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第3話 新陳代謝④

 ※        ※        ※


 “ばちん!”


 乾いた破裂音が、抜けるような青空の下に鋭く響き渡った。体に走る衝撃。当然の報いだ。いや、これでもまだ甘いほうだ。僕は、人の命を奪いかけたのだから。

 次いで飛んでくるジェイコブさんの言葉は、僕の心を深く抉った。


「お前の着水直前の行動について説明してもらおうか。飛行データを確認したが、あれはデニーが見せた危険なマニューバを意図的に試そうとしたとしか思えん。違うか? 事実なら、これは重大な規定違反だ。詳細な調査の結果次第では、逮捕もあり得る。お前は本当に事の重大さを理解しているのか? あ⁉」


 続けて彼は言う。


「貴様みたいに身勝手な奴は、この組織に必要ないんだよ、シン! さきほどの行動はただ場の空気を乱すだけ危険行為なんだ! 軍隊というものはな、たった一人の勝手な行動が原因で、隊員全員が全滅することだってある。例えると、我々は巨大な生命体を構成する一部であり、個々の隊員はその細胞にすぎん。細胞として大切なのは、組織全体の機能の一部として役割を果たすこと。それができない、あるいは不要になれば捨てられるのは当然の摂理だ!がん細胞のように周囲に悪影響を及ぼし、組織全体に害を与える存在は、絶対に許されてはいけないだ!」


 ——がん細胞……僕はがん細胞なのか……組織の輪を乱す。必要のない存在……。


 血管が縮こまる感覚を覚え、過去の記憶に引き戻される。


 ——あの日、皆が試験に受かり喜びあっている。でも僕は落ちてしまった、僕はその空間の中の完全なマイノリティー……それはまるで、がん細胞。そして、僕は新たな器官に入って……そして僕は新たながん細胞にならないためにここに来た。でも僕は今また、やってしまったのだ。そう、僕は、結局、また、がん細胞になってしまったのか? 不要な、排除されるべき存在に……。


 春の暖かい空気感が急に冷たいものになり僕を凍えさせる。またあの冷たい冬の季節に戻ったようなそんな気がした。その時だった。沈痛な静寂を切り裂くように一人の青年が声を発する。


「待ってください、ジェイコブさん! 罰せられるべきは俺の方です!」

 デニーだった、彼は僕とジェイコブさんの間に割って入るように声を上げた。その口調は必死だったが表情は冷静だった。


「最初に“あれ”を試したのは俺なんっすよ。シンは……シンは俺の動きを見て、あの状況で必死に活路を見出そうと、彼なりに足掻いていただけなんっすよ!」

 堰を切ったように、デニーは続ける。


「確かに無謀だったかもしれない。しかし、彼のあの挑戦する姿勢は……評価すべきじゃないすか? 組織の硬直化を防ぐには、組織の秩序を守るためには新たな新陳代謝は組織において必要ですよね?」


 珍しくデニーさんは、論理的に、しかし必死に僕を擁護してくれる。

 しばらくジェイコブさんは、デニーの言葉を黙って聞いていた。顎に手を当て、皺の刻まれた顔で、僕とデニーを交互に見つめる。そして、ゆっくりと視線を落とした。長い沈黙が流れた後、ジェイコブが顔を上げる。その表情は、何かを悟ったようでもあり、あるいは何かを企んでいるようでもあった。ぱっと顔を上げ言葉を発した。


「ならば、来週の同時刻に、今回と同じ二対二のドッグファイト訓練を再度実施する!いいか、今度は俺自身が相手の一人となる。そしてシンのペアには、デニー、貴様が就け! 評価は、俺との実戦記録、戦闘データ、そして対戦した肌感覚をもとに詳細に分析し、その結果で決定する。以上、今日は解散!」


 ジェイコブさんの言葉は、周囲の凍りつかせていた空気を、自らの言葉によって一変させた。僕は感じた。それまで心臓を締め付けていた緊張が、緩やかに解き放たれていくのを……。

 しかし、ふと横を見る。突然、僕のパートナーに指名されたデニーさんは、まるで時間が止まったかのように、唖然とした表情で人差し指を自身に向け、立ち尽くしていた。彼の口は、驚きのあまり、ぽっかりと開いたままになっていた。その様子は、どこか滑稽ですらあった。

 ジェイコブさんが場を離れていくと、先程までの張り詰めた沈黙が嘘のように、周囲は騒がしくなっていた。安堵と興奮が入り混じったざわめきが広がり、隊員たちが一斉に僕の周りに集まってきた。彼らは口々に僕を労い、ねぎらいの言葉をかけてくれる。


「何とかなって、良かったな」


「シン。なんとか問題が収まったみたいだ」


「でも……ジェイコブ教官、新人に対してあれはさすがに厳しすぎますって」


「だよな。シンは回避しようとしてただけだし、アルフレッドだって自分の判断で動いたんだ。それに、あのアーマーなら、直撃でも衝撃を吸収できる性能のはずなんだが……」


「まあ、大事には至らなかったし……結果オーライってことでいいんじゃないか?」


「そうだな。とにかく、二人とも大事に至らなくてよかった」


 先程までの凍り付いた空気と、今の賑やかさのコントラストが、あまりにも鮮やかで、それはとても新鮮な感覚だった。


「でも、シンも相当堪えてるんじゃないか?」


「それよりもアルフレッドの方は大丈夫なのか?誰か様子見に行ってやれよ!」


 ——確かに、そうだ。


 アーマーの性能がアルフレッドさんを救ってくれた可能性はある。だが、それでも、アルフレッドさんの身体を危険に晒したのは僕の不注意だ。その事実は、未だ残り玉のように僕の胸に沈み込んでいた。

 周りの人に囲まれながら僕は、居ても立ってもいられず、アルフレッドさんが運ばれた医療室へ向かった。庇ってくれた際に受けた衝撃で、未だ横腹が疼く。早く、アルフレッドさんの無事を確認しなければ——僕は一目散に彼の元に向った。


 ——何とか死は免れたことは訊いたけど、それでも何か後遺症が残っているはずだ……どうかどうか、無事であってほしい。


 一抹の不安を抱え僕は医療室に走って向かう。医務室に向かう道すがら、まるで試験の結果発表を待ちに行くような、久しぶりに胃がねじれる不快感が僕の体を蝕む。医療室の目の前にたどり着くと、僕はステラリンクをドアにかざした。機械的な電子音が鳴り承認され、ドアがスライドして開く。中は白く清潔な空間が広がり、その奥で彼は高度な医療機器のようなカプセルの中で静かに目を閉じていた。


「アルフレッドさん!」


彼の様子を見て胸が締め付けられ、僕は急いでアルフレッドさんに駆け寄る。彼はベッドの上で寝ているようだった。すると僕の意表を突くかのように、アルフレッドさんの目がカッと開いた。


「アルフレッドさん!」


 彼の様子を見て不安になり、僕は急いでアルフレッドさんに駆け寄る。彼はベッドの上で寝ているようだった。すると僕の意表を突くかのように、アルフレッドさんの目がカッと開いた。


 ——!


 僕はその様子を見て、一瞬にして血の気が引いた。気がつけば床に転げ落ちていた。


「びっくりしただろ!」


 からかわれたことに一瞬戸惑ったものの、それよりも、アルフレッドさんがいつもの調子で元気そうなことに、心の底から安堵が広がった。張り詰めていた糸がぷつんと切れ、全身から力が抜けていくのを感じた。



「驚かせないでくださいよ!」


「いやぁ、まさかそんなに驚くとは、俺も思わなかった!」

 アルフレッドさんは笑いながら言った。


「冗談はいいですから、本当に、怪我は大丈夫なんですか?」


「ああ、まあ、軽い脳震盪で頭を少し打っただけだよ。一時的に記憶が飛んだくらいでね。それよりシンは大丈夫か? けがはないか?」


「心配ないです、少し、わき腹に違和感を感じる程度なので大丈夫です。それより大変なことになったのはあなたの方ですよ、しっかりしてください!」


「わりぃ、わりぃ。しかし、あれだけの衝撃、脳震盪程度で済むなんて、いやー本当にすごい技術だ。一体どんな技術が使われているんだか……」


「真護会傘下のI.F.D.O.が開発した技術じゃないですか? 他には考えられませんよ」

 何気ない会話が、氷で覆われていた蕾をゆっくりと解き放ち、温かい感情が花開くように広がっていくのを感じた。アルフレッドさんの存在が、僕の心をどれほど支えていたのか、改めて実感した。


「——それより、噂に聞いているぞ。来週のジェイコブ教官との二対二のドッグファイト、大丈夫なのか?」

 アルフレッドさんは心配そうに尋ねた。


「デニーさんも一緒ですし、二人で力を合わせれば、きっと何か突破口が見つかりますよ」


 僕はやや自分に言い聞かせるように、努めて明るく言った。


「シン、甘く見るな!」アルフレッドさんは即座に真顔で俺を諌めた。


「あの人は二〇歳の頃から戦闘技術においては無敵だったんだ。確か、異名があったはずだ……確か、“サイレント・イーグル”だったか……。うろ覚えだが、特に一対一の状況では最強と言われていた。今回は二対二だから、まだ幾分スキはあるかもしれんが、それでも手強い相手であることは間違いないんだ!」


「そ、そうなんですか……」

 僕は思わず呟いた。デニーの言葉に、さっきまでの楽観的な気持ちは一瞬で吹き飛んでいた。


 ——“サイレント・イーグル”……あの人が戦闘機態の操縦にかけては達人級の腕前だとは……


 全く予想外だった。僕は頭の中で対策を練ろうとしたが、どうしても先ほどのドッグファイトでの失態が頭をよぎる。


 ——一体、何が問題だったのだろうか……? あの時、僕は上昇した後、作戦通りに下降し、新人パイロットの機態とアルフレッドさんの機態で挟撃する態勢を取ろうとした。しかし、新人パイロットはすぐに僕の意図に気づき、逆に下降して一対二の状況を作り出そうとしたのだ。僕は慌てて引き返して援護に向かおうとしたが、逆に包囲され、一対二の不利な状況に陥ってしまった。そこで、僕はデニーさんのように強引に突破しようとした……そうだ、あの時、僕はエゴを出してしまったのだ……。


「何かに気づいたようだな、シン」アルフレッドさんは全てを見透かしているかのように言った。


「この訓練は、要するに相手の二機を戦闘不能にすればいい。シンプルな目標だが、正解と言える戦術が多すぎて、逆にそれが複雑さを生んでいる。その点を踏まえて作戦を立てるべきだな」


 僕の考えていたこととは少し違っていたが、核心を突いているような気がした。


「つまり、混沌が重要ということですね」僕は答える。


「そうだ、どんな強い秩序もいつかは崩れ、腐る。特に大きな秩序を維持するためにはカオスを作ることがとても大事なんだ。思考においても、場においても。ジェイコブという大きな秩序を壊すためにもな」


  その言葉に一瞬息をのむ。ジェイコブさんの名前が挙がったことで、彼が言わんとしている意味の重さを実感した。アルフレッドさんの助言は的確だったが、ただあまりに対応の幅がありすぎて困惑する。僕はその場で悩み続けていた。今度こそは失敗することは出来ない妙な心臓の鼓動を感じていた。すると、ふいにアルフレッドさんの口が開き僕の固まった思考を解きほぐしてくれた。


「まあ、心配するな。まだ一週間あるし、十分にデニーと話し合う機会はある、あとで俺とデニーのLOINEの二次元コードを教えるから、話し合えば大丈夫だろ」


「アルフレッドさんありがとうございます」


「いいえ、こちらこそ心配してくれて来てくれてありがとうな。シン」


 僕の心は彼との交流で温まり、万能感で満たされていた。


 ——大きな秩序に対しては混沌が大切か……? 


 僕はさきほどのジェイコブさんの言葉をかみしめるように新たな課題を胸に帰宅の途に就いた。


「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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