じゃ、この通り俺の顔は知られとるんだ。多少は大目に見てくれとるってわけさ」
僕は彼のこの地域での立ち位置を理解したが、同時に、全く知らない裏社会のようなものに足を踏み入れてしまったことに軽い眩暈を覚えた。だが、ライアンのどこか飄々とした態度と、隠しきれない自信のようなものを見ていると、今更引き返すわけにはいかないだろうと感じた。僕は覚悟を決め、とにかくライアンを信じてついていくことにした。
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