第6話 エヴァンさんの農地にて①
~数日後~ 昇恒8時00分
天気:晴れ
場所:レガリス共和国家イオニア県北東ダノン市
「目標をセンターに入れて、スイッチ……。目標をセンターに入れて、スイッチ……。目標をセンターに入れてスイッチ……」
無機質な電子音と共に、僕は意識を虚無へと沈めていく。目の前の大型モニターに映し出された区画化された農地。その土壌データと連動した播種マシンが、正確無比な動作で種子を打ち込んでいく。僕の仕事は、そのアームの動きを微調整し、データと現実の誤差を修正すること。この単調な作業に、僕はただひたすら機械の延長となっていた。
「おい、シン! もっと心を込めろ! 種子が腐って植物が育たなくなるぞ!」
操作画面からエヴァンさんの声が飛んできた。ここはバーティカル・ファームセンターの中間層。巨大な円筒状の建造物内部は、幾層にも区切られた農場で構成されており、僕がいるのはその中層にあたる。リフトで地上から運ばれてきた収穫後の区画。茶色く乾いた土壌が広がるそこに、播種マシンが一斉に種子と栄養剤を同時に散布していく。機械の先端に取り付けられた精密なノズルが、事前にプログラムされた範囲に種子を正確に配置していく仕組みだ。
この単調な作業に頭をからっぽにして作業している僕に、エヴァンさんはいつも「心がこもっていない」と苦言を呈する。今、僕がこの場所にいる理由は明白だ。数日前、僕の機躰が不運にもエヴァンの農地の一角に墜落していたためだ。現在、莫大な損害賠償を支払う術を持たない僕は、こうして彼の農場で労働奉仕という形で償いを続けていた。
しばらくして、モニターを見続けることに疲れを感じた僕は播種作業を終え、リフトに乗り込んだ。画面を押すと、無重力に近い感覚と共に、周囲の植生の景色が急速に遠ざかっていく。地上に降りた僕は、エヴァンさんの家へ向かった。
しばらく歩いて見えてきたのは巨大な金属製の四角い建物。エヴァンさんが言うにはこれは旧時代の車輪式離着陸方式の航空機を格納するために使われていたらしい。だが、今はエヴァンさんの倉庫兼、質素な家になっている。機械が出入りするための巨大なシャッターもあるが、僕は横に簡易的に設けられた扉から倉庫内に入った。中は想像以上に広大な空間が広がっており、広大な空間の手前、五分の一がプライベートスペースとして区切られ、僕の部屋とエヴァンの部屋に分かれていた。奥の五分の四は農地で使用する多種多様な農業用ロボットやドローンが、種類ごとに分類され、所狭しと並んでいる。その一角には、僕の戦闘機動態も、まるで忘れ去られたかのようにぽつんと置かれていた。
僕は入ってすぐにドアのそばにある間に合わせのベッドに作業着のまま体を横たえた。金属壁の匂いと埃が僕の体にふわりとまとわりつく。ベッドが汚れることなど頓着しない。広く高い無機質な天井を見上げ、僕はしばらく考えにふけっていた。
ここにきてから数日間、ただひたすらにエヴァンの指示に従い、農作業の手伝いをしている。今まで経験したことのない作業に、幾分か新鮮な気持ちを抱いているのも事実だ。でも、日々作業をこなしてはいるものの、何かが、決定的に欠けている。心が満たされない。僕はあの日アメリア軍のキャリア組試験に不合格となり、しばらくの間、社会から戦力外通告されたかのような絶望を味わい、何もする気になれなかった。そんな僕を救ってくれたのは、団の仲間たちだった。アルフレッドさん、デニーさん、ジェイコブさん……。彼らが認めてくれたことで、ようやくここにいてもいい、存在してもいいと思えるようになった。だが、あの時、僕は全てを失ってしまった……。
——僕は一体、何のために存在するのだろうか。いや、僕はそもそも、存在していてもいいのだろうか……。
そんな抑鬱した心持ちを抱えていると外からエヴァンと、誰か若々しい声の持ち主が何やら話している声が聞こえてきた。僕はふいに気になって壁の近くまで行き、耳をそばだてて聞いていた。
「エヴァンさん、ご無沙汰しとります。作物の具合、どうだぁ?いっぱい採れたかぁ?」
——……少しなまってるな……ここら辺の方言だろうか?
「まあ、平年通りって感じかな、これもライアンの父さんの土地の管理がいいからだよ」
「いやいや、こりゃエヴァンさんの頑張りのおかげだよ。もともと専門じゃねえのに、こんな立派に野菜や穀物を育てられるなんて、ほんと才能だよ!——」
僕はここに来てから薄々感じていたのだが、エヴァンさんの部屋には、寝室の他に、厳重に管理された別室があり、そこにはエアリアの部屋にあったものとよく似た、様々な精密機械や見慣れないガジェットが所狭しに並べられている。しかも、エヴァンさんも僕と同じ、アメリア軍の正式装備であるステラリンクをいつも左手首に装着していた。このレガリス共和国家に来てからというもの、僕の身には不可解な出来事が立て続けに起こっている。なぜエアリアさんは、まるで僕が来ることを予見していたかのように、何の躊躇もなく受け入れてくれたのだろうか。そして、軍を離れたばかりの僕の再就職先が、なぜ農場という、こんなにも辺鄙な場所にあっさり身を寄せることができたのだろうか。全く理解できない。しかし、そんな疑問が頭の中で渦巻いていると、ふとエヴァンさんたちの会話に再び意識が向いた。
「——最近ここに手伝いに来ているシンって奴、手伝ってくれているのはいいんだけれど、なんかいっつもぼーっとしていて、作業に力が入ってないっていうか。簡単に言うと元気がないんだよ、エアリアさんから聞いてもいんだけれど、このまま手伝わせてもシンのメンタル的にいいとは思わないんだよな……。どうしたらいいと思う?」
すると、ライアンと呼ばれる男性が明るい声で提案した。
「それなら、気分転換に色んなとこ連れてってやるってのはどうだ? こんな田舎だけれど、気分転換になる所なら俺なら色々知っとるで、俺が連れてってやるよ」
「おお、それは願ってもない申し出だな!それじゃあ ライアン、シンのこと、今日一日よろしく頼むよ、二人で気を付けて入って来てな」
「はい、任せてください!」
——……え、マジなの?
僕は慌てて身の回りの散らかった物を軽く片付け、彼の到着に備えた。すると、扉が開いてライアンが入ってきた。逆光のせいで一瞬、誰だか判別しづらかった。だが、その立ち姿はまるでどこかへ連れ出してくれる物語に登場する天使のように見えた。やがて光に目が慣れ、人だと理解した瞬間、ある感覚に囚われた。なぜだろうか、彼の姿は僕の記憶の奥底にある、懐かしい何かを想起させた。まるで、かつて僕の前に堂々と立ち、自信ありげに微笑んでいた、あの少年のように。
「さあ、一緒に行こか」
そう言うと、彼は身構えて正座していた僕の腕を掴み、有無を言わさずドアから連れ出した。
「え、ちょっと……」
拒否しようとするが僕はされるがまま、ただ彼の力強い腕に導かれるしかなかった。
「エヴァンさん、ホバーバイク借りてってもええか?」
ドアを出てすぐ、ライアンが振り返ってエヴァンに声をかけると、エヴァンは笑顔で「ああ、いいぞ! 気をつけてな!」と快く許可を出してくれた。僕はライアンに腕を引かれるまま、倉庫の隣にある格納庫へと向かって行った。振り返ると、エヴァンが手を振って僕たちを見送ってくれているのが見えた。
格納庫に着き、ライアンが中から四人乗りホバーバイクを引っ張り出した。彼が手慣れた様子で操縦席に座ると、僕は促されるまま助手席に乗り込んだ。
「本当に大丈夫なの……?」
おもむろに声をかけると、ライアンはにっこり笑って答えた。
「いいの、いいのエヴァンさんにちゃんと許可取ったから、大丈夫だって! 心配性だな、シンは。早く乗って行こう!」
しばらく出発の準備のためライアンはお金や忘れ物がないか確認していたが、唐突に顔を僕に近づけてきた。
「そういえば……なあ、シンってさ、今までどこにおったの? ここらへんじゃ見かけない顔だけど」
「それは……ちょっと……言えない……」
彼の興味をもった眼差しに一瞬たじろぎ僕は曖昧な返答しかできなかった。けれどライアンはそんなこと気にも留めず機動系統を動かし始め、再び僕に顔を近づける。
「ふ~ん、不思議な人だな……まあいいよ、とにかく今日は楽しもう! きっとシンも元気になってくれるはずだよ」
そう言ってライアンは再び前を向きバイクを発進させた。
これから一体どこへ行くのか、ライアンが何を考えているのか、今の僕にはまだ分からない。けれど、彼の明るい笑顔と、このどこか懐かしい雰囲気が、きっと僕を本当に新しい世界へと連れて行ってくれるような、そんな予感が胸の中でじんわりと広がっていくのを感じていた。
「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。
日にちが開いた場合も大体20時頃に更新します。
また
https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。
@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。




