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第5話 空から堕ちた先で④

クレアが先導者エリオスの逸話を話し始める…。

           ※          ※          ※


 ~逸話: Oの怒り~


 惑星エリシア。かつては荒涼とした大地と青空が広がるのみの星だった。雨は稀で、乾いた風が吹き荒れ、生命を繋ぐ資源は乏しかった。人々は僅かな水と食料を分け合い、ただ生き延びる日々を送っていたという。

 そんな中、エリオスと呼ばれる者が現れた。どこから来たのか、誰も知らない。彼の手には“(オー) “と呼ばれる、不思議な球体が握られていた。エリオスが意志を込めると、Oは淡い光を放ち、不可思議な力を発揮したという。それは単なる道具ではなく、あらゆる知識と力を引き出す未知の存在だった。

 エリオスはエリシアの人々を救うべく、Oの力で星を変える旅を始めた。まず、荒れ地を肥沃な土壌に変え、涸れた川に水を取り戻した。灌漑システムを築き、人々は安定して作物を育てられるようになった。エネルギー資源の活用技術や、堅牢な建築技術ももたらされ、人々は安全な住居を手に入れた。都市は発展し、交易が盛んになり、教育や医療も整えられた。エリシアはかつてない繁栄を謳歌し、人々はエリオスを救世主と崇めた。 

 しかし、繁栄が長く続くと、人々はエリオスの存在とOの力に慣れ、感謝を忘れていった。資源を浪費し、環境を顧みない生活が当たり前になった。エリオスが何度警告しても、耳を傾けようとはしなかった。

 すると、Oが異変を起こした。穏やかな光を放っていた球体が、突如として赤く輝き始めたのだ。それは単なる赤ではなく、燃え盛る炎そのものの色であり、見ているだけで肌が焼けるように感じられるほどだった。同時に、大地には蜘蛛の巣のような亀裂が走り、緑だった作物は瞬く間に黒く焼け焦げ、塵となって風に舞い上がった。命の源であった川は、熱風にあぶられ、水蒸気となって消え去り、乾いた川底を無惨に晒した。空は血の色を濃くしたような赤黒い色に染まり、降り注ぐ光は熱線を帯び、あらゆるものを容赦なく焼き尽くしていった。星全体が巨大な炎に包まれたかのような凄まじい災厄に見舞われた。人々は、そのあまりの光景に恐怖のどん底に突き落とされ、己の過ちを悟った。焼け付く地面に膝をつき、焦土と化した故郷を見上げながら、エリオスの元に集まり、涙ながらに許しを請うた。


「私たちは恩を忘れ、愚かな道を進んでしまいました。どうか、もう一度チャンスをください!」


 人々の真摯な謝罪に、エリオスは静かに耳を傾けた。深く考えた後、Oの前に立ち、こう言った。


「Oよ、この地に生きる人々の罪を許し、再び癒しを与えてください。彼らは過ちを悟り、変わろうとしています。新たな未来を共に築くため、力を貸してください」


 すると、Oの赤い輝きは和らぎ、柔らかな青い光を放ち始めた。大地には再生の兆しが現れ、枯れた作物から新たな芽が吹き出し、水源が蘇った。

 エリオスは人々に、自然との調和と感謝の大切さを説いた。彼の言葉は人々の心に深く刻まれた。人々はエリシアの自然を敬い、大地の恵みを大切にする生活を送るようになった。焦土には新しい植物が芽吹き、星は再び緑を取り戻した。

 人々がエリシアの未来を担う準備ができたと確信したエリオスは、Oを携え、新たな地へと旅立った。

        


 ※        ※        ※


「――ね、大変なことになるでしょ」


 クレアはロミを諭すように言った。クレアの言葉を受けて、ロミは口を噤み、少し間を置いてから呟いた。

「でも……そんなこと、まだ何も起きてないし……やっぱりただの噂話でしょ……」


「でもね、今の私たちの生活を支えているのは、エリオス様の知識があってこそじゃない。あそこのホログラフィックビジョンも、そこに浮いているコンシェルジュ・ドローンだって、すべてエリオス様の膨大な知識を基に企業が開発したものなのよ。ありとあらゆる法則だって、エリオス様が私たちに人類に教えてくれたものなんだから、本当に起こってもおかしくないでしょ」


「うーん……まあ、そうなのかもしれないけど……」


 僕はロミとクレアの他愛ないやり取りをしばらく耳にしていた。その微笑ましい光景に、どこか心が和む。しかし同時に、ある疑問が頭をもたげてきた。


 —— そういえば……「О」とは、一体何なのだろうか……?


 そんな僕の思索をよそにロミとクレアの会話につまらなくなったのか、スレイは再び本に目を落とし、読み始めた。

 しばらくして食事が終わると、ロミとクレアもエアリアと一緒に片付けを始めた。ロミはクレアからの指摘に影響されてか、食べ終わった食器を運び、テーブルを拭き、エアリアとクレアは食器洗いを担当していた。スレイは相変わらず、黙々と読書に没頭している。ふと、僕は 昨日からの彼女のロミとクレアに対する行動から推測する。


 ——スレイは、他の皆とあまり親しくないのだろうか?


 そんな些末な疑問を抱きながら、僕はテーブル越しに彼らの様子をしばらくぼんやりと見つめていた。と、その時、エアリアが手を休め、僕の正面に腰を下ろした。そこで初めて、僕はエアリアと真正面から顔を合わせた。年齢は二〇代後半から三十代前半といったところだろうか。肩まで滑らかに伸びている艶やかな黒髪。刃物のように鋭く整った眉。特に目を引いたのは、深く澄んだ青紫の瞳だ。まるで宇宙の叡智を宿しているかのような瞳は、僕の内側を見透かしているように感じられた。小さく引き締まった唇は、言葉を発するたびに優雅な弧を描いた。清潔な白衣を身に着けた彼女は、遠目から見ても際立って美しい女性だった。その中で僕の視線が思わずある場所に向った。


 ——!


 数日前まで彼女は白衣の下に厚手の衣服を着込んでいたため気づかなかったのだが、その首にはチョーカーが嵌められていた。それは、容易には外せそうにない、精緻な装飾が施されたものだった。噂には聞いていた。真護会のメンバーや、I.F.D.O.(アメリア恒星間航行研究機構)の上層部といった、限られた者しか身に着けることを許されないチョーカー。それが、こんなにも若いエアリアさんの首に……。僕は意識的に視線を逸らしたが、エアリアは僕の視線の動きに気づいたのだろう、静かに、しかしどこか探るような眼差しで僕を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「ああ、これね。以前所属していた組織で支給されたものなの。もう今は関係ないから、気にしないで」


 エアリアさんはそう言って、考え深そうに軽くチョーカーに触れると、「さてと」と明るく話題を変えた。


「シンがこうして無事、私たちのもとに来てくれたのは本当に良かったけれど、これからどうする? 軍に戻るという選択肢もあるでしょうし、もし気が向かなければ、もう少しの間、ここに留まっても構わないのよ。焦らなくて大丈夫。ゆっくりと考えて、まずはあなたの気持ちを教えて」


 僕は少し考え込んだ。今の精神状態で軍に戻ったとしても、今の自分に任務を遂行する気力などほとんど残っていない。そのことは明白だった。僕は小さく頷き、静かに答えた。


「——もう少し、ここにいさせてください……」


 その時、エアリアさんさんが、まるで独り言のように、不思議な言葉を呟いた。


「——やっぱりそうだと思ったわ……でも、まさか……本当になってしまうなんて……。私のあの時の選択は、本当に……?」


「何のことですか?エアリアさん」僕は思わずエアリアさんの不意言に違和感を感じる。


「いいえ、何でもないわ……それよりもあなたが乗ってきた機態、あそこに置きっ放しになっているわね。明日の朝、一度あそこに戻って、機態を邪魔にならないもっと奥の林の中に移動させるか、あるいはコックピットだけでも掃除しておくとか、何かできる範囲で準備をしてきてほしいの。少しばかり保存食も用意しておくから、それを持って行って、一週間後にまたここに来てちょうだい。あなたの今の様子は……」


 彼女は僕の顔をはっきりと見て表情をしばらくうかがう。そして診断が終わったのか、言葉を再び紡ぎ始める。


「最初、会った時よりはずっと良くなっているけれど、まだ完全に安心できる状態とは言えない。今のままの精神状態では、また何か危険な目に遭うかもしれないから、その時に私が少しカウンセリングをするわ」


「——わかりました……」


「それじゃあ、明日の朝は少し早めの出発になるから、今夜はゆっくり休んでね。着替えはクレアに用意させておくわ。それと、お風呂にも入ってきてちょうだい。女の子たちはもう入浴を済ませているから、着替えを済ませたら温まってゆっくり休むように」


 そう言うと、エアリアは床に座り込んで本を読んでいたクレアを手招きで呼び寄せ、何かを耳打ちした。クレアは小さく頷き、奥の棚の下を探ると、僕の体格に合いそうな、清潔な普段着らしい服と下着、それにふかふかのタオル、そして丁寧にケースに入った携帯歯ブラシまで添えて持ってきてくれた。それを無言で僕に渡すと、すぐにまた自分の本の世界に戻っていった。エアリアはそれを見てから、昨日と同じように、食事の準備で使った皿などが置かれている棚の方へ向かい、床下にある隠し扉のようなものを開けて、一人で地下室へと降りて行った。


 ——なぜ一週間なのだろうか?


 機態の清掃や機態の移動など、僕にとってそれほど時間を要する作業ではない。そう不思議に思いながら、エアリアさんが地下へ降りていくのを見送った後、久しぶりに満たされたお腹をさすりながら、まだ覚束ない足取りで壁を伝い、何か食事を食べるためのお皿がたくさん置いてある場所に隣接する一階の一番奥にある風呂場へ向かった。

 脱衣所に辿り着き、ロッカーを見ると少年のものと思われる下着が籠の中に置いてあった。


 ——ロミ……だったけ?


 ここに来てから僕に訝しげな視線を向けてくる少年のことを思い出しながら服を脱ぎ、風呂場に入った。すると、まるで僕が来るのを予期していたかのように、浴槽の水面から両目だけを出して、じっとこちらを睨んでいるロミがいた。その目に僕は一瞬たじろいだが、気に留めず、湯を出すべく操作盤に手を伸ばした。その時、彼が口を開いた。


「シン、だっけ……」


 ロミに名前を呟かれ、僕は彼の方を見た。


「辛いのは、あんただけじゃないよ……」


 そう言うと、彼は“ぱしゃり”と音を立てて湯から上がり、脱衣所の方へ行ってしまった。彼が見せた少し悲しげな表情は、どこか印象的で、僕の心に強く刻まれた。


 風呂から上がり、まだ濡れた髪から雫が床に落ちるのを気にしながら、おぼつかない足取りで手すりや壁を伝い、朝まで過ごしていた部屋へと再び戻った。久しぶりの風呂は湯気で少し火照った身体に、ひんやりとした部屋の空気が心地よかった。ベッドの縁にそっと腰を下ろし、ぼんやりと天井を見上げていると、不意にロミの言葉が脳裏をよぎった。「辛いのは、君だけじゃないよ」それは一体どういう意味だったのだろうか。言葉だけを切り取れば、慰めとも取れる。だが、あの時のロミの目に宿っていた深い悲しみは、単なる慰めなどではなかったように思えた。ぼくにはもっと個人的な、切実な何か彼自身の経験から絞り出された、痛切な叫びのようなものが含まれている。そんな気がした。しばらく天井の染みを数えながら、様々な可能性を考えてみた。しかしどう考えても、彼の真意を掴むことはできなかった。仕方なく僕は目をつむり明日に備えて目を瞑るが数日間寝すぎたためかあまり心地の良い睡眠にはならなかった。それでも今日感じた様々な違和感が、僕の意識を深い場所に沈めてくれた。

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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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