第26話 あなたへ②
二四期 九日 降恒十八時二二分
恒星光は山脈の稜線に柔和に赤く滲み、鋭利に消えた。
それでもなお、夏の蒸せる様な残暑が世界を揺らぎ、その間を愛を運んだ大鳥の群れが、硬質な山脈の稜線を越えていく。
「は~~~」
私は大きく息を吐いていつもの日常を過ごす。
日が沈んでからも特に変わってやることは無い。
成果を出すには常に日々の積み重ねだ。
朝、同じ時間に起きて朝食の用意をすると、ロミとクレアの二人を起こして、もうすでに起きているスレイと一緒に食事をとる。その後は一緒に学校に行って私は理科の授業を子供達の前で行う。昼食はたまに二人で一緒に食べる。 学校が終わると、後は今日の為に準備をするだけ、地下室に籠って研究を続ける。そしてまた朝が来ていつもの日常がはじまる。そんな毎日の繰り返し。
その行動は小さい時から変わらなかった。
朝早く起きると、セリアさんと一緒にご飯を食べて、学校に向かう。友達と一緒に授業を受け、放課後遊び、帰宅後は宿題をこなし、夕食をセリアさんと食べて、風呂に入って寝る。一日が始まる。
あの子と一緒にいた時も変わらなかった。
朝、早く起きると、子供のおしめを取り換え、ミルクや離乳食で世話をする。自分の食事は軽食で済ませた。空いた時間で進学のため、中学の勉強をした。あの子の昼寝時間には、レーアに教わった育児や心理学の知識を学習し、夕食は自分で料理して上達させた。夜間は授乳やおむつ替えで度々起こされた。それでもまた一日が始まった。
高校も大学もそうだった。常に学校で成績を残すため、目の前の成果を残すためにやって来た。
私は、ずっとすべてを隠して生きてきた。
本能を隠して。
愛を隠して。
情熱を隠して。
やりたいことを隠して将来のために真面目に生きてきた。
すべて、私は今まであの時のセリアさんとの約束を胸に。
胸にやって来た。
やって来たの……。
——嘘。
いよいよこの時が来た。 覚悟も準備も、全て整えてきた。
——いや、嘘だ。
レーアやエヴァン君には忠告し、この日のために必要な装置も完成させてきた。
——全部、嘘だよ!
私はここまで何となく惰性で来たのだ。生きてきたのだ。いつか来る。“決まった未来”に対して。
足掻いて、逃げて、足掻いて逃げての繰り返し。
足掻くために言い訳付けてきた。
あれはいつだったか……。
それは小さい頃、物心つく頃からだった。私は周りと違うことに気づいてしまった。
何かを決断する時、意識する時。
私の全てが“揺らぐ”。
いや……。
“もつれている‼”
何かをしようとすると、世界が揺れて何かに引き寄せられるように私は“そこにいる”
私は怖かった。だって自分で意識したわけじゃないし、私が望んでいたわけでもない。
それなのに私を襲ってくるの!。蝕んでくるの!。
だから、私はいろいろ工夫した。頭を使った。
学術書を読んだり、ネットや全智典で調べたり、精神科の人やいろいろな人に相談した。
でもわからなかった。
悔しかった。
誰にも理解されないから。みんな緊張しているだけだっていうから。
悔しくて悔しくて仕方がなかった。どうしようもなかった。
だからあの日、若いセリアさんに出会った時、私、少しは理解したつもりだった。
“世界の見え方が変わって”、何かが変わると信じていた。
でも、はっきり言ってそれは違った。
ただ少し“収束”しただけだった。
ただ“決まった”だけだった。
だからあの時、あの子と別れてからの士官学校時代、私は溺れた。
苦しい時は全ての社会的悪。
『エアリアさん、こんなところで大の字になって、吐いてどうするんですか、服も汚れてますし……スタッフの人たち迷惑してますよ』
『もう、わだしは~~~誰にもどうなっってもいいの!死にたわぁいの‼』
酒に、
『アリスト先生、お願いします……どうか、もう少しだけお薬をください……もう、どうしようもないんです……死にたくて……』
『エアリアさん、苦しいのは分かりますが、あなたには三人の大事なお子さんがいるんですよ。もう、この辺で止めておかないと』
『お願いします……お願いします……! 死にたくないのに……生きていたくないんです……』
『——分かりました。今回だけですよ』
薬に、
『おい、おいッ、お前ッ、子供がいるんだろッ? こんなことしてていいのかよッ!』
『ワタシはッ、私を見てよッ! 誰でもいいからッ、私を愛してよオオッ! 認めてよ!……殺して! 殺してよおッ‼』
セックスに、
『お客様、申し訳ありません。もう閉店のお時間です。そろそろおやめになった方が……』
『……』
ギャンブルに溺れた。
大学時代も、今までも同様。
逃げるために言い訳付けてきた。
他にも宗教に溺れた。
全智典教。宇宙教。タリアス教。ラマナス教。虚無主義……
過去の宗教に溺れた。
キリスト教 。イスラム教 。ユダヤ教 。ナマリス教。仏教 。チベット仏教。ヒンドゥー教 。……
哲学に溺れた。
合理と経験、観念と唯物。 実存を叫び、虚無に沈み、構造を解体した。……
全部嘘。
——全部、嘘だよ!
死を前にすれば全て無意味。
何故って、誰もそれを実証できないから。
何故って、誰も思考し続けられないから。
何故って、誰もそれを記録できないから。
何故って、誰も発表できないから。
何故って、私だけが知っているから。
“自由否定がない事”
けれど……それは私だけかもしれない……。
でも……私だけじゃなかったら……。
——嘘。
学校の先生。政治家。司法関係者。医師。学者。アナリスト。社長。会長。上司。街中にいるセールスマン。コンサルタント。インフルエンサ―。アーティスト。作家。有名人。友人。家族。SNSから流れるリール。ネット情報。新聞。動画。広告。
全ての既得権威者、権威物。
言葉。仕草。行動。活動。容姿。
——嘘。
皆、落ちているだけ。
落ちた先にシステムがあっただけ。
会話すれば分かり合える。
——嘘。
ただそのプラットフォームの人達が満足するだけ。
只のシステムの産出物。
“努力すれば幸せになる” “我慢すれば報われる” “善意は世界を救う”
──嘘!
“努力しなければ不幸せになる” “我慢しなければ弾かれる” “善意がなければ人じゃない”
──嘘‼ 嘘‼
全てのトランスミュート。全てのアンチトランスミュート。 どっちも同じ、ただの呪い。
——嘘‼嘘‼嘘‼
──嘘‼嘘‼
──嘘!
──嘘……。
本当は色々やりたかった。
セリアさんと一緒にもっと過ごしたかった。
友達と一緒に何かを作り上げたかった。
友達と一緒に温かい部屋でカラオケしたかった。
好きな人がいれば、ずっと一緒にいたかった。
本当の愛を育みたかった。
三人と一緒にもっと過ごしたかった。
くやしい。
くやしいよ……。
だから、皆、安心してほしいな……。
いじめられるのも。
皆、誰かのせいだから。
貧困なのも。
皆、誰かのせい。
病気になって早死にするのも。
皆、誰かのせい。
苦しくなって自殺するのも。
皆、誰かのせい。
誰かに殺されるのも。
皆、誰かのせい。
死刑になるのも。
皆、誰かのせい。
いや、違う。
自分のせいでもある。
いじめられるのも。
皆、自分のせい。
貧困なのも。
皆、自分のせい。
病気になって早死にするのも。
皆、自分のせい。
苦しくなって自殺するのも。
皆、自分のせい。
誰かに殺されるのも。
皆、自分のせい。
死刑になるのも。
皆、自分のせい。
じゃあ誰のせい?
学校の先生、政治家、司法関係者、医師、学者、アナリスト、社長、会長、上司…… 街中のセールスマン、インフルエンサー、アーティスト、有名人、友人、家族…… SNSのリール、ネット情報、新聞、動画、広告、広告、広告……!
全ての既得権威者、権威物。 言葉、仕草、行動、活動、容姿、遺伝子。 細胞、分子、粒子、素粒子。 この世界?
自分のせい?
アンチノミー(二律背反)。
全ては“現象”だから。
仕方がない。全ては“現象”
今、こう考えるのも。
全ては“現象”
今、こう行動するのも。
全ては“現象”
今、呼吸をするのも。
全ては“現象”
今、息を止めるのも。
全ては“現象”
今、エポケーするのも。
これから死ぬのも。
全ては“現象” 全ては“現象” 全ては“現象” 全ては“現象” 全ては“現象” 全ては“現象” 全ては“現象”……
トートロジー(同義反復)。
死にたくないのに……。
もっと生きていたかったのに。
──もう、消えてしまいたいよ……。
二四期 一〇日 昇恒三時一五分
だが、来てしまった。
いざその現実を目前にすると、私の心臓は氷のように冷たく、同時に激しく脈打っていた。体は意志とは裏腹に震えが止まらない。それは、奥底に眠る生物学的な本能が、抗い難い力で私の意志をねじ伏せようとしているかのようだった。
しかし、時間は無情にも一刻一刻と迫ってくる。今日、私は落ち着かない足取りで、来るべき運命に立ち向かうように、部屋中を無意識にさまよっていた。些細な乱れを見つける度に、何度も何度もそれを整えていた。そんな私の異様な様子に、ロミ、クレア、スレイは気づいたのだろう。時折、心配そうな眼差しで声をかけてきた。しかし、その度に私は精一杯の平静を装い、曖昧な言葉で彼らの問いをかわし続けた。
そして、ついに私は地下室へと向かう。人生最後の作業に移った。
——私は一体、今まで何をしているのだろうか?
“ポロポロ”と乾いた打鍵音が無の空間に木霊する。
私の研究室での最後の作業は、今までの積み重ねてきた私の活動の記録だった。フレモを二画面に展開し、画面に向って打ち込んでいた。もちろんここに私が知った全てを記録することは出来ない。
しないのではない。 “できないのだ。”
全てはあの時からだった。三人でオムニスフィアに触れた時だった。
あの時から全てが変わった。
私はこの世界でこれから起こる事を知った。
それと同時にこれから自分が世界を変えることができないと知った。
自由意志がないことを知った。
自由否定がないことを知った。
自分がどれほど無力であるかを知った。
まるで意識だけがこの世界に浮遊しているような、体の熱が世界と繋がる様な感覚があの時から……。否、いつからかは分からない。
掴めない。満たされない。認められない。
結局、あの構造物は何だったのか?
この世界の理は不確定性原理に基づいている。それは最も深淵かつ神秘な原理だ。この世界はカオスだ。人がいくらシステムを構築しても……。
それなのになぜ?私は未来を知ることができたのだろうか?
——まさか、この宇宙よりも……?
大きな不思議と混乱が頭の中で混濁する。だが考えても思考の揺らぎはおさまりそうになかった。何とか他の思考に遷移する。それはリアンのことについて。
彼は私の仮想多層人生のスナップショットに突然入り込んできた。まるで風の様に現れて、雪の様に溶けて逝った。だが、その僅かな刹那は私に生きる希望をくれた。
——彼は誰だったのか?
——もしや……神だったのか?
私を後押してくれたのか?それとも支えてくれたのか?
“何に対して?“
考えても考えても分からない。ふとリアンの言った言葉を思い出す。
“もっと大きな『何か』によって、このエミュエールハウスに導かれた。そのことを、僕たちは知っている。”
ふと、全てのあたたかみが全身を駆け巡った。私は再びフレモと向き合う勇気が溢れてくる。書く内容はもう決まっている。しかし、ふと再び考える。
私のこれからの行動はどうなるのだろうか?何かして変わるのだろうか?シンにしてあげることはもうないのに……?これから書いて何がこの世界に残るのだろうか?
”分からない。”
全てが揺らいでいた。
カオスだ。
でも”在った”。
いままで私はたくさんの文章を記録を毎日の様に残してきた。
嬉しかったこと。
悲しかったこと。
怒れたこと。
苦しかったこと。
むせび泣いたこと。
吐いたこと。
爪を切ったなど些細な事でも。
0と1の情報。数十種類の記号操作。何文字?数億字?何バイト?何ペタバイト?
誰に贈ることができる?届くことができる?
——意味あるの?
誰にも見られない……⁉
怖い……怖い……怖いよ……。
——皆、死んじゃう! 嫌だよ!
——誰か見て!誰か私を認めて!信じてよ……。助けてよ‼
——私を愛して‼
でも……もうどうしようもない。
叫んでも、逃げても、殴っても、人を殺しても、足掻いても、自死しても、泣いても……。
何かに誘われる様に、導かれる様に。
——じゃあ何で私はここにいるの?
——本当は私は……私はあの時の鳥になりたかったの?
——ねぇ?私は必要あったの?
——愛を求めていたの?
——セックスをして次に繋ぎたかったの?
それは諦めたじゃない。
それじゃあ、何故やるのか? 分からない。
もうやっている。
因果律は破れない。でも……
可能性へ。
未來へ。
あなたへ。
自由意志のできるかぎり、私の全てを世界に記録する。
そして、私は総てを賭して作り上げた装置。それをコンシュルジュドローンの中に入れた。
装置を私のステラリンクを通じて起動すると、無機質な電子音が響き渡った。同時に、
『情報エントロピー増大、次元隔離フィールド展開(Increasing information entropy, Activate the Dimensional Isolation Field)』
というアナウンスが流れ、まるで濃い霧が晴れるように、ドローンが音もなくデジタルからアナログへと溶け込み、跡形もなく消え去る。
もう理性は捨て去った。
役目を終えた安堵感と、これから起こることへの恐怖が入り混じる中、私は研究室からリビングへと重い足を引きずりながら向かう。冷たい床に抱え込むように体育座りをして、その時を待っていた。
——……。
心臓は今にも張り裂けそうで、口の中は渇き、潤そうにも唾液さえ喉を通らない。押し寄せるめまいと吐き気に、胃の奥が締め付けられるようだ。それでも、彼らの前では気丈に振る舞ってきた。
——ついに、この時が来る。
ロミ、クレア、スレイは、今頃二階の寝室で、何も知らずに安らかに眠っているだろう。 彼らの天使の寝顔をふと思い浮かべる。
ふと、暖かさが包む。
——いいの、これで私だけが……この重荷を背負えば……。
彼らは、何も知らないままの方がきっと幸せに違いない。けれど、なぜ彼らまでこんな目に遭わなければならないのか。私よりも、これから社会のため、人々のために生きていくべき、この無垢な子供たちを犠牲にすることだけは、どうしても私には理解できなかった。
私の人生を。
この世界を。
憎んだ。
しばらく胸を締め付けられるような痛みに耐えていると、過去への思慕と共に、ふと、懐かしの顔が心の奥底から鮮やかに湧き上がって来た。
——どうして……どうして、こんなに運命は残酷なの……。ねえ、セリアさん本当に私……これでよかったのかな……?
溢れ出す悔しさと、懐かしさ。そして押し寄せる悲しみの荒波に、漂う心が今にも泥濘に引き裂かれそうだった。こんな時、もし誰か——温かい手が傍にあってくれたなら……そう願いながら、しばらく震える体を両腕で強く抱きしめていた。
“無。無。無。無。無。無。無。無。無。……。”
けれど何も感じない、押しても押し返せない壁があるのか、宇宙空間に生身で放りだされたのか分からない。「無」の中から揺らぎながらも何かが凝縮し始める。そしてふと、記憶の奥底から温かい何かがゆっくりと浮かび上がった。
それは、幼い頃に一緒に過ごした——青竹髪の幼子のことだった。
——今頃、あの子は何をしているのだろうか、ちゃんとした大人になっているだろうか……いじめられたり、辛いことや悲しい思いをしていないだろうか……、ちゃんと仲間に囲まれて楽しく過ごしているだろうか……?
「ふふっ」
ふと笑みがこぼれ、その刹那、柔らかな温もりに包まれる。だが、そんな感情も徐々に冷えるように消え去り、結局は私の感情に応えてくれるのは、震える体の感覚と、膝を抱えて座るリビングの冷たい床だけになった。
“無。死。無。死。無。死。無。死。死。……。”
まるで体が内側から消え去るように、だんだんと「無」になっていく。
それでも……。
“。無。無。無。有。無。有。無。有。有。……。”
その「無」の中から、創発するように愛おしい記憶の断片が揺らぎながら現れたり消える。それは、過ぎ去った日々の温もり、聞こえた声、見た景色……五感で捉えた『カタチ』そのものだった。
ロミのやんちゃにやらかしながらもするニタリ顏、クレアが長い髪を流しながら向ける天真爛漫な笑顔、スレイが真剣な表情ながらも髪を耳に掛け、時折私に向ける些細な微笑み。そして、シンが真剣に絵を描きながらふいに横を向き微笑む姿。
そんな大きなあたたかみを抱えていると、静寂を破るように階段から小さな足音が聞こえ、私はハッと息を呑み、思わず振り返った。
——……‼
そこに立っていたのは、この時間。いつもなら寝ているはずのロミ、クレア、スレイの三人だった。三人は不安げな表情を浮かべ、私の只ならぬ気配を察したように、ゆっくりと、おずおずと近づいてくる。私はその信じがたい光景に、驚きで声が出た。
「何で……何で、あなた達、起きているの⁉」
クレアが、長い髪を不安そうに指で梳きながら、ゆっくりと私のそばに近づいてきて、小さな声で言った。
「なんだか、ね……すごく、すごく嫌な夢を見たの……。空に、大きな丸いものがあって、それが最後、みんな集まって、光の柱になる夢。すごく怖くて、私、目が覚めちゃった」
「僕も、クレアやスレイと同じ夢を見たんだ。心臓がドキドキして、怖くて……慌ててここに来たんだよ」
「私も……すごく怖かった……体が震えて……」
三人は、小さな体をブルブルと震わせながら、今にも泣き出しそうな顔で訴えかけてきた。その話を聞いた瞬間、私はリアンの言葉が再び蘇った。
『僕らは何かのために動かされている』
——これは、その何かによって、私たち全員が同じイメージを共有させられているのかもしれない。
“有。無。有。無。有。無。有。温。暖……。”
そう思うと、底知れない恐怖と不思議が雑多となって全身を駆け巡った。
——どうしよう……どうしたらいいんだろう……?
そんな私の様子を敏感に察したのだろう、クレアとロミが、座り込んでいる私のすぐそばにそっと寄り添ってきた。少し様子を見ていたスレイも、意を決したように近づいてくる。
ふと私の体温が、包まれるように上昇する。
私は三人の小さな体をまとめて抱きしめるように、深く身を縮こませた。
「エアリアさん、大丈夫? 私も、なんだかすごく怖いよ!」
「僕も、どうしたらいいの……エアリア?」
「私も、この震え、どうにもならないの……?」
震える小さな体たちを、私も震える腕で抱きしめながら、精一杯の声で彼らを安心させようとした。
「何も、怖くないわ。皆で、皆で一緒にいれば……きっと……きっと、大丈夫だから……」
それが、私の乾ききった喉から絞り出せる、最大限の言葉だった。さっきまでの激しい震えは、子供たちの温もりに触れたことで、幾分か和らいだ気がした。私が持つ全ての負も、ゆっくりと中和されていく。
——ああ、もう、私は一人じゃない。私にはこの子たちがいる。やっぱり私は一人じゃないのよ、セリアさん! 私この子たちを……絶対に離したくない!
“あたたかい。やわらかい。あたたかい。やわらかい。あったかい……”
その強い、決意と願いが、心の奥底から湧き上がると同時に、体の奥底からじんわりとした温かいものが湧き上がってくる。
『僕らは何かのために動かされている』
三度リアンのカタチが包み込む。
やはり、私たちは何か大きな力に、否応なく引き寄せられているのかもしれない。そう思うことで、恐怖に凍りついていた心に、微かな温かい光が灯っていくようだった。
ただ、心の片隅には、ほんの、ほんの少しだけ、最後の本能が疼いていた。それは時が迫ると共に大きく、強くなっていく。柔らかさが鈍器となり、痛みに変化する。
「ごめん」
遂に私は相転移した。
そして、心に残っていた一抹の本音がついに口から漏れる。
「ごめん……ごめんなさい、皆……!こんな辛い思いをさせて、本当にごめん……!私、本当は……生きたい!生きていたい!死にたくない……!セリアさん、助けて……!まだ、まだやりたいことが、たくさんあるのに……!なぜ……!どうして、こんな運命なの……⁉」
——まだやるべきことが山ほどあるのに……!どうして!どうしてなの⁉ なぜ、こんな理不尽な終わりなの⁉
「誰か……誰か!……いるのなら助けて……‼死にたくない……‼助けてーーーーーーッ‼‼‼」
もう、私は抑えきれない涙が溢れに溢れ、すべてが溶けるように張り裂けていた。
すると、これから起きることを察したのか、私の声に呼応するように子供たちも各々本心を解き放つ。
「エアリアさん……!怖い、怖いよ……!私、まだ、パパとママに会ってないのに……!死にたくない……!嫌だ……嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だよ……!イヤだあぁぁぁぁぁ‼‼‼」
クレアは体の全ての孔を絞り上げ、私の体に跡が付くように抱き絞る。
「キィッ…………!」
ロミは、声にならない悲鳴を上げるように、ただ私の服を掴んで震え続けた。その幼い目は、恐怖に大きく見開かれ、涙がとめどなく溢れていた。
「エアリアさん……お母さん……!お母さん……、死にたくない……!まだ、お母さんと一緒にいたいよ…!お母さん……!お母さぁぁぁぁぁぁん‼」
スレイは体の全ての孔を押し広げ、その全てがゆらめいていた。
——あ、あぁ……ああぁ……。
思考だけが焼き切れ。言葉にならない法悦だけが残る。
“悦。悦。悦。悦。悦。悦。悦。悦。悦……。
全てが壊れ、疲れ果て、意識も朦朧としながらそれでもなお私たちは叫び続ける。すると命の灯のゆらめく中から何かがふわりと浮かんできた。それは研究者にあるまじき、非論理的な考えだろうか。それでも私は、抑えきれない感情のままに、震える心の声で藁をもつかむように祈る。
——神様……どうか、いるのなら教えてください……。どうか……どうか……私たちを……救ってください……!
そんな悲痛な願いは、沈黙の中に吸い込まれていく。そして、私の一途な願いを嘲笑うかのように、窓の外が一瞬、目を潰すような強烈な光に包まれた。世界が一瞬にして色を失い、まるで全ての色が白に塗り替えられたかのように、あたり一面が、消し飛ぶような光に満ち溢れていった。
「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。
日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。
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