第27話 僕は何処から来て、何処に向かうのか⑤
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5期 9日 昇恒5時55分 天気:晴れ 場所:アメリア連邦国 I.F.D.O.本部
暗く広い部屋の中、エリオットは二つの巨大な画面の前で背筋を伸ばす。部屋の静寂を破るのは、デバイスの冷却装置が発する微かく高いうなりと、エリオット自身の荒く、浅い息遣いだけだ。彼は手元のステラリンクと照らし合わせながら、攻撃の様子を食い入るように見つめていた。
一方の画面の中でH・ゲートが巨大な壁のように遥か上空に霞むように浮かんでおり、目下、アメリア軍とレガリス軍が地上から総力を挙げた猛攻を仕掛け。もう一方の画面には、宇宙側から機態や軌道兵器がH・ゲートとA・スペースに向け、豪雨のような攻撃を浴びせる様子が映し出される。しかし、そのどちらもその雨あられのような光芒は、まるで大海に波紋一つ立てずに消え去る小石の様に、全くと言っていいほど効果がない。
攻撃がH・ゲートに触れた瞬間、光芒はエネルギー反応を失い、冷たい霧のように散っていく。 画面の隅に表示された「エネルギー・フィードバック・ゼロ」の赤字が、その絶望的な現実を無情に示していた。
それでもエリオットは冷静な眼差しでその光景を見つめていた。あらゆる可能性を考慮し、H・ゲートを破壊する様々な手段を同時並行で実行してはいたが、画面を見る限り、どれも決定的な手立てにはなりそうもなかった。
だが、彼の頭の中にはただ一つ、最後の希望があった。それは、未知の存在——シン。全てを託し、先ほど、A・スぺースに侵入した青年のことだった。エリオットは、その様子を手元のステラリンクに釘付けになるように見守っていた。今、その画面には、青年のバイナリーデータと機態の状況が、刻々と無情に表示されていた。
——これが成功しなければ、もう……。
エリオットは、拭いきれない不安に胸を締め付けられながら、祈るように画面を見つめていた。しばらくして、彼の願いが通じたのか、統合深度(ⅠD四五)に到達したことを示す数値が目に飛び込んできた。その瞬間、エリオットは乾ききった喉に冷水が流し込まれるような感覚を覚え、小さく「ハッ」と息を呑んだ。
——やったぞ! これなら……。
そう歓喜したのも束の間だった。次の瞬間、画面の数値は急激に二〇番台まで落ち込んでしまったのだ。突然の出来事にエリオットは息を呑み、焦燥感を覚えながらもう一度画面を見た。すると、まるでジェットコースターのように、数値は再び四五へと上昇した。
——よし、もう一度行ける!
しかし、その希望も脆くも崩れ去り、また数値が下降し始める。エリオットは、この異常な状況を整理しようと、思考を巡らせた。なぜ、目標深度に到達したにもかかわらず、数値は元に戻ってしまうのだろうか?なぜ、これほど急激な数値の低下が引き起こされるのか?原因を突き止めるため、彼の頭はフル回転していた。その時、まるで閉ざされた扉が開くように、ある疑惑が彼の脳裏に浮かび上がった。
——空間核はただ存在するだけじゃないのか……?もしかしたら……!まさか⁉核は侵入者に対して攻撃を仕掛けているのか⁉
一抹の疑惑だったそれは、瞬く間に巨大な影となり、エリオットの心に重くのしかかる。だが、この状況で彼から青年に対して有効なアプローチ手段はなく、ただ、画面に無情に表示される数値を凝視することしかできなかった。祈るような気持ちで画面を見つめ、数値のわずかな上下に一喜一憂している。その時だった。
“ピピピピピピピピピピ!”
——!
突如、画面の表示が警告を示すかのように真っ赤に染まり、デバイスから響く小さな電子音が、静寂の部屋に無情に鳴り響いた。何が起きたのかと、エリオットは混乱しながら画面の隅々まで視線を走らせる。
「Predicted Survival Time(予測存続時間)」の項目。そこに表示されている「0」の文字が、まるで彼の絶望を嘲笑うかのように、冷たく点滅していたのだ。
彼は、全てが終わったのだと悟り、激しい衝動に駆られて画面を叩き割ろうと、ディスプレイを握りしる。そして、地面に叩きつけた。しかし、その行為も虚しく、ディスプレイは頑丈だったのか、一時的に歪んだだけで元の形状に戻ってしまった。エリオットは膝から崩れ落ち、地面に突っ伏した。まるで心臓を直接掴まれ、握りつぶされるかのような、底知れぬ絶望感が全身を襲った。
——もう、私たちには為す術がないのか……。
そう深く落胆し、打ちひしがれていると、傍から規則正しく、ゆっくりとした足音が聞こえてきた。その人物は、エリオットの傍まで静かに近寄ると、エリオットが投げ捨てたステラリンクを拾い上げ、**その画面を一瞥した。彼の指先には微塵の動揺も見えない。無言で画面を確認した。しばらくして、その人はエリオットの肩にそっと手を置き、優しい声で語り掛けた。
「エリオット、まだ終わったわけじゃないよ」
低い男性の静かな励ましの言葉が、絶望の淵に沈んだエリオットの耳に、微かに届いたのだろうか。エリオットはゆっくりと顔を上げ、その男の方を向いた。
「ウィンさんですか……ですが……時間切れになってしまったんですよ。この状況ではもう、彼は生きて帰ってこれない……僕ら軍側にはなすすべはないんですよ……」
エリオットは力なく首を垂れた。
「エリオット、もう一度、これを見てごらん」
だが、ウィン。そう呼ばれた男は、その下を向いた彼の顎を軽く持ち上げるように促し、ディスプレイを彼の目の前に差し出した。
——!
すると、エリオットの顔は、固く閉ざされていた蕾がゆっくりと開き始めるかのように、信じられないものを見たという驚愕の表情へと変わっていった。 彼が見せつけた画面、その表示には、ⅠDの数値が0と1の間を、まるで生命が鼓動するように、絶え間なく往復していたのだった。
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