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第24話 託されたもの⑥

  ~約3年後~


 そんな日々が過ぎ、三年近くが経った。大変なこともたくさんあった。けれど、この子の成長は私にとって何物にも代えがたい喜びだった。

 最初は作り方も知らなかった料理も作れるようになった。それに、進学するための学習も進んだ。だが、順調に思えたこの三年間で、一つだけ大きな問題が解決していなかった。この子の代わりに親になってくれる人が見つからないことだ。レーアは必死になって様々な施設に連絡してくれた。けれど、こんなご時世だ、子供を持つことは色々な面でコストとリスクがかかる。案の定、全くと言っていいほど良い知らせはなかった。そのため、私たちは連日この子のことをどうするべきか、リビングの机に座りながら、レーアとの相談を繰り返していた。


「エアリアちゃん、そろそろ見つけないと、今度はあなたの進退の方が私は心配だよ」


「でも、レーア、私、以前見たの……はっきりとは覚えていないけれど……、この時期に……私が眩しい陽光を浴びながら微笑んで、この子を誰かに渡している様子を……」


「また、それだよ……ほんと君は超能力者か何かなのかい? でもエアリアは、ほとんどそういう不思議な事を予言するときは当たるよね……。この予言については未だに当たっていないけれどね……うーん、でもね……あたしには理解できない、そんな確実性のないことを言われても困るんだよね……」


 私に向けるレーアの渋い顔は私の返答に少し困惑しているようだった。私の記憶では、確かに誰かにこの子を渡したはずなのに、それが誰だったのか、いつだったのか、はっきりとは思い出せない。それでも、きっと渡すときは来るはずだと、私はそう信じているのだが、その考えはレーアとはいつもかみ合わず、結局平行線をたどっていた。

 今回も話し合いは終わり、引き続きレーアが善処してくれることになった。私はひと段落して壁仕掛けの時計を見ると、針は丁度頂点を指しており、お腹からの警告と相まってちょうど昼頃でお昼にしなければと思っていた。ふと私の子供を見ると、リビングの一角に置かれたおもちゃ箱から、カラフルな積み木が飛び出している。小さな手が一生懸命に積み木を重ねようと、真剣な表情で集中している。時折、積み木が崩れてしまうと、この子は悔しそうな顔をする。けれど、すぐにまた挑戦する。その姿が愛おしくて、思わず微笑んでしまう。


 ——今日のお昼は何にしようかしら。


 体が温まるのを感じて、誘われるようにキッチンに立つ。窓から差し込む光が、私の横顔を優しく照らしている。あの子のために、栄養たっぷりのランチを作ってあげたい。そう思い私は花柄のエプロンを羽織ると、キッチンに立ち料理をし始めた。

 しばらく料理を続けふと、視線を感じて振り返ると、積み木遊びをしていたあの子がこちらを見つめていた。キラキラとした瞳が、私をまっすぐに見つめている。思わず何をしているか話しかけた。すると彼は私を誘う。


「ハハ、見て!」


 彼は陽光のように破顔し、積み上げられた、少し歪な積み木を指差した。その指先には、三年間で培われた確かな成長の跡があった。


「まぁ、すごい!高く積めたね!」


 私は、嬉しくてたまらず、駆け寄り、その小さな体を抱きしめた。


「良い子ね、良い子ね」


 春の陽だまりのような温かい声で、話しかける。小さな体は、私の腕の中で安心しきっているようだ。その温もりを感じていると、なんとも言えない幸福感に包まれる。この温もりをしっかりと胸に刻み込む。三年近く共に過ごしたこの子との時間は、私の人生にとってかけがえのない宝物だった。あと少しで離れてしまうかもしれない。けれど、いつか来る時まで、この子を精一杯愛し、守り抜こう。そう心に誓った。



 ~数日後~


 その日、私は倉庫の中で息子とレーアの子供たちが一緒に遊んでいる様子を、レーアと二人で座って眺めていた。この日も私たちは連日この子のことをどうするべきか、リビングの机に座りながら、レーアとの相談をしていた。話が平行線を辿りふと子供たちに視線を預けていたそんな時だった。子供たちの無邪気な笑顔を見ていると、ふと、胸の奥底から湧き上がるような強い衝動に駆られた。まるで何かに導かれるように、これから自分が何をすべきか、どこへ行かなければならないかが、言葉にならない明確な感覚として浮かんできた。私はいてもたってもいられず、立ち上がり、レーアに向って決意をする。


「レーア」


「突然立ち上がってどうしたの?エアリアちゃん」


「私、何だか分かった気がするの。今日、この子を預けに行きたい! なぜだか分からない……。けれど、そう私の体が囁いている。他に……例えると……奥底から湧き上がるような、何っていうか……温かいものが私を突き動かしている……そんな気がするの。とにかく何だかわからなの! 詳しくは説明できないけれど、やっと……やっとこの時が来たの……とにかくレーア、私を信じて一緒に来てくれる?」


 レーアは、私が突然立ち上がり、真剣な表情でそう言うのを見て、目を丸くして驚いた。


「な、何を突拍子もないことを言っているんだ? そんな、まるで天からの啓示みたいなこと、あるわけないじゃない」


「いいえ、レーア、私、決めたわ。今から行くから、車の準備をお願いできない?」この時の私の声は震えていたけれど、決意は固かった。


 私のただならぬ様子に何かを感じ取ったのか、レーアは腕を組み、少し考え込んだ。そして、ゆっくりと立ち上がった。なぜかわからなかったけれど私は導かれていたのだ。


「んったくもー、しょうがないねー。エアリアちゃんが前から繰り返し言ってたもんね、何かに突き動かされる時があるって。今日がその時なのね?」


 私は深く頷き言った。


「ありがとう、レーア。突然のことだけど……私の願いを聞いてくれて」


「いいよ、いいよ、私は車の準備してくるから、エアリアは子供の準備をしておきなさい」


 レーアはそう言うと、急いで倉庫の外へ向かった。私は、遊んでいる子供たちの中にいる、あの小さな男の子に向かって手招きをして声をかけた。


「ちょっとこっちに来て!」


 すると、まだよちよちとした足取りの小さな私の子が、不思議そうな顔をしてゆっくりと近づいて来た。私に近づき、彼は首を傾げて言った。


「ハハ、どうしたの……?」


 私は彼の小さな手を取り、しゃがんで目線を合わせた。彼のつぶらな瞳を見つめていると、胸が締め付けられるように苦しくなった。まだ三歳にも満たないこの子に、これから話すことを理解してもらえるだろうか。迷いと悲しみが同時に押し寄せ熱いものがせり上がってくる。けれど、本能よりも謎の志向性の力が追い越していく。私はやらなければいけない、悲しくても言わなければならない。私は覚悟を決めて、言葉を紡ぎ始めた。


「あなたはこれから、違うお父さんとお母さんのところで暮らすことになるのよ。きっと、今の私たちよりもずっと、たくさんの愛情を注いで、あなたを大切にしてくれる、優しい人たちだからね。だから、少しの間だけ、お母さんとお別れなの。でもね、お母さんはいつもあなたのことを思っているからね。あなたは、とっても良い子だから、きっと新しいお父さんとお母さんのことも大好きになると思うよ」


 私の言葉が、この子にどこまで届いているかは分からなかった。彼はただ、私の顔をじっと見つめ、時折首を傾げる。最後に、小さな声で呟いた。「ハハと一緒がいい……でも、ハハ前、悲しそうだった……だから……僕、泣かない」と。まるで私の気持ちを理解しているかのようなその言葉が、私の胸に深く突き刺さり、喉の奥が熱くなった。視界がにじむのを、必死で瞬きして堪える。彼の小さな瞳を見つめていると、永遠にも感じるほどの時間がゆっくりと過ぎていった。

 しばらくして、車の音が鉄板の壁越しに聞こえ、レーアが車の準備を終えて戻ってきたことを察知した。


「エアリアちゃん、準備できたわよ」


 外から曇ったレーアの声が聞こえ私は子供をしっかりと抱きしめた。「良い子ね、あなたはきっと幸せになるわ」そう囁くと、


「はー」


 一呼吸おいて意を決して立ち上がり、倉庫を出た。子供を抱き上げ車に乗り込み、膝の上の幼子に視線を落とすと、彼は不安そうな表情で私の顔を見つめていた。私は彼の小さな手を握りしめ、精一杯の笑顔を向けた。

 車はゆっくりと走り出した。風を切る乾いた空気が私を包み込み窓の外の景色が、涙で滲んで見えた。これが、私とシンの最後の時間になるのかもしれない。そう思うと、胸が張り裂けそうだった。それでも、私は前を向かなければならない。シンの未来のために、これが最善の道だと信じて……。



「エアリアちゃん、本当にこっちの方角でいいの?合ってる?」


「はい、合っています」


 レーアが私に尋ねた。胸に湧き上がる確かな予感だけを頼りに、私は進むべき方向を運転席にいる彼女に指示した。私たちはまず車で最寄りのアリエス駅へ向かい、そこから、手首に表示されたホログラフィックを確認しながら、私たちの住むアストラリア大陸を西へ、大陸の中央を目指して進むべきだと感じていた。

 アリエス駅に着くと、すぐに高速移動列車の搭乗口に向かい、私たちはハイパーツークに乗り込んだ。席に着き、ほどなくして列車が出発した。しばらくすると、ふと隣の席で静かに眠り始めたシンを見つめた。私の膝の上でぐっすりと眠る彼は、まるで私の心に寄り添ってくれているようだった。そんなあたたかな思いを抱えながら、私も目的地まで休息しようとしていた。

 しかしそんな最中、私はふと気づいた。肌にまとわりつくような不快感を覚えずにはいられなかったのだ。それは、まるで無数の視線が、じっとりと私に絡みつくような感覚だった。列車が出発してから、私たちの周りには、好奇心と軽蔑が入り混じった針のような視線が絶えず突き刺さり、ひそひそとした声が耳に届いていたのだ。私は耐えかねて、ふと顔を上げ周りを見渡そうとすると、その視線は瞬時に消え失せ、皆、露骨に私から目を逸らす。


 ——……!


 私はその露骨な反応に、奇妙な好奇心が混じり合った感覚を覚え、後ろに座るレーアに、堪らず声をかけた。


「レーア。なぜ、こんなにも、私たちに視線が集まっているの……?」レーアは一つため息をつく。


「はーーエアリアちゃんは、今年で十五歳になるでしょ」


「はい、なります」


「世の中には、年頃の少女が子を抱えることに、本能的な違和感を覚える人もいるんだよ。皆、この年の子が歩むべき道は……社会のため、家族のこれからの生活のため、自分自身が活躍できる能力を磨くこと、もっと違うことに励むことだってね……」


「ふ~ん……」


 私は胸の中で複雑な感情が渦巻くのを感じた。なぜ、私がこの子を育てていることが、そんなにも奇異なことなのだろう。確かに私はまだ若く、一般的には子育てをする年齢ではないのかもしれない。でも、私は確かにこの子を通して、社会に何かを生み出しているのではないだろうか。同年代の子たちは今頃、将来のために勉強し、学生として過ごしている。彼らが学ぶためには、誰かの支援や社会のシステムが不可欠で、今はまだ、直接的に社会に貢献しているとは見なされないと思う。しかし、私は無意味な時間だとは思わない。

 確かに今は資本主義の時代。

 市場価値のない子供は社会や国に見捨てられていくのかもしれない。人々は、ただ一つの指標で対象の価値を決めつけてしまう。それは意味付けの放棄であり、思考の放棄ではないのか。どんなものや人にも、それぞれ尺度で価値や意味を持っているはず。だから私は、この子に生きる意味を感じているのだ。うまく言葉にはできないけれど、そう感じてしまう。

 でも、時代は変わる。

 世界は変わる。

 今、私の心の中で形になりつつあるこの感覚は、いつか言葉になり、世界に広まるかもしれない。そして、世界をいつかこの子が創り出すかもしれない。その未来に私は賭けているのだ。

 しばらくして、内から湧き上がるさらに強く感じる衝動に突き動かされるように、私はレーアに言った。


「レーア、ここで降りるわ」


「えっ、ここで!本当に⁉」


 レーアは目を見開いて驚きの表情を浮かべた。その予期せぬ言葉に、車内が一瞬静まり返り、彼女は思考が停止したかのように私を見つめた。しかし、そんな静寂を打ち破るように、間もなく到着を告げる優しいアナウンスが、穏やかなメロディーと共に車内に響き渡った。

『続いてはアウロラ、アウロラです。お降りの際は、座席の周りや網棚の上など、今一度お確かめの上、お忘れ物なさいませんようお気をつけください』


「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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