第27話 僕は何処から来て、何処に向かうのか③
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この場に静寂が訪れる。
しばらく僕は、なぜ彼女が今そのようなことを言ったのか、そしてこの状況がどうなっているのかすら呑み込めないまま、ただ心臓が早まるのを感じていた。
——!
すると突然、僕の視界の全てが揺らぎだし、眩しい光と闇の明滅に全身が包まれた。その刹那、全身を貫くような、猛烈な痛みとも形容しがたい感覚が襲い始めた。それはまるで、自身の細胞の一つ一つが引き裂かれるような、激しい痛みに言葉さえ奪われた。
——助けて‼
そんな悲痛な心の叫びは、虚しい沈黙の中に消え去り、ただひたすらに、押し寄せる黒い波のような負の感覚が体を苛む。今にも僕の躰は粉々に砕け散ってしまいそうだった。
——!
しかし、そんな極限状態の中で、まるで内側から湧き上がるように、何かが僕を力強く押し上げる。それは、優しくも決して揺るぎない手が引き上げるような感覚だった。現れては消え、消えては現れる、有と無の狭間で激しく揺らぐ僕の存在を、その温かい力は確かに捉え、有へと、光へと導いてくれている。その存在は、どこまでも暖かく、まるで母の胎内にいるかのように、僕を優しく包み込んでいた。僕はその時、微かに理解した。
——これが……その…… 。
その確信にも似た思いにしばし浸っていると、辺りを埋め尽くしていた眩しい光は、ゆっくりとその輝きを失い、暗い闇が視界の中央からゆっくりと、しかし確実に景色を一変させていった。僕は、本能的な恐怖に抗えず、ぎゅっと目を閉じ、現実から目を背けるように身を縮こませた。どれほど時間が経っただろうか。僕は意を決して目を開いた。
そこは漆黒の闇が広がっていた。その暗闇の中、まるで夜空に凍り付いた流れ星のように、青く幻想的な光の線が、静かに、しかし確かにそこにあった。
目を凝らしてよく見ると、そこは何かの研究室のような場所だと僕は確信した。頭上から降り注ぐ青い光は、まるで意思を持つエネルギーの奔流のように、下の円柱状の機械へと吸い込まれていく。見渡す限り同じような機械が並び、それぞれが微かな作動音を立てながら稼働しているようだった。周囲を見渡し、安全であることを確認すると、座っていた体勢からゆっくりと立ち上がり、その円柱状の機械が立ち並ぶ間を歩き始めようとした。
——!
その時、僕は気づいた。自分の足で地面を踏みしめている感覚がない。まるで重力から解放されたかのように、体がふわりと浮き上がり、上下左右を滑るように進んでいるのだと。そんな不思議な感覚に身を委ねながら進んでいると、突然、研究室の上階でドアが開いた。一瞬、灯りが漏れ、その光と共に、上から落ち着いた女性の声が聞こえた。急に体温が上昇する感覚を覚え、僕は咄嗟に近くの機械の陰に身を隠し、様子を窺った。
「エアリア、時間だからそろそろ戻って上で寝なさい。私はもう先にベットに行って寝ているから、さっさとその作業は終わらせてしまいなさい」
——どこかで……聞いたことのある名前だ。
あるのかないのかわからない心臓の鼓動を感じながら、僕は息を潜め、耳をそばだて、状況をはっきりと把握しようと試みた。すると、奥の方から若い女性の、どこか幼さを残す声が答えた。
「セリアさん、分かったわ。でも……もう少しだけ、なんだか今日はこうしていたい気分なの。少しの時間いい?セリアさん」
その声の質には、確かに聞き覚えがあった。
「うーん、いいわよ。でももう夜遅くだから、戻ってくるときは暗い足元に気を付けて来るんだよ」
「は~い!」
彼女は明るくそう言うと、セリアと呼ばれた女性は上階の電気を消し、静かに立ち去っていった。あたりは再び暗闇に包まれ、天から降り注ぐ青い光の線と、その光を内包する円柱の容器だけが、ぼんやりと浮かび上がっていた。僕は、内から湧き出てくる暖かさからこの状況を少しだけ理解できた気がした。どうやら、エアリアさんの何らかの記憶、つまり彼女の過去の『カタチ』が僕の中に流れ込み、その情報を見せているのだと。。
しばらくの間、僕は彼女の様子を見守っていた。すると、どうやらその部屋で容器を監視するのも辛くなったのか、エアリアさんは徐々に瞼を閉じ始め、ついには眠りに落ちてしまった。
——おいおい、何をやっているんだ……。
彼女はセリアさんの言いつけを守らず、疲れ果てたように、目の前の円柱の容器に凭れかかるように眠ってしまった。僕は、眠る彼女にそっと近づき、彼女が気にしていたらしいその容器を、興味本位で近づいてみる。覗き込んでみると、エアリアさんは幼い頃の姿のようで、小さな体は安らかに、すやすやと眠っていた。僕はその愛らしい寝顔を横目に、しばらく容器の周りを空中からゆっくりと見回した。容器の上部には何かの操作パネルがあり、その中の様子が刻々と数値やグラフで表示されていた。
——何かを……飼っているのか……?
少し不思議に思いながらも、ふと、容器の側面に金属製のカバーが取り付けられていることに気づいた。僕はふと興味が湧き衝動的に、そのパネルに触れた。すると、カバーは音もなく、“スッ”と下がり、まるで透明な幕が消えるように、その奥の光景を現した。
——!
そこにいたのは、小さく丸まる、優しそうな寝顔の赤ん坊だった。上から降り注ぐ青い光の粒子に影響されているのか、容器の中の液体は淡く青く光り、その中に浮かぶ赤ん坊の、ほんの少しだけ生えた髪の毛も、青に淡い緑を溶かしたような、神秘的な色をしていた。
その光景を見た瞬間吹くはずのない涼しい風が僕の体を包み込んだ。吸い込まれるようなその様相を恍惚とした気持ちで見ていたが、改めて心を落ち着かせ目の前の状況を整理する。どうやら赤ん坊は細い人工のへその緒のようなものに繋がれており、何らかの明確な目的を持って作られているようだった。僕はもう少し詳しい情報を得たいと思い、先ほど見たパネルに何か変化がないかと、再び容器の上部を覗き込んだ。そこには、先ほどと同じように、容器の中の状況がリアルタイムで表示されており。僕は無意識に画面をスクロールした。
——‼
GENETIC SYNTHESIS MODULE (遺伝子合成モジュール)
Primary Lineage: (主要系統)
Maternal DNA: MT-Alpha 3.1.7 (Emma Johann Steiner) (母系DNA:MT-Alpha 3.1.7 エマ)
Paternal DNA: PT-Beta 4.2.5 (Marcus Johann Steiner) (父系DNA:PT-Beta 4.2.5マーカス )
Supplemental Modules: (補助モジュール:)
Derived from Celia: EX-Celia 3.7.2 (セリア由来:EX-Celia 3.7.2)
そこに表示されていたのは、僕の母親と父親の名前、そしてそのすぐ横には、先ほど聞いた「セリア」という名前が並んでいた。この子が僕であると驚いたと同時に、僕は自分が彼らの遺伝子を受け継いでいる事実に胸を撫で下ろした。安心感が体中を包むと、他に何が書かれているのだろうかと興味に駆られ、僕は再び画面をスクロールした。
——‼‼
Derived from Aeria: EX-Aeria 4.0.5 ARC-GENOME S……
(エアリア由来:EX-Aeria 4.0.5)
その表記を見た瞬間、全身を熱い血潮が駆け巡った。エアリアさんが別れ際、最後にそう告げた理由が、ようやく、遅れてきた衝撃と共に、ゆっくりと意味を成していく。僕はしばらくその文字列を見つめ、それから視線を移した。保育器の中で眠る幼い頃の自分と、その隣に仲よさそうに寄りかかるエアリアさん。それら小さな姿は、言葉では言い表せないほど微笑ましく、限りなく温かい光に満たされていた。そして、僕は再びパネルに視線を戻し、思わず小さな声が漏れる。
「母さん……だったの……?」
それははっきりと僕の中でカタチとなって現れた。
「——僕の?」
やわらかなやさしさが一緒になる。
二つの愛のカタチを見つめているうちに、今までの自分の人生が、ずっと彼女のカタチによって、目には見えない糸で優しく支えられてきたのだと、改めて強く感じた。確かに、彼女と直接過ごした時間は短かった。けれど、僕はそれ以上の、もっと深く根源的な何かによって、ずっと守られていたのだ。そう理解した瞬間、体の奥底から温かい何かが湧き上がり、全身の細胞一つ一つが満たされていくような感覚に包まれ、視界がじんわりと滲んだ。まるで全てが許されたような、そんな安堵と幸福感がしばらくの間、僕を優しく包み込んだ。
しばらくの間、その温和な余韻に浸っていると、まるで劇場の幕がゆっくりと閉じるように、僕の視界が外縁から白い光に浸食されていくのを感じた。もう少しだけ、この温かい光景を見ていたいと心の中で抵抗してみたものの、僕を強く突き動かす確かな力が、優しい暖かさと共に、僕を元の白い世界へと静かに引き戻していった。
「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。
日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。
また
https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。
@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。




