第4話 似たもの同士の行方④
~2期後~ 昇恒9時45分。
天気:晴れ時々曇り
場所:レガリス共和国家 首都レガリア県 上空 一万一千メートル
シンたち第一二総合領域防衛団は、アメリア・レガリス安全保障協定に基づいて、レガリス共和国家上空を飛行中だった。アメリア・レガリス安全保障協定とは、レガリス共和国家とアメリア連邦国という二つの国家間の安全保障を目的とした条約で、相互の平和と安定の維持、外部からの脅威(侵略やテロ攻撃)に対する共同防衛、そして災害時などの人道支援を柱としている。今、僕らはその中に明記されている内容の一つ。両軍がそれぞれの相手国に定期的に飛行し、両国の存在を脅かすような事態が発生していないか監視すること、いわゆる哨戒飛行を行っていた。だが、滅多に異常なことは起きない。大抵は相手国の領土を飛び、ただ単に遊覧飛行のような形になるのが、この活動の実態なのだ。
シン達は一グループあたり五人のグループに10を超えるV字隊形で編隊飛行しており、それぞれのグループはある程度の距離を保ちながら飛行している。シンのグループは、先頭にジェイコブ、その下の両翼にアルフレッドとデニー、そして最後尾の二機はシンともう一人の新人パイロットが務めていた。
今、シンのHDUには同じグループの四人の顔が浮かんだ状態で話している。
「どおっすか、アルフレッドさん、久しぶりの大空は!」
デニーはなぜか高揚している様子で、アルフレッドに問いかけた。
「ああ、まあ……悪くない。久しぶりだからな、少し身体が鈍っているかもしれないが、この景色はやっぱり格別だな……」
アルフレッドは遠くの景色を眺めながら、どこか感慨深げに答えた。
「ここはどんなところなんっすか?何か知ってそうな雰囲気出てますけど……」と、デニーが興味津々に尋ねた。
「ああ、ここは俺の故郷で山々に囲まれた小さな村なんだ。俺が中学生になる前までいて、空が広くて、夜は星が本当に綺麗なんだ」
アルフレッドは目を細め、故郷の風景を思い描いているようだった。
——アルフレッドさんはレガリス出身だったのか……知らなかった。
シンはアルフレッドの意外な出自に驚き、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「あの……アルフレッドさんはどうして今アメリア軍にいらっしゃるんですか?軍に入るのなら、レガリス共和国家の軍でも良かったのではないですか?」
アルフレッドは一瞬、理由を探すように視線を天井に向け、それからゆっくりと話し始めた。
「うーん……昔の知り合いがな、今、本当に必死になって頑張っているんだ。その姿を想像すると、自分が、何というか……とても小さな存在に思えてきて……。だから、俺も人の命を預かるような、責任の大きな仕事がしたいと思うようになったんだ。それに……その、彼女の前で働くのは、あまりにも気詰まりだったから、より大きな仕事ができそうな、このアメリア軍に来たんだ。協定で、あちらの国籍でもこちらで働けるという制度もあったからな」
——何か、特別な思いがあるのだろうか?
シンはアルフレッドの言葉の奥にある真意を探ろうとしたが、彼の言葉はあまりにも抽象的で、その核心を掴むことはできなかった。すると、逆にアルフレッドさんは聞いてくる。
「逆にシンの故郷はどこなんだ? 東アメリア高等士官学校出身なんだからシンだって故郷あるだろ? 大陸の東のどこら辺なんだ?」
アルフレッドの急な問いかけに、僕は一瞬言葉を失った。故郷……それは僕にとって、曖昧で、輪郭のぼやけた、遠い記憶の断片のようなものだった。確かに戸籍上の出身地は存在する。首都ハイネセンで育った僕にとって、それはただの便宜的な情報でしかなかった。両親から、僕が生まれ育った場所について話を聞いたことは一度もない。いや、正確に言えば、両親自身がそのことについて多くを語ろうとしなかったのだ。
「——故郷、ですか……」 シンは言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。
「戸籍上は首都のハイネセンになっていますが……正直なところ、よく分からないんです……」
アルフレッドは少し意外そうな顔をした。
「分からない、とはどういうことだ?」
「両親は、故郷についてほとんど話してくれなかったんです。幼い頃に尋ねたことはありました……、曖昧な言葉で濁されてしまって……。その後、深く追求することもありませんでした。」
シンは、記憶の底を探るように、近いが遠い日のことのように思い返していた。両親の表情はそのことを話すといつもどこか陰りを帯びており、故郷という言葉を口にするのを避けていたことを思い出していたのだ。まるで、触れてはいけない何かがあるかのように。
「——それに、両親は……」
シンの言葉はそこで途切れた。心の中に、重い蓋が降りてきたように、それ以上言葉が出てこなかった。それを他人に話すことは、自分の存在そのものを否定することに繋がるような、言い知れぬ不安と恐怖を感じていた。
——……いや、やっぱり言うべきではない……。
シンは心の中でそう考える。この事実は、土壌まで持っていくべき秘密なのだと。
「……いや、何でもありません。昔のことを少し思い出していただけです」
アルフレッドの表情が、先程よりもいくらか和らいだのが分かった。
「——そうか……。それは、複雑な事情だな……」
アルフレッドは言葉を選びながら、静かに言った。その声には、シンへの深い配慮が滲み出ていた。
「無理に話す必要はないよ。だけど……もし何か話したくなったらシンの相談をいつでも聞くよ」
「——ありがとうございます……」
シンの胸に、微かな温かさが広がった。アルフレッドの言葉は、凍てついていたシンの心に、一筋の陽光を差し込んだようだった。孤独の淵に沈んでいた彼の心を、わずかながら引き上げてくれた。シンは頭の中で、今この瞬間に感じている、数少ない温かい感情をそっと数え始めた。アルフレッドの優しさ、任務への期待、そして……ほんの僅かな希望。そしてその中でふと彼は何かを思い出した。
——そういえば、今日はキャリア組のドッグファイト訓練があったはずだ、皆はどうしているのだろう……。いや、今は違う。
シンの脳裏に一瞬、士官学校時代の仲間たちの、屈託のない笑顔がよぎった。共に勉学に励み、夢を語り合った日々。しかし、すぐに意識を切り替える。過去は過去だ。これから共に任務を遂行していくのは、アルフレッドさんたちだ。過去への未練を断ち切り、この新しい環境に身を投じなければ。気を引き締めなければ。すると、少しばかり重くなっていた空気を払拭しようとするように、デニーが明るい声で提案した。
「……っそそういえば、アルフレッドさん、今回の任務が終わったら、どこか行きたいところとかあるっすか?」
「そうだな……特に決めてはいないが、ゆっくりと温泉にでも浸かりたい気分だな。最近、どうも肩が凝って仕方がないんだ」とアルフレッドは肩を回しながら答えた。
「ええ~、アルフレッドさん、もうそんな年なんすか? まだ若いのに!」とデニーがからかうように言った。
「うるさいな、お前こそ大学で留年しているくせに、人のことを言えるのか。また留年したら、今度こそ除隊になるぞ!」
「お、温泉ですよね! いいっすね! 僕も一緒に行きたいっす!」とデニーは慌てて話を逸らすように言った。
「おい! 話逸らすなよ! 温泉はお前とじゃなくて、彼女とだから!」
「あの~そろそろ任務に集中しませんか?」シンはさすがに心配になりふと訊ねるが、彼らの会話は続く。
「え、彼女さんいるんすか⁉⁉」デニーは目を見開いて驚いた。
「アルフレッドさんってば、任務以外に興味ないのかと思ってたっす!」
アルフレッドは顔を赤くして、咳払いをした。
「ば、馬鹿を言え。デニーには関係ないだろう。それに、別に秘密にしていたわけじゃない、俺のLOINE名でわかるだろ」
「あ! そういえば……。でも、いやいやいや! 絶対秘密にしてたっすよ! ていうか、いつの間に⁉ どんな人なんすか⁉ 俺、全然知らなかったっす! 今度僕にも紹介して下さい!」
「うるさい。プライベートなことまで話す義理はないよ!それより、今回の任務のことだ。しっかりと気を引き締めろ。デニーのような集中力のないやつが隣にいると、こっちまで危なくなる」
「ひどいっすよ! 俺だってやるときはやるっす! でも……温泉かぁ……いいなぁ。いつか彼女作ってと温泉行きたいっす……」
デニーは腕組みをして、遠い目をした。アルフレッドはそんなデニーを横目で見て、小さくため息をついた。
「デニーはまず、留年しないことだな。そんなだらしない奴に女性なんて誰もついてこないよ」
「くっ! それもそうだ……」
デニーは痛いところを再び突かれ何か言い返す言葉を少々探している様だった。彼らの間には任務中ながら束の間。和やかな空気が流れていた、その時、通信回線にジェイコブの声が脳に鋭く響いた。
「おい、貴様ら! 任務に集中しろ! いつ、何時、異常事態に遭遇するか分からないぞ。特にこういう、何も起こらないだろうと安心しきっている時こそ、いいことはない。常に気を引き締めろ!」
「「はい、わかりました」」
まるで小学生が担任の先生に怒られたように二人は落ち込んだ。
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