第3話 新陳代謝①
~8期中旬~ 昇恒11時00分
天気:晴れ
場所:アメリア連邦国ファラート州 東海岸
今日から、いよいよ本格的なドッグファイトの訓練が始まる。先週までは、士官学校時代から続けてきたシミュレーション訓練から脱し、実機を用いた飛行訓練が行われた。シミュレーション通りに操作すればよかったため、まだ比較的容易だったが、今日からはそうはいかない。
今回のドッグファイトは、先々週の説明会で決定した新人隊員と先輩隊員のペアで構成された二チームによる、二対二の対戦形式で行われる。各機態には非殺傷レーザー砲と疑似爆破搭載非殺傷自立型極超音速ミサイル(各機十発まで)が搭載されており、これらの装備を用いて相手機態の重要部位への命中を目指し二機とも撃墜判定を与えた方が勝ちというものだ。
戦闘機動態の操作方法は昔に比べ格段に容易になり、以前は何年もかけてパイロットの訓練を行う必要があったが、現在では一、二年の短期間で操作を習得できるよう簡易化されている。この簡易化を実現できた理由は二つある。
一つは、知能機関「Sion」の搭載によるヒューマンエラーの解消と、パイロットの大脳や小脳の機能の補填と拡張だ。シオンはパイロットの思考や判断を補助し、機態の制御を最適化することで、人的ミスを大幅に削減する。また、パイロットの脳波や生理データを解析し、疲労やストレスを検知することで、安全な飛行を支援することができる。
そして二つ目は、ステラリンクとコックピット(インテグレーター)の情報統合によって、通常の運動神経を用いた操作方法に加え、視覚から得た情報を直接機態と同期させ、まるで自身の手足のように機態を操作できる機能だ。ステラリンクを通して、パイロットはまるで機態を通して自分が鳥になったかのような感覚で、自由に空を飛び、推進系(慣性アンカー)の慣性調整により、急停止やホバリングといった高度な機動も容易に行えるようになった。そして、これらの技術に加えて、さらに新たな技術が加えられている。その最大の特徴は、僕たちの所属する機関の名前にも由来しているものだ。
澄み切った春の暖かさが感じられる大空、そのあたたかさは戦いの熱気でむんわりと、まるで灼熱の砂漠の様に熱くなっていた。
海上では、先程から僕とアルフレッドさんの前の組が二対二のドッグファイトをしていた。近くで見るのは危険なので、僕らは無数の撮影用無人空中機から届く立体映像、そして機内から送られてくる機態のデータを見つつ、目視でも戦況を確認していた。
現在、戦闘は激しさを増し、先程、一機が撃墜され、二機が一機の背中を巧みな連携で捉えようとしていた。
「あの一人で戦っているパイロットは誰なんですか?」
ふと僕は気になって、アルフレッドさんに訊ねてみる。
「ああ、あれはデニーだよ、まあ、あいつなら何かやってくれるはずだ」
——ああ、会議室に入って最初に声をかけてくれたあの人か……確かにあの気立ての良い人なら何かやってくれるかもしれない。
そう軽薄な推測を抱きつつ映像を確認すると、今まさに海面すれすれに飛ぶデニーさんの機態を追いかけ、二機の機態も海面すれすれに飛行している。二機の機態が連携をとって倒そうとするのか、それぞれ機態が六基の推進ビットを創出。急旋回し、回り込もうとする。
このドッグファイトのルールには三次元の範囲設定もされている。そのため少しでも規定された範囲外に出ると機態には撃墜判定が出る、なので二機のうち一機の機態はそのルールにのっとり鳥かごに生きる小鳥を狙う猛禽類のように前から回り込もうとしていた。
——しかし、もう少しで正面衝突してしまう……。
そんな悪い予感が僕に襲おうとしたその時だった。デニーさんの乗る機態の主翼が両手を広げるように変形し、そして再度折り畳み急上昇した。機躰はまるでカワセミのよういや、針の様に空の川にベイパーコーンを作り、一気に目視不可能になった。
「ズームクライムだ!」
“おー”と観戦していた隊員から感嘆の歓声が沸き上がる。
デニーさんが行ったのは機態のスピードを活用して短時間で大きな高度を獲得するための操縦技術の事である。急激なG(重力)が体にのしかかる高度で危険なテクニックだが難なくデニーさんはやってのけ、彼の乗った機態は一気に上昇し、衝突を回避する。しかし、相手もさすがの操縦技術。二体の機態のうち先輩機態はすぐに翼を可変し、同じようにベイパーコーンを作り急上昇する。
「すごい!」
僕もシミュレーションでは何度もやったことはあるが、あれは体に負担がかからない状況なら練習を積めば誰でもできるようになる。だが、実際にやるのは全くの別物。僕は彼の高度なテクニックに対して思わず声を上げる。
——さあここからどうするのか。
もう一機も遅れて、後続の先輩パイロットはデニーさんの乗る機態を追跡した。すると今度は、まるで気をつけの姿勢を取る人のように翼を完全に折り畳み、真下へ、海面目指して一直線に急降下を始めた。機態の機首にはベイパーコーンが形成され、凄まじい勢いで加速していく。だが、その勢いは止まらない。
「さすがに、これヤバくないか……」「そろそろ減速しないと……」
皆が驚怖の声を上げる。
——確かにヤバい……。
速度計も規定速度を超え、そろそろ急ブレーキをかけないと海に激突する。水面に衝突する行為は金属の壁に衝突する行為と同等、つまり死を意味する。皆が目をつぶり事態の覚悟を決めていると、ふいに、僕の目の前にある機態の機内の状況を把握する機器が、『3%』と一瞬だが反応を示した。
——ん?
僕は知らない%表示に疑問符が浮かび、目の前の光景に目を移す。しかし、デニーさんの機態は見当たらない。その代わり、二機の機態がデニーさんを見失い、獲物を失った猛禽類のように澄むような青空の中、ただひたすら僕らの視線と共にくるくるとさまよっていた。
するとそれは突然起きた。“ピーーー!”と一機の機態の撃墜表示が目の前の機器に表示され、続いてもう一機の機態も表示されたのだ。
——何が起きたんだ?
「あいつ、やりやがったぞ!」
近くの先輩たちは興奮気味に語り合っているが、その後ろで年輩の教官たちは少し固まり、困惑の表情を浮かべていた。
「デニーさんは何をやったんですか?」
僕は気になってアルフレッドさんの方を向き、質問する。その質問にアルフレッドさんは口を横に広げ、歯をカチカチ鳴らしながら答えた。
「海にダイブして数秒間、海中を高速移動し、彼らの背後に回ったんだ。しかし、その前にもうやってみたのか……あれを! しかし、あいつ大丈夫か……」
僕は計測器に夢中になっていて気づかなかったが、どうやらデニーさんの機態は海に潜っていたらしい。
僕たちの組織、アメリア連邦総合領域防衛機関(IDDA)はその名が示す通り、あらゆる領域の防衛を担うために設立された。アメリア連邦地上防衛機関(GDA)が地上の防衛を専門とするのに対し、僕たちは宇宙、空と海、すなわち多くの領域を同時に管轄する特殊機動兵器を運用しているのだ。
——しかし、あの速度で水面に垂直に突入し、生きて帰還することが果たして可能なのだろうか……?
理論上、あの場面で生存の可能性を高める方法は二つ考えられる。一つは、水面突入直前に急激に減速すること。だが、あの速度域で空中制動を行うのは、現在の技術では不可能に近い。もう一つは、水面との摩擦抵抗を極限まで抑えること。まるで針を水面に落とすように、波紋すら立てずに入水する。そんな芸当が、本当に可能なのか? 機態が針のように変形する、などということが……? 僕の頭の中に?マークが浮かび上がり、皆がデニーさんたちを迎えるために移動する中、しばらく僕は歩きながら考えていた。
やがて訓練を終え、片足を引きずるデニーさんを支えながら、新人隊員が、僕たちのいる方向へ歩いてきた。
——!
僕は彼らを見た瞬間、全身の血潮が頭部に向って駆け上がった。
デニーさんのアーマーは、表面の一部が熱で溶けたように変質しており、その危険性は誰の目にも明らかだった。しかし、そんな様子を顧みず他の隊員たちはすぐに彼を取り囲み、祝福の言葉をかけている。彼らの対応にデニーさんはどこか緊張したような、ひきつった笑顔を浮かべていた。そして彼の隣では、最初に撃墜された新人が、まるで「デニーさんのおかげです」と言わんばかりに、両手を小さく体の前で控えめに振っていた。一方その後ろには、撃墜されたもう一組のペアが、肩を落として所在なさげに立っている。その場には、仲間を称え合う温かく青い空気が満ちていた。
だが、しばらくして、その和やかな雰囲気を切り裂くように、ジェイコブさんが現れた。彼はデニーさんに向かって、厳しい口調で言い放った。
「確かにお前たちは二機の撃墜を成功させた。だがデニー、今回のドッグファイト、お前は減点だ! まだ実用段階ではない技術を勝手に試すなど言語道断! 生身の人間に対して使うのは今は危険すぎる! 今後このようなことがないよう、肝に銘じておけ! いいな!」
そう言い捨てると、ジェイコブさんは踵を返して歩き去った。彼の背中を見送りながら、隊員たちからは一斉にブーイングが沸き起こった。親指を下に向ける者、中指を立てる者もいる。
するとデニーさんハッと視線を僕らに向け、後輩に支えられながらも喧噪の輪をそっと押し退け、アルフレッドさんと僕の方へ近づいてきた。
「どうだった、デニー、試してみたのか?」アルフレッドは心配そうな表情を浮かべながらも、その奥には抑えきれない好奇心がちらついていた。
「——いや、やはり——一歩間違えば、……形を保てなくなる可能性もあるっす……。このアーマーもまだプロトタイプなんで、現時点で試すのはあまりにも危険すぎる……! アルフレッドさんは絶対に真似をしないでください……」
デニーは低い声で、しかし強い口調で言った。
そう言うと彼は片足を少し引きずりながら、同じバディを組む後輩に肩を借りて更衣室へと戻って行った。
僕らはデニーの背中が格納庫の奥に消えていくのを少し見送ってから、アルフレッドは僕に向き直った。その表情は先ほどの緊張感から一転、任務への高揚感を帯び始めていた様だった。
「さて、今度は俺たちの番だ。シン、準備に取り掛かろう!」
アルフレッドの言葉に頷き、僕は急いで近くの滑走路へと走り出した。機態の待つ場所へ、高鳴る気持ちを抑えながら。
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