第24話 託されたもの⑤
それから数週間かけて、レーアから赤ちゃんの世話、離乳食や料理、家事全般に至るまで、あらゆることを教わった。ミルクの温度、おむつの替え方、沐浴での赤ちゃんの支え方、その他もろもろ……。その度にレーアの手元を食い入るように見つめ、一言一句聞き漏らさないよう集中し、体に染み込ませていった。
そして子供を育てるためにレーアが貸してくれた私の住まいは、レーアの家の隣にある巨大な倉庫だった。そこはかつて飛行場だった頃の格納庫だったようで、錆び付いた巨大な扉が、この場所の長い時間を物語っていた。中に入ると、広大な空間が広がっており、埃っぽい空気とひんやりとした温度が、時間の流れを感じさせる。奥には作業場と思われる小さな小屋があるだけで、他には何もなかった。そこが、私の新たな生活の場となり、二人の生活が始まった。
私のある一日の流れはこうだ。
朝、目覚めるとすぐに、まずはおむつを替え、ミルクを作る。自分の朝食は後回しにして、レーアに教わった離乳食の準備に取り掛かる。新鮮な材料を丁寧に刻み、鍋でじっくりと煮込み、最後に滑らかになるよう裏ごしをする。愛情を込めて作った離乳食を、小さな口がうまうまと美味しそうに頬張る姿を見るのは、何にも代えがたい喜びだった。
朝方から昼間にかけて洗濯と掃除を済ませ、束の間の時間に中学の学習をする。夕方には子供が昼寝をしている間に、レーアに教わったことの復習や育児書の読書に時間を費やした。レーアは育児以外にも大学で専攻だったという心理学の知識についても教えてくれた。その時間は育児の疲れも忘れ、レーアの機知に富んだ様々な分野の話とも相まって、つかの間の休息になった。
夕食は、最初の頃こそレーアが残り物を分けてくれたが、徐々に自分で作るようになった。最初は見事にエンタメ作品に出てきそうな不器用なヒロインの如く全ての料理が混沌としていた。それでもプロママであるレーアのアドバイスを受けて徐々に上達し、レーアの子供たちにいつものよりもおいしいとまで言われるようになった。そうして夕食という一大行事が終わると、今度は赤ちゃんを寝かしつけ、ようやく一息つく。しかし、夜間の授乳やおむつ替えで何度も起こされ、眠れない日が続いた。
最初は、一人でも何とかなると思っていた。けれど、育児は想像以上に大変で、以前の私の生活がセリアさんに頼り切っていたものだったと痛感し、彼女が担っていた作業の大変さに気づいた。
例えば、疲労のあまりシンのオムツ替えを失念し、彼を冷たい床で泣かせてしまった夜、私は自分の未熟さに打ちひしがれた。巨大な格納庫に響くシンの泣き声と、遠くできしむ金属扉の音が、私たちが世界から孤立している現実を突きつけた。それでも、初めてこの子が私の指を握りしめ、『ハハ』という小さな音を発した時、世界から孤立していた私の中に、一つの温かい宇宙が生まれたような気がした。
その後、子供が成長するにつれて、少しずつ自分の時間を作れるようになった。その時間を使って将来のために勉強したり、スキルアップに励んだりもした。そして、子供が歩けるようになると、勉強の合間を縫って二人で一緒に出掛けることも増えた。美術館や図書館など、私たちが扱える少ないお金で楽しめる公共施設を中心に回って行った。少しでも、この子が将来生きていく上で、他の子との経験の差が生じないよう、私は精一杯の意識を払った。
一方のレーアは相変わらず、私の子供の世話を手伝ってくれたり、色々な知識を教えてくれた。もちろん将来この子の親代わりになってくれる人を、育児の合間を縫って様々な伝手を使って探してくれていた。そんな宝物の様なあたたかい時間はあっと言う間に過ぎて行った。
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