第6話 エヴァンさんの農地にて② (少し難しい内容です)
一方その頃、アメリア軍では……。
※ ※ ※
昇恒9時58分
天気:晴れ
場所:アメリア軍本部 フォートへリオス州 フォートヘリオス市
アメリア軍本部では連日、緊急ブリーフィングが開かれていた。レガリス共和国家上空で消息を絶った第一二総合領域防衛団の件だ。事態を重く見たアメリア軍は、直ちに緊急捜査本部を設置し、事故と事件の両面から連日徹底的な調査を進めていた。そして本日、アメリア恒星間航行研究開発機構(I.F.D.O.)を中心とした調査チームにより消失の原因の大まかな特定に至り、アメリア軍の大会議室で、調査結果の報告会が開催されることになった。
会場は壇上を中心として、後方に向かうほど座席が高くなる扇形の大会議室。その暗く鈍重な雰囲気の漂う広大な空間には、軍の幹部たちが一堂に会していた。前方には高階級の将校が着席し、後方では、シンの友人であるジャンを含む多くの軍人が起立して報告を聞いていた。
定刻になると、壇上に若い研究者らしき青年が後方から現れた。I.F.D.O.の制服に身を包み、知的で洗練された印象を与えるその人物はその若々しい外見に反して、高い階級の持ち主であることがうかがえた。リムレスのオーバル型眼鏡をかけ、左右に分けた黒茶色のミディアムヘアの下には、明るい肌色の、チャーミングで柔らかな卵型の輪郭があった。
青年は壇上に上がると、自身のステラリンクと壇上のホログラフィックビジョンを起動し、手際よく機材の調整を終えた後、屹然と聴衆へと向き直る。どんよりとした重苦しい雰囲気が一変。刺すような全員の視線が彼に注がれ、その中でエリオットは静かに口を開いた。
「皆様、こんにちは。初めてお目にかかる方もいらっしゃるかと存じますが、私は今回解説させていただくアメリア恒星間航行研究開発機構、通称I.F.D.O.の総長補佐、エリオット・ベンジャミン・ハリンストンと申します。よろしくお願いします」
エリオットが一礼すると、一同もそれに倣い、粛然と敬礼を返した。
「さて、今回の事案ですが、かなり深刻な事案ですので覚悟してお聞きいただけると幸いです。よろしくお願いします。まずはこちらの画像をご覧ください」
そう言って、エリオットは合図を送り、ビジョンにスライドを表示させた。スライドには、ここ数年の間に発生した今回の事案と類似性を持つ事例が壇上一面にびっしりと示された。
「皆様には、同じ資料を各自の端末にも送信済みです。目の前の表示と照らし合わせながら、ご視聴いただければと存じます。さて、今回発生した事案は、ここ数年で発生している事例と極めて類似しているのです。最初にこの事案と酷似した現象が観測されたのは、約十年前のD.C.二二四五年六期一〇日、レガリス共和国家のとある田舎町でした。近くに住む住民によって、直径約一〇メートルの焦土が発見されたのです。その後、D.C.二二四七年一四期三日には、同じくレガリス共和国家西部のリアム県で、山間部に住む主婦が報告。半径三〇メートルに及ぶ建物の全壊が起きています。そして、人的被害が初めて確認されたのは、D.C.二二四八年一〇期一〇日。エリーゼ自治区デチマ府リアダル市郊外において、半径五〇メートルに及ぶ地域が消失、その地域に居住していた子供や高齢者を含む約十二名の消失が確認されました。そして、こちらをご覧ください」
エリオットが合図を送ると、ビジョンに淡い赤い光を帯びた映像が映し出された。それはまるで異次元へと誘うかのような、同心円状の幾何学的構造物が宙空に浮かんでいる映像だった。
——!
その映像が映し出された瞬間、会場にはどよめきが走った。それは感嘆というよりは、事態の異常性を直感的に理解した隊員達の静かな驚きだった。そんな中エリオットの声が通る。
「これは、ある一般市民が偶然撮影した映像です。この後をご覧ください」
エリオットが映像を再生させると、目の前の構造物が急激に収縮し、光の柱を形成した。直後、撮影者が衝撃波に巻き込まれたのか、映像は激しいノイズとともにブラックアウトする。「おお……」と、悲鳴ともつかない、形容しがたい動揺が広がった。再び彼は事件一覧のスライドに戻し、一つ一つピックアップさせながら説明し始める。
「この映像は、初めてアメリア連邦国内で発生した事象を映し出したものです。D.C.二二五二年一八期一四日、アメリア連邦ダマス州ダンバス市中心部に出現。半径二キロメートルの範囲が壊滅し、都市機能は完全に停止。ダンバス市の住民の約五割、六二三一九名が消失。そして、昨年二二期二日に発生した事象は、アメリア王権国家デモラ州モール市中心部に出現。半径四〇キロメートルに及ぶ範囲が消失し、モール市の市街地は壊滅的な被害を受け、約三二一二〇名が消失しました。そして、今回の事案、第十二総合領域防衛団消失事件は、レガリス共和国家レガリア県ダンバル市の山間部に出現。半径三〇キロメートルという広大な範囲が消失しましたが、幸い山間部であったため、被害は比較的限定的。それでも二千名以上の人名消失が確認されています。我々の隊員五三名の機態がシグナルロスト、さらに二機の機態は現在も所在不明となっています。その他、さまざまなに同様の事象が発生しましたが確認不可だった事象もあり、今回は割愛させていただきます」
エリオットが一旦説明を終えると、会場の騒然は続き、参加者たちは周囲の隊員と口々に意見を交わし始めた。不安と疑念が入り混じった空気が会議室全体を覆い、混乱の色が濃くなっていた。
その時、最前列に座っていたクラシックショートの男性が静かに挙手し、エリオットの許可を得て立ち上がった。彼の低く落ち着いた声が会議室に響き渡ると、それまで張り詰めていた空気が緩やかに和らいでいくのを感じた。
「私はアメリア軍大将アシュトン・ウィセレスティアと申します。まず、単刀直入にお伺いする。これらの事象は、事件なのでしょうか、それとも一連の事故なのでしょうか。事故だとするならば、あまりにも今回の事案、短期間に連続して発生しすぎているのではないでしょうか?私にはそれが自然発生的な現象ではあまりにも説明が付きづらいと考えるのですが……そこのところはどうなんでしょうエリオット総長補佐」
隊員たちが様々な疑念を抱く中、軍の次席であるアシュトンは、まさに全員が聞きたかった核心を突く質問を投げかけた。会議室中の視線が、エリオットの次の言葉に注がれる。エリオットは軽く息を吸い込み、静かに口を開いた。
「アシュトン大将のご質問に率直にお答えするならば……この一連の事案、我々が調査によれば、事件である可能性が極めて高いと言わざるを得ません」
その言葉が放たれた瞬間、比較的静かだった会場は、大きな波が押し寄せるかのような騒然とした空気に包まれた。しかし、エリオットが落ち着いた様子で佇み、皆が、その様子を見たのか次第に周囲の喧騒も静まっていった。そのタイミングを見計らい、エリオットは二枚のスライドを同時にホログラフィック上に投影した。
「一つは、今回の事象が発生した地点を赤丸で示したもの。そしてもう一つは、我々がいるエリシア、隣接する惑星アレア、さらには他の恒星系にまで設置されているエレクトロレポジトリの所在地を青丸で示したものです。この二つの図を重ねてみます」
エリオットが手で合図を送ると、二つのホログラフィック表示が重なり合った。すると、事象が発生した地点を示す赤丸と、エレクトロレポジトリが設置されている地点を示す青丸が、見事に一致した。会場からは、歓声とも悲鳴ともつかない、形容しがたい声が上がった。再び静寂が訪れた後、エリオットはスライドを切り替え一つの画像を表示させた。それは形容するならば顕微鏡で捉えられた複数の球状の物体に、淡い雲のようなものがまとわりつく画像——A・粒子の拡大写真——を映し出した。まるで大学教授が講義を行うかのように、落ち着いた口調で基礎的な素粒子に関する簡単な解説を始めた。
「これが、A・粒子と呼ばれるものです。大学の理学部で素粒子物理学を専攻された方ならばご存知かと思いますが、現時点で判明しているのは、分かりやすいゲージ理論の観点からして近似的に静止質量がほぼゼロ、スピンが二の重力子と性質が似ており、光子と同様に単体で存在可能なこと。そして、A・粒子は力を媒介する粒子、あるいはブレーン境界を伝播する波動として存在する性質を持つということが想定されています。端的に言えば、我々の文明を支える電気や様々なエネルギーの運び屋のようなものです。この粒子に関しては未解明な点が数多く残されていますが、現代の我々の生活、特に軍事技術において極めて重要な役割を果たしています。例えば、我々の部隊が装備するASFアーマー、対位相界戦闘機動態NX-01A、対位相界多脚式戦闘機動態VX-5は、いずれもフェムトユニットと呼ばれる極超微小な自己組織化構造体によって構成されています。このフェムトユニットの自己組織化を可能にしているのが、A・粒子の力なのです。また、機態の動力源であるA・ドライブも、A・粒子のエネルギー伝播性を利用することで、半永久的な稼働を実現しています。さらに、我々の生活に不可欠なエネルギー供給を担うエレクトロレポジトリは、恒星ルミナからの恒星エネルギーをアルケオン粒子を介して効率的に集積することで、エネルギー保存則による逓減を減少する形でエネルギーを貯蔵することを可能にしています。これは、我々の生活だけでなく、人類が将来、新たな恒星系に進出していく上でも、必要不可欠な技術基盤となります」
エリオットの少し難解な話が始まり、ステラリンクの録音機能を起動する者、メモを取る者。また、首を傾けてついていけなくなる者など反応は様々だった。すると、ある一人の隊員が野次を飛ばすように大声で叫んだ。
「おい、それでその粒子と今回の事件に一体何の関係があるんだ!」
「「そうだ!そうだ!」」
後方の若手隊員が、苛立ちを隠せない様子で叫けび、激しく同意する隊員達に対してエリオットは厳しく、そして激しい口調で答える。
「いいですか、今回の事案、特に大量のアルケオン粒子が蓄積されているエレクトロレポジトリが意図的に標的とされているのです!それはすなわち……巨大な破壊行為を可能とする存在によって、我々の恒星系外への進出、ひいては人類の進化、さらに言えば、このまま我々のこの恒星系にある一万以上あるこの施設への破壊攻撃が続けば……」
エリオットは少し言葉を発することをためらっていたようだったが、意を決して真実を叩きつけた。
「人類の存続そのものが脅かされることになります‼」
今回の会議における調査チーム最大の発見が、人類史上最悪の事態を招きかねないものであると理解した参加者たちは、驚愕の声が上がり、会場のざわめきはなかなか収まらなかった。ただ、その騒然とした空気の中、興奮を隠せない様子で、白髪のミリタリーカットに屈強な肉体を誇る男性が立ち上がる。
「諸君、まだエリオットの話は終わっていない!静粛に! そして冷静に彼の話を聞こうではないか。この国を守る我々が、一番に狼狽えてどうする!」
彼の名はオキニス・レオン。アメリア軍提督である。国の最高幹部の一人として、彼は会議場全体に向けて力強い言葉を投げかけた。その言葉に応じるように、エリオットが口を開いた。
「オキニス提督、ご助言ありがとうございます。皆さんもどうか冷静になってください。私の説明はまだ途中です!」
中段の席から、一人の女性が流麗な仕草で挙手した。エリオットが「どうぞ、サリー地上防衛軍司令官」と促すと、グレーのオンブレヘアとピクシーカットがよく似合う、凛とした女性が立ち上がり、問いかけた。
「もし、敵が我々人類を標的とする存在ならば、対処しなければならないのは自明の理です。しかしながら、有効な対処手段がなければ、我々には為す術がありません。敵の正体、一体、何者なのでしょうか?そして我々に具体的な攻撃方法、または対策はあるのでしょうか?さらに我々は国民に対してどうこの事実を報告すれば良いのでしょうか?たくさんの質問、失礼しました」
「いいですよ、サリー司令官。準備がかかりますので少々お待ちください」
サリーからの数々の質問にエリオットは顎に手を当てしばし逡巡した後、スライドをさらに進めた。すると、ホログラフィックスクリーンには三枚のスライドが同時に投影された。一枚目は何もない、背後にエリシアの青い海が写る熱圏(電離圏)の写真、二枚目は幾何学的構造物の写真、三枚目はその構造体が収縮し、光の柱が形成された瞬間を捉えた写真だった。隊員たちは、特に一枚目の写真に注目し、ざわめき始めた。エリオットは重々しい口調で語り始めた。
「この三枚の画像は、我々I.F.D.O.が調査によって解明した、今回の事象における敵の攻撃手段を、フェーズごとに段階的に示したものです。左から右に第一フェーズ、第二フェーズ、第三フェーズとなります。皆様も、特に一枚目の画像をご覧になって、何も映っていないことに驚かれたことと思います。しかし、この写真が撮影された地点では、様々な数値を計測する複数の衛星によって、通常とは異なる異常な重力波が観測されているのです。ここで観測された重力波は、通常、一点に収斂されるものではなく、遠くの星で起きた超新星爆発などの現象によって、質量エネルギーが変化し線状に観測されるものですが、ここでは特異なことに、巨大な重力塊が検出されました。皆様ご存知の通り、重力は宇宙に存在する四つの基本相互作用——弱い力、強い力、電磁力、そして重力——のうち、唯一、次元の境界を伝播することが可能だと考えられている力です。様々な調査結果と理論形成から総じてこの虚空の写真の中には、巨大な別宇宙、あるいは異次元空間が存在することが予想されます。よって、敵の攻撃方法は、その異次元空間のエネルギーを、次元の裂け目を通してエレクトロレポジトリに照射することによって行われているのです。すなわち、今までの攻撃全て……通常の宇宙空間からではなく——つまり……」
エリオットは一瞬ためらうような仕草を見せたが、不安を振り払うように力強く宣言した。
「別の我々にとって未知の空間を通しての特殊攻撃の可能性が極めて高いのです!」
その言葉に、再び会場は大きく不穏な囁きが広がる。これまで説明されていた現象の異常性、そして人類の存亡に関わる重大な危機が、ようやく明確な輪郭を帯び始めたからだ。
エリオットは騒然とした会場内をしばらく間見渡し、語気を強めた。
「まだ話は終わっていない 聞け!」
その強い言葉に、会場は一瞬静まり返った。しかし、皆が現状を受け切れていないのか段々と会場の空気の振幅は増す。すると、癇癪を抑えられなくなったのかある若い隊員二人組が立って言い争いをし始めた。
「俺はこんなところで、訳も分からず殺されてたまるか!相手が悪すぎる!君はどうなんだ?」
「おお前、軍人だろ?なんのためにここに来た?もっと冷静になって事実を受け入れろ!ししかも……まだエリオットさんの説明は終わっていない!」
「いや、どう考えても無理だろ?相手が誰かも分からないのに、どうやって戦えって言うんだ!君こそ何か夢見てんじゃないのか……え?しかも、動揺しているし」
「何っ……」「こっちの方が正しいこと言ってるんだ!」
遂には取っ組みに合いになりそうなほど彼らの熱は沸点に到達しそうになった。
「おやおや。若き青年たち、こんなところで争わないの。あなたたちは一介の軍人でしょう?民草を従える立場にいながら、今、うろたえてどうするの?」
すると、喧噪を切り裂くように野太い声をしているがその中に艶な雰囲気を漂わせる声が漂ってきた。現れた男性(?)鍛え上げられた大きな躯体を持つ、プラチナブロンドのミリタリーカットの人物だった。その両脇には、先程口論を繰り広げた若い男性隊員が震えながら両脇に抱えられていた。彼らはまるで猛獣の檻に迷い込んだ小動物のように震え、顔は涙目になりながら、なすすべもなく男性の手荷物となっていた。
「少し、わたくしからも質問いいかしら?」男性は青年たちを持ちながら質問をする。
「は、はいどうぞライヴ・グレムリン司令官」
「さっきからあなたの話聞いていたけれど、まだサリー司令官の質問の答えすべてに答えてないわよね。まだ、こんな風に疑問を持って怯えている隊員たちが多くいるわ、もう少し具体的にあなた方が分かる範囲でいいから、どんな敵が想定されているか詳しく教えてくれないかしら?少しでもどんな存在か分かればいいの、そうすれば目標をもって皆がこれから起きる事態にも準備をすることができるかもしれないからよろしくお願いするわ」
エリオットは問われた内容にしばらく顎に手を当て考えている。
「申し訳ありません、我々も懸命に捜査しておりますが敵の正体については未だ不明です。ただ、もしこのような巨大位相空間を通じて我々の領域に攻撃を加えることができるとすれば……そうですね……あるスケールにあてはめれば…………説明がつくかもしれません」
「そのあるスケールとは何だい?」
「これはエリオス様が以前の人類を導いた際、発見した指標で、文明の発展度をⅠからⅣの指標で表したものです」
エリオットはホログラフィックスライドを外し、簡易的なサイトから表を引き出してきた。
タイプI: 惑星上で利用可能なエネルギーを全て利用できる文明。
タイプⅡ: 恒星のエネルギーを全て利用できる文明。
タイプⅢ: 銀河のエネルギーを全て利用できる文明。
タイプⅣ: 宇宙全体のエネルギーを利用できる、あるいは宇宙の物理法則を自由に操れる文明。
「今回の件、たとえ重力波の観測がフェイクだとしても、我々の監視網をかいくぐり、あのレベルの攻撃を行うことができるのは、今表示しております表のように、タイプⅢ以上の超高度文明クラスからの攻撃かと思われます。我々が基本的に恒星のエネルギーを一部の分野ながらも利用できる文明、つまりタイプⅡに満たない文明だとすれば、タイプⅢは、まるで我々が赤子だとしたら大人のような、強大な存在というわけです。本当に申し訳ございません、ライヴ司令官。そして皆さん、この説明も散文気味の回答になり……明確な回答を答えられなくて……」
「いいのよ、私はあなた方の組織がこれまで善処してきたこと認めるわ」そう言ってライヴは若き青年と共に席に戻って行った。
「あの、もう一度いいでしょうか?」ふたたびサリーが手を挙げ立ち上がった。
「重力波の観測は、大質量ブラックホール同士の衝突、連星中性子星の合体、あるいは超新星爆発など、他にも多くの天文現象で確認されていますよね。今回の現象とそれらとでは何が違うのでしょうか? エリオット総長補佐、未だに今回の事態、本当に別の宇宙空間、異次元、位相空間からの攻撃なのか疑問を持っている隊員もいるはずです。そこのところ、詳しく説明をお願いします」
「確かにそうですね……。少々結論を急ぎました。少し専門家向けになりますが、少々お待ちください」
エリオットはそう言いながら、画面を操作して二つの三次元波形を表示した。まずは左側の波形が時間を早回ししながら三次元図形が波のように動き始める。
「左側の波形は、ブラックホール連星の合体などで観測される一般的な重力波です。公転周期が短くなるにつれて、周波数と振幅が増大する特徴的なチャープ信号が発生します。これは時間とともに変化し、合体直前に最も強くなります。この動画のように……波形は数ミリ秒から数分間にわたる振動的な信号ですが……続いて右側を見てください」
続いてエリオットが右側の波形に目をやると、その波はある時間を境に変化したまま停まってしまった。それと共に会場の隊員の息が止まる。そして再び時間が経過すると通常の状態に収束した。
「今回の現象では、このように重力波が通過した後も時空のゆがみが完全に元に戻らず、恒久的な変位が数分間にもわたって残り続けたのです。つまり、今回の現象は突発的なものではなく、空間に永続的なゆがみを残しました。これは、例えれば石を水面に置くと水面にできた波紋が消えずに残り続けているようなものです。他にも様々な証拠はありますが、これが一番皆さんから見て分かりやすいでしょう」
サリーの発言が一抹の希望をはらんでいたが、エリオットからの答えが再び重苦しい空気を呼び込んだ。しばらく隊員たちが事態を飲み込むのを待ってから、スライドを再び三枚の画像に戻し彼は再び話し始めた。
「皆さんよろしいでしょうか、話を続けさせていただきます。先ほどから答えていない二つの質問。いったい我々はどう軍として対応していけばよいか、という対処方法、そしてこの事実を国民はどう知りえればいいかとのことですが、前者は現時点では我々の中では二つの対策が立案されています」
エリオットの言動に熱気と共に視線が集まる。
「一つ目は二枚目の写真にある通り、この円状の構造体、すなわち次元の裂け目を通して、敵の創り出した別の次元空間へ侵入し、その空間自体を破壊するという手段です。しかし、これは敵の創り出した領域内での活動となるため、対象空間内の環境に関する我々が保有する情報が極端に不足していることに加え、例え侵入できたとしてもエネルギー収束がいつ臨界点を超え、そしていつそこから放出されるエネルギーの塊が投下されるか、予測することは不可能であり、敵の力を直接受けるという甚大なリスクを伴い、現時点では不可能に近いと言わざるを得ません」
期待していた隊員から生暖かく、大きなため息がさざめく。
「もう一つは、彼らが本格的な侵入を開始する前の第二フェーズ、つまり構造体が完全に形成された時点で、この次元の裂け目を構成する構造体を我々軍の総力をもって破壊するという方法です。しかし、最も深刻な問題は、現時点でこの現象が一体いつ発生するのか、全く予知できないということです。総じて述べると……我々はまだ対象に対抗する手段を持ち合わせていません。それにより後者の質問に対しても言えます、国民にこの事実を知らせても今はパニックになるため、現時点では表面的な事実のみで詳細な超文明からの攻撃という可能性に対しての事実を知らせないとことが得策だと考えています」
解決策が提示されると期待していた隊員たちは、エリオットの厳しい言葉の連続に絶望の色を濃くした。再び会場がざわつき始めたが、エリオットは落ち着いた声で皆をなだめるように言った。
「しかしながら現在、我々I.F.D.O.では、この構造体の謎、現象発生の早期予知、そして破壊方法について、集中的な調査・研究を行っています。現時点での研究では対象空間内にはどうやらエネルギーの位相的むらがありそれがこの異常空間を形成するカギとなることはわかっている次第です。どうか、今しばらくの間、吉報をお待ちください。また、他に詳細な内容を知りたければ、この会議の後、私の元に来てください。質問を受け付けております」
会議室には、様々な思惑が入り混じった静かなざわめきが再び広がっていた。未知の敵の出現に興奮する者、恐怖を覚える者、謎を議論しようとする者、そして国家の未来を憂う者。そんな中、ふと、落ち着きのあるマッシュツーブロックの髪型をした優男が遠慮がちに口を開いた。
「すまない、少々野暮な質問だが、一ついいでしょうかエリオット総長補佐」
「はい、どうぞレオン司令官」
「最近、『衡平党』という団体の存在を耳にするのだが、ご存知でしょうか? 巷ではどうやら今回の事件を対処しているという噂があるのだが……知っておられますか?」
レオンが『衡平党』という言葉を口にした瞬間、それまで続いていた喧騒は、まるで空気が凍り付いたかのようにぴたりと止んだ。会場に居並ぶ視線は、一斉にエリオットへと集中する。
総合領域防衛機関司令官レオンが言う「衡平党」とは、近年急速に支持を伸ばしている地方政党のことである。一部の噂では、今回の一連の事態に対し、アメリア軍が有効な対策を講じられない中、独自に対処している救世主のような存在として、一部地域で熱狂的な支持を集めているという。真偽不明の情報が飛び交う中、衡平党自身は、次に起こるであろう現象を阻止すると公然と宣言していることも噂に立っている。
先ほどのざわめきから一転した静けさに、一瞬戸惑いの表情を見せたエリオットだったが、すぐに表情を引き締めた。
「ええ、私もその噂は耳にしています。しかし、彼らの行動は全く理解に苦しみます。まるで古代の異端者のような儀式で、あの現象に対処するなどというのは、ばかばかしいものです。私たちアメリア軍でさえ、早期発見はおろか、破壊活動すら現状では実施できていないことを考えれば、全く荒唐無稽であり、その有効性は眉唾物と言わざるを得ません。しかし、もし彼らが本当に有効な手段を掌握しているというのであれば……それは、私たちにとって新たな希望であると同時に、社会にとって制御不能なリスクを孕んでいる可能性も否定できません。私たちは彼らの動向を注意深く見守る必要があるでしょう」
その後も、しばらくはエリオットに対し隊員たちからの質疑応答が繰り返されたが、会議は大きな混乱もなく終了した。会が終わった後も、彼は一人残り、会後に理論物理や航空宇宙分野の有識者から集めた内容を含め、消失事案に関する情報を整理していた。彼の目の前には事案に巻き込まれた五〇機の機態に残された詳細なデータが、彼のステラリンクの表示に映し出されている。彼は、機態情報から何らかの手がかりが得られないかと、注意深く分析を続けた。
この一週間、エリオットは彼らが消失して拭いきれない違和感を抱いていた。なぜなら、目の前に表示されている五〇機の機態の時間経過データを確認したところ、そのうちの一機だけ、時間がほんの一瞬停止しているような形跡がデータとして残っていたからだ。ほんの数秒の出来事だが、その時間の前後で、問題の機態のアルケオンドライブの出力が急激に上昇していた形跡が記録されていた。この数秒間に巨大な重力波を彼は感知していたのだろうか。エリオットは、この機態の搭乗員は事態の発生を予見していたのか、あるいは異次元空間の存在を認識していたのではないか様々な思いを巡らせ、その機躰の搭乗人物の紹介表示を開いた。彼がしばらく注視していたのは、短髪の青年だった。
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