第4話 似たもの同士の行方③
※ ※ ※
地上に到着した僕たちは、整列して上官の結果報告を待っていた。周囲の皆は、すでに闘いの結末を知っている様子だった。僕らの心中を察してか、あたりは静まり返っている。重い沈黙の中、ジェイコブさんは敗れた僕たち二人の前に立ち、いつもの冷静な表情で堂々と佇んでいた。やがて彼は口を開いた。
「本日の結果を基に、シン・ヨハン・シュタイナー伍長の成績を委員会に報告し、今後の待遇を決定する。結果は後日改めて報告する。以上、解散!」
これは、僕にとって、それは事実上の死刑宣告に等しかった。前回の作戦での失態から、チャンスを与えられたにもかかわらず、ジェイコブさん達に敗北を喫してしまった。そう、僕はついに確定してしまった。その存在、組織の安全を脅かす、ただの癌細胞——そう自覚せざるを得なかった。
鈍重な思いを抱える中、ジェイコブさんは踵を返し、立ち去ろうとした、その時だった。今回は場外で試合を見守っていたアルフレッドさんが、彼の行く手を阻むように前に出たのだ。
「待ってください、ジェイコブさん! 今回、俺はシンにしかるべき助言をしたはずです。それなのに、この結果は一体どういうことですか! あまりにも酷すぎます。シンがデニーと協力して、あれほどあなた方を追い詰めたのに、こんな仕打ちは理不尽すぎます!」
アルフレッドさんの言葉に、僕は思わず息を呑んだ。「助言をしたはず」とは、どういうことだろうか?
彼の言葉にジェイコブさんが振り返り、アルフレッドさんを見つめた。
「追い詰めた? いや、全く違う。あの状況で、迷わず入水する選択をするのが普通だろう。確かにルール上、水中には時間制限がある。だが、それはレーザー攻撃やミサイルを回避する、最も有効な手段ではないか? もし私がシンの立場なら、躊躇なく潜水していた。海中では急旋回が難しくなるため、たとえ私のような熟練度の低い者でも、海水を通して威力が減衰するレーザー砲での撃ち合いに持ち込めば、撃墜の可能性を見出せたかもしれない。さらに、私ならば事前に相手がどのような新人パイロットを投入してくるのかも想定に入れていただろう。今回のシンたちの敗因は大きく三つだ。 一つ、私が潜水できないと決めつけていたこと。
二つ、新人のパイロットの能力を十分に把握していなかったこと。
そして三つ目、自身の内に潜む混沌、つまり不安要素に正面から立ち向かわなかったことだ。
ついでに、デニー、お前は少しシンに頼りすぎだ。お前にも相応の能力があるんだから、もう少し頭を使え! いいな!」
後半は完全に僕たちへの説教、というよりも、今後のための貴重なアドバイスに近いものだった。
すると、デニーさんがジェイコブさんの発言に顔をしかめ、顔色を窺うように恐る恐る尋ねた。
「ですが、シンの処遇はどうなるんだ……?前回の危険行為に対する処分は……?」
そんなデニーの心配とは裏腹にジェイコブからは意外な言葉が返る。
「いや、何の話だ? デニー。私はシンの今回の成績を報告しに行くだけだぞ。一週間前の件は、既に処理済みで今回の成績には影響ない。いいかデニー」
デニーはしばらくボーとジェイコブの顔をあっけらかんと見ていたが、こくりと頷く 。
「よし、今日は解散だ、今日は休日だから明日からの通常日に備えて早く帰宅するように、以上!」
ジェイコブさんはそう言って立ち去った。彼が立ち去る様子を見守り、室内に消えると一瞬空気が固まった。しばらくして隊員それぞれが顔を見合わせるように確認すると、周囲の隊員たちから割れんばかりの歓声が沸き上がった。安堵と祝福の声が入り混じり、皆が我先にと僕に駆け寄ってきて、口々に声をかけながら肩や背中を叩いたり、頭を軽くポンポンと叩いたりした。
「よかったな! シン!」
「本当に、やれやれだぜ」
「シン、復活!」
口々に安堵の声が皆から発せられる騒然とした状況の中、アクシデントから一週間が経ち、すっかり元気を取り戻したアルフレッドさんとデニーさんが近づいてきた。アルフレッドさんは僕に力強く握手を求め、デニーさんはいつもの調子で僕の首に腕を回してきた。
「ちょ、苦しいですって、デニーさん……」
僕はデニーさんの腕を払うのに苦戦する中、アルフレッドさんがにこやかに話しかけてくる。
「本当に良かったな、重い処分が下りなくて。しかし、ジェイコブさんにあれほどの激しい戦いを繰り広げたんだ。もしかしたら……多少なりとも良い評価をもらえるんじゃないか?」
僕は急にその発言に恐れ多さを感じる。
「いや、それは……ジェイコブさんは最初、アルフレッドさんを追走した後、水中へ潜行し、その後は水面下で狙いやすいように有利な位置取りをしていただけなんです。僕たちはただ、彼の掌の上で無駄に動き回っていただけに過ぎません……」
「しかし、あのおっさん、本当に俺たちの特徴をよく見抜いているよな……」
デニーさんは感嘆しているようだった。
「俺はテクニックはあるけど、頭の方はイマイチだから、どうしてもシンからの指示待ちになるのは明白だ。シンは一定以上の技術を持っているし、頭も回るから的確な指示を出してくれる。でも、ジェイコブさんは前回のシンの水に対するトラウマを逆手に取り、『シンは潜水しない』と完全に読んで行動していたんだ……」
僕はそんな彼らの話を聞いていてふと聞きたい疑問が自然と湧いてきた。
「それよりも、どうしてアルフレッドさんは、ジェイコブさんに「しかるべきアドバイスをした」と言ったのですか?ジェイコブさんから以前何か言われたんですか?」
腕を組み、僕に対する返答を考え始めたアルフレッドさんは、しばらくして静かに口を開いた。
「うーん昔、俺たちもジェイコブさんに同じようなことを言われたんだ。『秩序には、必ずある程度のカオス、混沌が必要だ!』とね」
「え……どういうことですか?」僕は思わず聞き返した。
「昔、俺たちが入隊する前。所属していたアメリア軍は、内部がかなり腐敗していたらしいんだ……。今この恒星系にはアメリア連邦国家とレガリス共和国家の二つがあるだろ? 隣の惑星アレアのエリーゼ自治区全体はアメリア軍の管轄内だし、レガリア・アメリア安全保障協定によって、この世界はほぼ一つにまとまっているようなものだ」
「それで、どうなるんっすか? そっちの方が国同士で争いをせず、皆仲良くハッピーに暮らせていいんじゃないっすか?何が悪いんっすか?」
デニーさんが身を乗り出して尋ねた。
「そうなると、俺たち軍の役割はどうなる? 誰に対して敵意を向ければいいのか分からなくなり、結果として暇を持て余した人たちの内側に溜まったエネルギーをどこに放出すればいいかわからず内輪揉めを起こすことになるだろ。誰が正しいか、どちらが偉いか、といったことでね……」
「ああ、なんとなくそうなることは分かるっす」
「本当にデニーは分かってるのか?まあいい。だからとにかく、その争いを起こさず、秩序を保つためにはある程度の秩序の崩壊が必要になってくるんだ。最近、アメリア軍は様々な理由で忙しくなっているからそちらの方にエネルギーを向けられるから良くなっているけれど、後輩たちには、『倒すべき敵がいなくなったその時のことを頭の片隅に置いて、その時にどう行動するか意識していて活動してほしい』とジェイコブさんは以前、言っていたんだ。それは組織の問題だけではなく、自分自身にも当てはまることだとね」
「自分自身に、ですか?」僕は思わず問い返した。
「ああ、完璧な秩序なんてありえない。世間が混沌とした時には、自分の中にも発生する内なる混沌を受け入れることも大切だってことだよ」アルフレッドさんはそう言って、少し微笑んだ。
——そんな理由があったとは……。
そういえば、先ほど僕に対しても同じようなことを言っていた。『不安に対する秩序を壊す必要がある』と。僕は考える。あそこまで明瞭で、的確な判断力を持っている相手に、今の僕が敵うはずもない……。
すると、少々重苦しくなっていた空気を打ち破るように、デニーが明るい声が僕の頭に響いてきた。
「——だが、あのジェイコブは本当に凄いよな。元は非キャリア組だったのに、ここまでのキャリアとあんな高度な戦闘技術を身につけているなんて、本当に驚きだ! 完敗っすよ」
——え、あの人はキャリア組じゃなかったのか……?
しかし、なぜ今ここにいるのだろうか? 位の高い幹部なら、非戦闘要員として上から指示を出しているだけでいいはずなのに。なぜ、わざわざ戦闘で命を落とす危険のある場所に身を置いているのか。しかも、僕のような劣等生にまでアドバイスをくれる。
デニーさんの言葉は、僕の中に更なる疑問を膨らませた。
「ジェイコブさんは、最初からあんなに優秀なパイロットだったわけじゃないらしいぞ。昔先輩から聞いたが……俺たちと違って、昔、士官学校時代にキャリア組への試験に落ちて、相当悔しい思いをしたらしいんだ。部隊に入ってからも、そこの先輩たちからのいじめとか、暴力で辛い経験をたくさんしてきたらしい。だから、そんな弱い自分を周りに認めさせるために、必死に努力して、この場で戦っていける鋼のメンタルと精巧な技術を身につけたんだって。そんな経験もあってかもう二度と辛い思いを後輩にさせないように、自分が直接部下を指導するようになったんだと思うよ」
——なんだ……、僕と同じじゃないか……? いや、それよりも……。
アルフレッドさんから衝撃的な事実を告げられ、僕は思考の海に沈んでいった。
——僕は……一体何をやってるんだろうか……?
あの人は、自身の劣等感を乗り越え、絶え間ない努力によって今の地位まで登り詰めた。それなのに僕は……ただ、入れなかったキャリア組のことばかり気に病んで、拭いきれない劣等感に苛まれながら、何も行動を起こさずに、ただくすぶっているだけじゃないのか。過去の失敗を言い訳にして、現状から目を背けているだけじゃないか。そんな自分が矮小な存在に見えてくる。
だが、それでも、そんな僕を分け隔てなく承認してくれる存在がたくさんいる。アルフレッドさんやデニーさんのように、僕の可能性を信じてくれる人がいる。僕にも、確かに居場所があるのだ。
僕はこれまで、あの日以来、周囲の目は常に冷たく、自分を拒絶しているように感じていた。認められた者だけが足を踏み入れることを許される、輝かしい世界とは隔絶された場所にいると思い込んでいた。しかし、それは違った。世界は、こんなにも温かい光で満ち溢れていた。僕は今、初めてそれを知った。じんわりと温かいものが、体の奥底から広がっていくのを感じる。
「おい、どうした、シン、ぼうっとして」
デニーさんの声に、僕はハッと我に返り、顔を上げた。そこには、僕の存在をいつも肯定してくれる二人の青年が、優しい眼差しで互いに見つめ合っていた。それぞれの顔には安堵の笑みが浮かび、花を咲かせるように何かを話し合っているようだった。
「——それで……来週から新人たちを入れた本格的な実務が始まるらしいんですけれど、アルフレッドさんは今お体、大丈夫なんすか?」デニーさんが尋ねた。
「いや、お医者さんからはあと一週間くらいは激しい運動は控えるように言われている。脳震盪は、最悪の場合『セカンドインパクト症候群』を引き起こす可能性があるからな……」
「その……『セカンドインパクト症候群』って何すか?」
「要するに……完全に回復しきる前に、もう一度頭に衝撃を加えると、脳に大きな障害が残る可能性が増すんだ、だから脳震盪を起こした際は厳密ではないが通常は数週間は休まないといけない」
「それは大変っすね……そうすると……。約二週間後か、三週間後にある、レガリス・アメリア安全保障協定で保障されている……レガリス共和国家上空の監視飛行あたりで完全復帰、ってことっすか?」
「たぶん、そこら辺になると思うよ」アルフレッドさんが頷いた。
「うわ、それは良かったっすね……アルフレッドさん、でも今度は無茶しないでくださいよ。また倒れたりしたら、今度は俺がシンのこと後輩として守ってやらないと……」
「いや、いや、お前もかなり際どいことやっただろ?まあ、それは置いておいて……。先程のことはたぶん大丈夫だよ。シンのことならもう心配ないだろう? 俺たちがいなくても、あいつはもう、どんな困難が来てもしっかり立っていられるさ。お前みたいに頭ポンコツじゃないからな……」
「ちょっと、そこまで言うことないっしょアルフレッドさん……」
しばらく二人の会話が続いていたが、ある程度の話はついたのかデニーさんが僕の方にくるりと振り返って、にやりと笑った。
「しかし……お前、良かったな。アルフレッドさんの復帰が決まったぞ」
「はい、本当に嬉しいです。安心しました」 僕は素直に答えた。
「おいおい、デニーまだ俺は、完全復帰って決まったわけじゃないぞ、シンまだ俺は完全じゃないからもし復帰した後はサポートよろしく頼むよ」
「わかりました、アルフレッドさん。できる限りの努力はします」
「それにもう、デニーはいちいちいらない口をはさむなよ」
「わかったっすよ。アルフレッドさん」
デニーさんはどこまで理解しているのかわからないが、にっこりと笑って答えた。一方のアルフレッドさんはデニーさんに呆れている様だった。 僕は今、この三人で他愛のない会話を交わしている。この何気ない時間が、体中にじんわりと染み込みとても心地よかった。僕はここにいてもいい、という確かな承認の暖かな感覚が、再び僕を満たしていく。まるで、凍てついていた心臓に、温かい血が再び流れ始めたかのように、体の奥底から力が湧いてくるのを感じていた。
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