第5話 空から堕ちた先で②
2日後 昇恒8時00分
天気:晴れ
場所:レガリス共和国家イオニア県アリエス市
僕は目覚めた。
今、意識がゆっくりと覚醒していく中、まず目に入ったのは、見慣れない、けれどどこか温もりのある木の天井だった。おもむろに体を起こそうとすると、
「イチッ!」
ふいに声が漏れ、全身に微かな痛みが走る。ふと視線を落とせば、左手首には点滴の管が繋がれていた。そして、僕は何よりも先に、本能的に右手を軽く持ち上げて、恐る恐るその指先を確認する。何らかの特殊な器具に覆われているものの確かに血が通っている感触がやんわりと伝わり安堵のため息が漏れた。左脚も、同様の器具に覆われているものの、わずかな肌感覚から無事だとわかる。ゆっくりと胴体へと視線を移すと、いつの間にか、あの重苦しいアーマーは脱がされ、柔らかい患者用の衣服に着替えさせられていた。
全ての事に安堵した僕は、窓の外へと視線を向けた。しばらくの間、ぼんやりと景色を眺めていると、外はすっかり朝を迎えたらしく、眩しいほどの暖かい光に満ち溢れていた。
——今、僕は一体どこにいるのだろうか……たしか、レガリス共和国家の上空を……!
その思考が途切れた瞬間、脳内に高圧電流が走った。すると、あの日の悪夢のような光景が、鮮明に、まるで断片的な映像を繋ぎ合わせたかのように蘇ってきた。
赤く妖しい光を漂わせる巨大な金属球体。そして、空を覆い尽くすように広がった、巨大な同心円状の幾何学的な構造体。それが信じられない速度で収束し、中心から放たれた、全てを焼き尽くすような光の柱……。音もなく、まるで存在が消去されたかのように消え去った仲間たちの機影。そして最後に、今も耳に残るジェイコブさんの悲痛な叫びと共に、光の中に吸い込まれていった彼の姿を思い出した瞬間だった。
「ゲホッ、ゴボッ、オエェェェ……」
僕は堪えきれず、木の床に胃の内容物を激しく吐き出してしまった。胃が空になっても、まるで痙攣するように収縮し続け、何かを吐き出そうとする不快な感覚がいつまでも続く。僕は、体中から熱いものが込み上げてくるのを感じながら、何度も何度も嗚咽を繰り返した。
その時、誰かが偶然通りかかったのだろうか、僕の異変に気づきいた様子で、悲鳴のような叫び声を上げながら階段を駆け下りて行った。
「エアリアさん! 大変! お兄ちゃんが……!」
少女の叫び声から間もなく、クレアが、コンシェルジュ・ドローンを連れたエアリアと慌てて駆け上がってきた。ドローンは僕の部屋に入るなり、床に素早く消毒液を撒き始め、エアリアは何も言わずに膝をつき、僕が吐き散らしたものを懸命に拭き取ってくれる。クレアも汚れた雑巾を交換するため、階を往復している。僕はただ、彼女らの献身的な姿をぼんやりと眺めていた。そして今さらながら気づく。自分が子供のような醜態を晒したことに。僕は絞り出すような声で、自然と謝罪していた。
「——すいません……」
「いいのよ……辛いことがあったら思いっきり、男でも泣いていいのよ」
——え……!
僕はふと気づいた。
その彼女の思わぬ温かい言葉は、乾きかけていた僕の心に染み渡った。抑えていた感情のダムが決壊したように、その温かい言葉に背中を押されていたことを。そして、僕は知らぬ間に体内に残っている液体を使い果たすように、体の奥から熱いものが溢れ出していることを感じていたのだ。それは、悲しみ、後悔、安堵、そしてエアリアさんの優しさへの感謝が混ざり合った、複雑な感情の発露だった。
しばらくして、僕の呼吸が落ち着いてきたのを見てか、エアリアさんは心底安堵したように僕に微笑んだ。
「どう?だいぶ気持ちが楽になった?」
僕は頷く。
「たぶん、あなた、数日間何も口にしていないでしょう? さっきの吐瀉物には何も残ってなかったから…… きっと、お腹が空いているはずよ。もう少ししたら、温かい食事を用意するから、落ち着いたら食べに来てね」
そう言うと、エアリアさん達はコンシェルジュ・ドローンと共に階下へと降りていった。彼女の優しい言葉と気遣いに、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。胸の内からあがってくる安心感が眠気を誘い僕は再び瞼を閉じ、自然と眠りについてしまった。
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