第3話 新陳代謝②
——よし、手順は頭に入っている。これまで何度も繰り返してきたことだ。
ここは機態が準備された簡素な倉庫内。僕は浮遊固定架台(フロースタンド。整備用の青い液体は既に取り除かれている)に空中固定された状態で機態の中にいた。僕はステラリンクが戦闘機態、すなわち“ノア”とリンクされていることを確認し、起動シーケンスを開始する。シミュレーションはしていたが初めての実践演習なので、操作を小さく声に出し確認しながら進めていく。
「ASFアーマー、機態結合完了。自己診断を開始。量子バイオセンサー較正……異常なし。圧力分布、最適値を確認。並行して、ステラリンクとNX-01A統合システムの同期を開始……同期完了。生体認証……認証成功。周囲環境情報知覚化情報処理を開始」
生体認証が完了した瞬間、それまで淡い光の線だけだった光景が一変した。全天球モニターが三六〇度の視界を映し出し、簡素な倉庫の光景が眼前に広がった。
「——神経信号初期スキャン……問題なし。ニューラルリンク確立……接続完了。シナプス経路と感覚入力統合を較正……完了。通常空間領域認識、発射前認知マッピングを確立。ASFアーマー環境完全性、ステラリンク遅延、すべて許容範囲内。A・ドライブ起動……起動シーケンス開始。主要および副次システム、オンライン。兵装システム初期化……完了。目標座標、脅威評価を含む発射前目標パッケージをロード……完了。兵装作動状態、グリーン。最適な離陸方向と周囲状況を特定するため、外部環境スキャンを実施……クリア。司令部との安全な通信確立……完了。ホログラフィックブリーフィング受信。発射許可を待機」
「(シン、出発準備はいいか?)」
ステラリンクを通じて、アルフレッドの声が直接脳内に響いてきた。
「(はい、問題ありません。いつでも出発できます)」
僕は意識の中で力強く応答した。アルフレッドの声はもう知覚できない。代わりに、静かな緊張が僕の意識を満たしていく。
——いよいよ始まる……。
深く息を吸い込み、意識を研ぎ澄ませる。脳内で最終確認を行い、出発シーケンスを起動した。するとフロースタンドから解放され、少し落下するが瞬時にアルケオンドライブが微調整する。全天球に一瞬、薄青い波動が駆け抜ける。すると目に見えない重力制御フィールドが展開したのか、機態は音もなく、何かに持ち上げられるように受け止められ、高度数十センチで安定したホバリング状態に入る。それによって不安が和らぎ、入れ替わるように高揚感が徐々に、しかし確実にこみ上げてくるのを感じる。心臓の鼓動が早くなり、両手でしっかりと握りしめた操縦桿に、じんわりと汗が滲み始めた。そして操縦桿を通して、僕と機態がより一体になりA・ドライブ脈動する熱が伝わってくる。
僕の機態は、地上管制の誘導に従い、ゆっくりと滑走路へ移動を開始した。視界が一瞬白飛したが、全天球環境モニターには、地上クルーの持つ誘導灯の光が、昼間にもかかわらず、まるで蛍の群れのように点滅しているのがはっきり見え始める。機態各部のセンサーが周囲の環境を詳細にスキャンし、風の微かな流れ、地面から反射熱、そして大気の湿り気まで、あらゆる情報が処理され(あるいは最適化され)パイロットに伝えられる。滑走路手前の指定された出発ポイントに到着。機態の移動が止まり、静寂が訪れる。
離陸前チェックリストを脳内で最終確認。A・ドライブの出力をアイドリング状態に調整し。HUDに鮮やかな緑色の文字で『ホバリング準備完了』の表示が点灯した。地上管制に意識を集中し、離陸許可を要請する。
静寂を破るように、ステラリンクを通じて地上管制からの応答が脳内に直接響いてきた。『NX-01A、離陸を許可する。風向き北西、視界良好。健闘を祈る』その言葉と同時に、A・ドライブの出力が急激に増大する。同時に、重力制御フィールドが徐々に解除されていくのが肌で感じられる。鼓膜を震わすような甲高い駆動音と共に、A・ドライブが最大出力を発揮し始めた。機態は垂直に、そして力強く上昇を開始。重力から解放される、形容しがたい浮遊感を感じ。目線を上げると息を呑む間もなく、全天球環境モニターには、地上がエレベーターに乗る様に遠ざかっていく様子が映し出される。HUDには、ホバリング状態から急上昇へと移行する機態の詳細なステータスが、鮮明に、そして否応なく目に飛び込んでくる。
機態は加速に安全な高度、約六メートルに到達。上昇角を維持しながら、インタリンクレバーを引く。すると、瞬時に機態から生み出されるように六つの巨大なエネルギービットが出現。それぞれから伸びた青い幾何学的光芒が僕の機態に繋がれる。ビット群を慣性アンカーとし、引っ張られる。同時に、身体をインテグレーターに叩きつけられるような強烈な加速感が、一瞬にして僕の体を襲った。
——ッ!
しかしアーマーの能力、慣性制御システムが瞬時に作動し、体にかかるストレスが表皮で融解する雪の様に瞬時に低減される。ほどなく機態は完璧に安定し、快適な上昇と加速を実現。身体にかかっていた重力が軽減していくのを感じる。フラップが機態に吸い込まれる時の静かな音。姿勢制御スラスターが微調整を行い、機態はまるで意志を持っているかのように、指定された航路へ正確に移行していった。しばらくすると、知能機関『シオン』の涼やかな女性の音声が、ステラリンクを通じて脳内に響いてきた。
『指定航路への移行完了。巡航速度に到達しました。』
続いてステラリンクからアルフレッドさんの声が届く
「よし、それじゃあポイントに向うぞ!」
——いよいよ始まる!
心臓の鼓動が早鐘のように打ち始め、高揚感が全身を血の川が流れるように駆け巡る。僕はアルフレッドさんと共に、戦闘区域へと向かおうとしていた。
しばらく飛行を続けると、HUDに二機の敵影が強調表示された。僕は大きく息を吸い込み、覚悟を決める。すると直後、ステラリンクを通してアルフレッドから簡潔な戦術指示が送られてきた。僕は知能機関「シオン」のサポートもあり、その意図を一瞬で理解する。基本は数的有利の構築。二対二の状況では、いかにして一対二の状況を作り出すかが鍵となる。今回の敵はベテランと新人のペア。実力は未知数だが、必ず技術の練度に差はあるはずだ。僕たちの狙いはそこだった。まずは新人機を二対一で集中攻撃し、速やかに排除。その後、残ったベテラン機を仕留める。それが大まかな流れだ。
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