第4話 似たもの同士の行方⑤
シン達は大空を進んでいくが……。
しばらくしてシンたちの機態は、空へ向かって淡く青い光の柱を放つ、巨大な円錐状の構造物の上空に差し掛かろうとしていた。そのあまりにも巨大で無機質な外観は、周囲の風景から異質な存在感を放っている。一見すると広大な森林の中に突如として現れた巨大な塔のようだが、ステラリンクを使い視覚を拡張して見ると、その正体が明らかになる。パラボラアンテナを大から小に積み重ねたようなデザイン。そしてその塔を囲むように何層にも重なり合う青く淡い天使の輪のような光が、昼間にもかかわらず幻想的で淡い光景を森の中に浮かび上がらせ、思わず見惚れてしまうほどだ。
デニーはそれを見てか思わずといった様子で、ジェイコブに問いかけた。
「ジェイコブさん、あれはいったい……? あれですよ、あのデカい、アンテナを積み重ねた様な塔のような施設……一体何なんですか?」
そう言うとデニーは何かを操作した。アルフレッドさんに何か送ったのかアルフレッドは周囲を警戒しながら、HDUを注視し落ち着いた口調で答えた。
「デニー、あれが分からないのか今まで義務教育で習ってきただろ」
くすくすと僕らの間で笑いが広がる。
「あれは恒星ルミナから送られてくる膨大な恒星エネルギーを蓄積するための地上施設だ。正確には、地表に見えているのはほんの一部で、大部分は地下深くに埋設された巨大なエネルギー貯蔵タンクになっている。だから、あんな風にアンテナ類がむき出しなのは珍しいんだ。それに、一部の小規模都市を除けば、主要都市の地下には、我々が今見ている施設よりも遥かに巨大なものが構築されている。これは、僕らの生活全般を支えるエネルギーを賄うために不可欠な施設なんだ」
詳細に説明すると、シンたちが今見ているのはエレクトロレポジトリと呼ばれるものだ。ルミナから放出される莫大なエネルギー、具体的には恒星風や高エネルギー粒子、電磁波など、あらゆる形態のエネルギーが、オービット・スターと呼ばれる中継衛星群によって捕捉される。
このオービット・スターは、静止軌道上に配置された複数の大型衛星で構成されており、ルミナからのエネルギーを効率よく集めるための巨大なコレクターの役割を果たしている。捕捉されたエネルギーは、ただ単に地上に送られるわけではない。ここで重要なのは、量子情報技術を応用した高効率変換プロセスだ。オービット・スターに搭載された量子変換器によって、捕捉された恒星エネルギーは一旦、情報エネルギーへと変換される。
これは、エネルギーを量子ビットという情報の単位にエンコードすることで、従来のエネルギー伝送方式では避けられなかった伝送ロスを極限まで抑えることを可能にしている。情報エネルギーとして伝送された恒星エネルギーは、地上に点在するエネルギー保管システム、つまり今シン達が見ているあの施設へと、ほぼロスなく伝送される仕組みだ。そして、地上施設に到着した情報エネルギーは、再び高密度エネルギーへと変換され、地下深くに構築された巨大な貯蔵タンクに蓄積される。このエネルギー変換と貯蔵において、重要な役割を果たしているのが、ある大量の素粒子だと言われている。
——何かがおかしい。
その建造物の上空を飛行し、皆の会話が弾んでいる時、シンは言いようのない違和感に囚われていた。彼の前方に見える視界が、まるで高速で入れ替わる複数の薄い膜を通して見えているように、微細で不規則な「振動」を繰り返した。それは、世界が分厚い紙束となり、目の前でパラパラとめくられているかのような、奇妙で落ち着かない感覚だった。
以前、アルフレッドに救われた直前にも、シンは酷似した感覚があったことを思い出す。そして今回も、なぜか視界の異常と同時に、胸の奥底からじんわりと温かく、どこか懐かしいような心地良い何かが湧き上がり、微弱ながらも身体を前方へ引っ張るような、奇妙な力場が胸の中心で静かに渦巻いていた。
——っ‼
ふとシンは自身の体を見た。胸の中心に何かが、僅かに、浮いた所に留まっていたのだ。
まるで、青く淡い光を内包した神秘、あるいは霧散しかけている種子のような形をした霧滴——今まで見たこともない、青白い光を静かに放つ現象がそこには存在した。
しかし、不思議とその光を見ていると、ざわついていたシンの心が凪いでいくのを感じた。 揺れる視界と奇妙な温かさを抱えながら、シンは抑えきれない衝動に駆られ、引き寄せられるように上空を見上げた。
——っっっ‼
見上げる遥か上空。そこには信じられない光景が広がっていた。
巨大な、禍々しいほどの金属球体。
赤く淡い光を放つ芸術作品。
それはまるで空を制圧する要塞のように、眼下の全てを睥睨するかのように静止していたのだ。
——みんなには、見えているのだろうか……?
シンは湧き上がる不安を抑えきれず、周囲の仲間にふいに問いかけた。
「皆さん、上空に何か浮かんでいるんですが……あれ、一体何ですか?」
しかし、シンの問いかけに対し、隊員たちは普段と変わらない、どこか間の抜けた調子で返答してきた。
「何言ってんだ、意味わからんぞ!」
「シン、また変なこと言ってるよ」
「シン、何が浮かんでるって言うんすか? 全然見えないっすけど!」
「シン君、そんなものどこにもないじゃないか……」
——みんな、どうして見えないんだ……⁉
理解不能な状況への疑問と、底知れぬ恐怖が、シンの頭の中で濁流のように渦巻き、思考を掻き乱していく。
その時だった。シンの視界の異常はさらに激しさを増した。まるで目の前を覆う壁のように、薄いプレート状になった世界が幾重にも重なりながら、急速に迫ってくる。それは、先ほどまで見ていた頼りない線状のものよりも明らかに幅広で、丸みを帯びた古びた辞書の背表紙のようだった。
シンは、胸の光に微かに導かれるように、抗えない力で無数の帯の間へと押し込まれていく奇妙な感覚に襲われた。やがて、大きな広間のような場所へ吸い込まれると、次の瞬間、視界が劇的に変わる。目の前に林立するのは、異様でありながらも荘厳な、巨大な光の柱だった
——なんだ、これは!僕は一体、何を見ているんだ‼
すると唐突に、シンの視界は元の状態へと引き戻される。
上空には、相変わらず赤みを帯びた巨大な金属球体が、不気味な静寂の中で佇んでいた。
——ヤ……ヤバい!
シンは自身の鼓動が耳に届くほど高鳴っている感覚を感知、本能的にこの状況が尋常ではないことを悟った。考えるよりも早く、彼は操縦桿を握りしめ、アルケオンドライブの出力を瞬時に最大まで引き上げる。僚機との隊列を大きく引き離し、信じられない速度で前方に猛然と離脱していく。
一方のジェイコブがシンの突如の逸脱行動を即座に認識し、「おい、勝手に隊列を離脱するな! シン、一体何があった⁉ 早く編隊に戻れ!」と通信回線を通して怒鳴りつけた。
だが、今のシンにはそんな言葉に耳を傾けている余裕など微塵もなかった。
彼自身がなぜこのような行動に出たのか、理性的な理由は彼自身にも分からなかった。ただ、一刻も早くこの得体の知れない場所から離れなければならないという、強烈な、根源的な衝動に全身が突き動かされていた。
「くそっ、またあいつは勝手なことを……! アルフレッド! デニー! 後は頼む!」
ジェイコブはそう叫んだ。直後、彼はV字隊形を離れ、驚愕の表情を浮かべながらもシンを追ってきた。シンはそんなことには一切構わず、ただひたすら前進を続けた。
シンとアルフレッドたちの距離が十数キロまで開いた、まさにその時だった。
——!
遠くに見えていた空中の球体は、理解不能な速度で、おぞましい変貌を開始した。球体の底部からは光り輝く金属質の環が幾重にも生成され、それが肥大していく。シンたちを覆い隠すどころか、天空全体を覆い尽くすかのように、巨大な同心円状の幾何学的構造物が形成されたのだ。それはまるで折り畳まれた状態から、金属の重なりを轟かせながら広がるようで、見る者すべてを圧倒した。
アルフレッドもここで只事ではないと気づいたのだろう。アルフレッドとデニーの、動転した悲鳴に近い声が、通信回線を通して切迫した調子でシンの耳に飛び込んできた。
「まずい! 皆、急げ! 全速力で逃げるんだ!」
「フルスロットルだ! 何が起こっている‼」
焦燥の色を隠せない彼らの声は、シンの心臓を締め付けるように響く。しかし、いくらアルケオンドライブの出力を最大まで上げても、天空を覆う巨大な同心円の禍々しい縁から逃れることは絶望的に思えた。まるで巨大な網が空から降りてくるように、円は徐々に、しかし確実に、その恐るべき範囲を広げていく。その外縁部は、淡い光を妖しく放ちながらも、内側に秘めた強大な、破壊的なエネルギーを否応なく予感させた。
するとそれは突然だった。
その巨大な同心円構造体は、まるで意思を持つかのように、突然、急速に閉じた。
巨大な瞳が閉じられるように、あるいは宇宙の深淵が静かに口を閉ざすかのように。収縮した中心部から放射状に合現れたのは、白く、今まで見たことのないほど強烈な光芒だった。
それはルミナを直視した時のような、網膜に焼き付く光ではない。もっと純粋で、すべてを焼き尽くすような、絶対的な光。
それは一瞬だった。
その光は下方へ、想像を絶する莫大なエネルギーを奔流のように放射した。
“ドゥガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン‼”
一瞬の静寂の後、まるで大気の膜が引き裂かれるような、鼓膜を打ち砕く轟音が空間を支配した。それは、単なる爆発音などではなかった。空間そのものが根底から崩壊していくような、おぞましい異質な響きを孕んでいた。衝撃波が容赦なく機態を激しく揺さぶり、シンの身体をシートに強烈に押し付けた。その瞬間だった。シンは様子を見ようと後方をふと見た時だった。
——!
アルフレッドとデニーの機態は、まるで巨大な光に渇望するかのように吸い込まれ、燃え盛る炎に身を投じる夏の虫のように、抵抗する間もなく一瞬にしてその存在を消し去った。彼らが確かにそこにいたという痕跡すら、虚空には何も残されていない。
直後、シンのヘッドアップディスプレイ(HUD)が静かに、しかし冷酷に警告を発した。
「ALFRED. VON. NOREN - SIGNAL LOST」
「DENNY. RAY. FARTH - SIGNAL LOST」
「RAMY……」
音が消えた。ただ、血のように赤く染まった無機質な文字が、HUDの隅に焼き付いた。シンは、それを理解することを拒絶した。
一拍、二拍、三拍……。
時間は、彼の中でゆっくりと流れていく。
次の瞬間、遂に時が止まった。
——っっっっっっ‼
シンはあまりの衝撃的な光景に、何が起こったのか理解が全く追いつかなかった。思考は完全に麻痺し、ただ本能だけが生き残るために警鐘を鳴らしていた。彼はひたすらに、アルケオンドライブの出力を限界まで引き上げるため、ステラリンクに搭載されている知能機関シオンに懇願するように意識を集中させ、操舵桿を死者の手を握るかのように力強く、ひたすらに握り続けることしかできなかった。
ふと、彼は残った意識を機躰後方に向けた。だが、明滅する光景は続く。
光の閃光は慈悲など知らず広がり続け、シンの後方を追っていたジェイコブにも、巨大な光の奔流が今まさに襲い掛かろうとしていた。
「助けて……!」
再び時が止まる。
——‼
今まで聞いたことのない、ジェイコブの悲痛な……。
——カミキリムシ……。
イメージと乖離した、そんな高く掠れた叫び声が、シンの耳に突き刺さった。
その直後、ジェイコブの機態が、まるで巨大な力によって容易く二つに引き裂かれる光景を、シンは信じられない思いで見つめた。それでも彼はただひたすらに前進を続けた。
しかし、その必死の抵抗も虚しく、遂にシンの機態にも光が牙を剥いた。辛うじて致命的な接触は免れたものの、機態の一部が焼け焦げ、溶解した。
“ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ‼”
瞬時、シンの見るHUDがけたたましい赤い警告音を放ち、機態は制御を失い、急降下し始めた。機態は飛行能力を失ったのだ。
彼は前方を向き、全身全霊で操縦桿を握りしめてきたが、もはや為す術がないという絶望的な現実に、言い知れぬやりきれなさが津波のように彼を襲った。
「クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ!クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! 」
シンは喉が裂けるまで叫んだが、無情にも機態はただ重力に引かれるまま、奈落の底へと落下していくばかりだった。
彼は落下していく機態をどうにか制御しようと、最後の力を振り絞って操縦桿を握りしめた。知能機関シオンの能力を最大限に活用し、頭の中で落下速度、風向き、着地点など、ありとあらゆるデータを高速で計算しながら、残された僅かな、本当に僅かな可能性を探る。
アルケオンドライブの逆噴射。
操舵翼を様々な角度に傾向を試みたり……。
しかし、翼の一部を失った機態は、まるで重力という名の巨大な手に弄ばれるように、為す術もなく制御を失っていた。悲惨な音を立てながら錐揉み回転し、ただただ落ちていく。
——翼さえ、無事なら……。
意識が途切れ途切れになる中、シンの脳裏に、ある光景が鮮明に蘇った。それは以前、格納庫でアルフレッドが冗談めかして見せてくれた、機内操作の光景。
それはまるで走馬灯のように、朦朧とする意識の中。シンは知能機関の補助と手動操作の両方で、同時に、奇跡的に試みていた。あの時のアルフレッドの操作はあくまで手動だったが、今は一瞬の遅れも許されない極限状態。シンにとってそれは、もはや理性的な判断というより、漆黒の海に沈む者が藁をも掴むような、ほとんど信仰に近い、最後の祈りのようなものだった。しかし、彼の意識とは裏腹に、彼の身体は不思議なほど冷静に、まるで何かに導かれるように、その一連の動作を遂行していた。
すると次の瞬間、シンのHUDの隅に、まるで幻のように「二%」という数値が唐突に表示された。損傷していた翼の部位に対応する、機態外のホログラフィックイメージが点滅し、青い光のテクスチャが目に見えるほどの速さで、その輪郭を急速に修復していく様子が、HDUにフィードバックされた。
全身に装着したアーマーが内側から発光するように、一瞬、僅かに青く輝いた。深海魚の発光器官のように、身体のラインに沿って、繊細な青白い光の筋が血管のように奔る。それと同時に、彼が死力を尽くして強く握りしめていたレバーと彼の手が、文字通り吸い付くように一体化した。それはまるで神経系を通して機態と身体が完全に融合したかのような、奇妙かつ強烈な一体感に全身が包まれた。
落下しながらも、彼はまるで自らの身体が直接大気を切り裂いているかのような、信じられないほど直接的で、研ぎ澄まされた感覚を覚えた。
再び、機態が大気を掴む感覚が、彼の手に、神経に、戻ってきた。
——何とか……滑空は……。
だが、翼はあくまで応急処置、その場しのぎで修復されたに過ぎない。彼は、先ほどの一体感、身体が直接空気を切り裂くような研ぎ澄まされた感覚を再び得ることはできず、今にも崩れ落ちそうな危ういバランスで滑空を維持するのがやっとだった。
シンの意識が朦朧とする中、それでも滑空を続ける彼の視界に、先ほどの全てを焼き尽くす強烈な光柱が降り注いだ地点が、鮮明に捉えられた。そこには、かつて巨大な威容を誇っていたエレクトロンレポジトリの施設は、まるで砂嵐に消え去った幻のように跡形もなく消え去り、巨大なクレーターを中心に、周囲一帯が生命の色を失った鉄錆色の、乾いた地面へと変貌していた。それはまるで、今まで見慣れたこの世界の風景とは完全にかけ離れた、異質で、不気味な、そして終末的な光景だった。シンはその変わり果てた景色を、ゆっくりと反転させながら、意識の深い闇へと沈んでいく。
曇天の空の下、破滅の余韻が残る中。彼の乗る機態は、静かに、そして無情にも地上に向け滑空を続けていた。
*現在各話が長いので分割中
「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。
日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。
また
https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。
@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。




