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第24話 託されたもの④

   翌日 昇恒7時20分


 遠くの山際から黄金の恒星の光が顔を出し、視線を落とせば、黄金色の麦が風に揺れる見渡す限りの広大な農地が広がり、鼻腔をツンと刺激する、独特の農薬の匂いが脳を覆うように漂ってきた。その中には、何百メートルはあろうかという巨大な円柱状の施設が所々に聳え立っていた。まるで巨大なガラス瓶を逆さまにしたような建造物で、全反射により鈍く光る銀色の表面は、朝日を浴びて奇妙な存在感を放っている。上空では、巨大な農業用ドローンが、四つの青い推進輪を静かに唸らせながら、規則的に旋回している。私たちはレーアの運転する車に乗り、ひたすらその間を走り抜けていた。しばらくすると、大きな倉庫と小さな家が見えてきた。その景色を見た時、私は確信した。こここそがセリアさんが話していた場所であり、私の記憶にもかすかに残る光景だと。レーアは車庫に車を停め、「さあ、どうぞ」と玄関を開け丁寧に私を迎え入れてくれた。


 ——……⁉


 その時、私の視界は急に狭くなった。家の中から五、六人の子供たちが、興味津々に駆け寄ってきたのだ。年齢層は四歳から十歳くらいだろうか、彼女彼らは私たちに興味津々に声をかけてきた。


「お姉ちゃん、どうしてこんなところにいるの?」


「その赤ちゃんは誰?」


 子供たちの質問に、私は少し戸惑いながらも、どう答えるべきか考えていた。すると、レーアが子供たちに優しく声をかけた。


「みんな、落ち着いて。このお姉さんはエアリアさん。そして、この子はエアリアさんが連れてきた赤ちゃんよ。今日は泊まっていくから、仲良くしてあげてね」


 レーアの言葉に、子供たちは一斉に「「えー!」」と様々な感情が混じった歓声を上げた。そして、すぐに私と赤ちゃんを取り囲み、質問攻めを始めた。


「赤ちゃん、可愛い!」


「お姉ちゃん、どこから来たの?」


「名前はなんていうの?」


 子供たちの勢いに圧倒されながらも、私は一人ずつ質問に答えていった。赤ちゃんを抱っこしたいという子もいれば、私の髪を触りたいという子もいた。子供たちの純粋な好奇心に触れ、私は驚きと戸惑い、そして微かな温かさが混じり合ったような、形容しがたい感覚に包まれた。頬がじんわりと熱くなり、心臓がいつもより速く脈打つのを感じる。状況が呑み込めないまま、ただ子供たちの熱気に圧倒されていた。レーアは、子供たちを優しく見守りながら、私に話しかけた。


「少し騒がしいけど、気にしないでね。みんな、人懐っこいのよ」


「いえ、大丈夫です。賑やかで楽しそうなので」


 私はそう答えると、レーアは安心したように微笑んだ。


「それは良かった……さあ、中に入りましょう。長い車の旅で疲れたでしょう?温かいお茶を用意するわ」


 そう言ってレーアと私たちは、子供たちを後にリビングへと向かった。


「あの、どうしてこんなに子供たちがいるんですか……?」


 私たちは正面を向き、私はここに来てからの疑問を開口一番に口にした。こんなに若い人がこれほどの人数を一人で産んだとは考えにくい。しかも、この家は子供たちが暮らすにはとても小さく、これほどの人数をしっかりと育てているのは大変なはずだ。そう危惧していると、レーアは口を開いた。


「あたしと皇王様の話、聞いてなかった?あたし、大学を卒業した後、こうやって子供たちを保護する活動をしているの」


 ——本当のことだったのか……。


 私は昨日の宇宙港での話を詳しく理解していなかった。しかし、それにしても、なぜ彼女はこれほどの人数を育てなければならないのか、疑問に思った。


「でも……どうしてこんなに、子供たちが親から離れなければならないんでしょうか……?親なら責任をもって子供を育てていくはずですよね?」


 レーアは少し下を向き、言葉を選んでから顔を上げた。


「う~ん、君に話すのは少し難しいかもしれない。端的に言うとね、必要がなくなってしまったからだよ」


「どういうことですか⁉」


 なぜこんなかわいい子供たちが必要なくなる理由が、私は理解できなかった。そんな、私の気持ちを理解しているかのようにレーアは目を伏せ、ため息をついた。


「まあ……普通に考えたら、こんな可愛い子たちがいらなくなる理由なんて分からないよね……」


 彼女は子供たちの遊んでいる様子を一瞥する。


「——でもね、この資本主義経済社会において、子どもは資本家の利益にならない。リスクやコスト面を考慮され、必要のなくなった子は捨てられてしまうんだよ」


「なぜなんですか?子供たちはこれから大人になってから活躍するはずなのに、必要ないから捨てるってどういうことですか、レーアの言っていること、分からないですよ!」


「その準備期間が、今の社会の人たちにとっては無駄な時間なの……。優秀な子供たちは、十歳くらいでも何十、何千億と稼ぐ子もいるわよ……。知らない?例えば……。有名どころで言うと最近モデルをやってネットでもインフルエンサーとしても活動している、アンドレーちゃんとか。あの子、今何歳だと思う? これをちょっと見てみて」


 レーアさんはそう言って、ポケットからフレモを取り出すと、私にオーチューブの動画を見せてくれた。映し出された画面の中には、カメラ目線で、これでもかと華やかなオーラを放ちながら、黄金の髪をなびかせ聞いたこともないような会社の商品を、いかにも素晴らしそうに語るアンドレーちゃんがいた。


「あ、私も知ってます。クラスの女の子達の間でも話題になったことがあります。とてもキラキラして可愛い子ですよね?たぶん……私より年上だから十八歳くらいですか?」


「いいや、君と同じくらいの十一歳だよ」


 ——‼ 私の体が一瞬で熱くなる。


「そんな……。十一歳で、あんなに大人の女性らしく美人で、あんなに活躍しているなんて……しかも、私より年下なんて……」


「そう、この社会では、子供は市場価値が定められた投資の対象になってしまうんだよ。ある子供は、見た目や才能を売り物にする。またある子供は、幼い頃から高度な教育を受け、社会や会社の利益になるための歯車となる。それ以外のレールから外れた子供達は、『無価値』とみなされてしまい、売られたり、こうして捨てられたりするんだよ」


 レーアの強い言葉は、私の胸に重く響いた。子供たちが、まるで商品のように扱われる社会。それは、私が想像していたよりもそれはずっと残酷な現実だった。


「でも、そんなの……」


 私は言葉を失い、息苦しさに胸が締め付けられた。子供たちが置かれている状況を理解すればするほど、この信じがたい現実に打ちのめされる。


「分かってる。受け入れがたい現実だよね……」と、レーアは私の言葉にならない思いを汲み取るように言った。


「でも、これが資本主義社会が長い期間を経てたどりついてしまった末路なの。市場と政府の絶妙なバランスで成り立つこのシステムは国民の誰かの気が抜けると一気に崩れてしまう。お金を持つ人が大きな力を持っていて、資本のないか弱い立場の人たちが苦しむことになる。だから、今あたしはこうして、社会のレールから外れてしまった子供たちを少しでも保護しているんだよ。彼らが安心して、人間らしく暮らせる場所を作ってあげたくてね……」


 レーアの言葉には、どうにかして子供たちを守り抜こうという強い意志が宿っていた。彼女は、この残酷な世界で、たった一人でも多くの子供たちを救おうと、必死に戦っているのだ。私は、そんなレーアの言葉に心を打たれ、その後も彼女の話に耳を傾けた。彼女が語る社会の複雑さや、時に見せる残酷さは、当時の幼い私には完全に理解できなかった。けれど、それでも彼女の真剣な眼差しと、一つ一つの言葉に込められた驚きと深い悲しみは、私の心に深く刻まれた。

 話はひと段落し、今度は本題に入った。レーアは私の方を向き、少し厳しい表情で語り始める。


「さて、君。少し話が逸れてしまったけれど……これから君たち二人はどう暮らしていくつもり? あたしもこれ以上子供を一人で面倒を見るのは正直厳しい。だから……どこかの施設に連絡して、この子を育ててもらうことになると思うけど、それでいい?」


 ——!


 彼女の提案を聞いた瞬間、何故か私は本能的に強い拒絶反応を感じた。まるで心臓を掴まれたように息が苦しくなる。しかし、冷静になって少しの間考えた。誰かに愛情をもって育ててもらった方が、きっとこの子の為になるのかもしれない。ただ、それでも、なぜか私は、この子を他人に委ねてはいけないという気持ちが心の底から湧き上がった。それはまるで、何かが私の意志に反してそう訴えかけているようだった。しばらくそんな不思議な感覚に戸惑う。だが、考えはもうすでに決まっていた。それはセリアさんとの約束でもあったからだ。


「レーア」


「何?」レーアは私を真剣に見つめる、私は覚悟を決めた。


「レーア……お願いです。この子と離れたくないんです。理由は、まだうまく言えないけれど……初めてこの子を抱き上げた時から、私の心に何か特別なものが生まれたんです。小さなこの手が、私の指をぎゅっと握り返してくれた時、この子を守りたいって、そう強く、強く思ったんです。まだ二日しか一緒にいないけれど、この子の寝顔を見ていると、私がそばにいてあげなきゃいけないって、そんな気持ちになるんです。だから……どうか私に、この子を育てる方法を教えてください!まだ子供の私に無理だって思うかもしれません。でも、誓います。決してこの子を不幸にはしません。精一杯、この子を大切にします! そしていつか、レーアのように強く温かい人になって、こんな風に一人ぼっちで不安な子供たちをたくさん助けたいんです!」


 レーアは、じっくり腕組みをするように考えていたが、私の目をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「う~んそうか……育てるのか……。え、ちょっとまって……。えっ君、自分の言っていること、本当に分かっている?……え、本気なの⁉」彼女の顏のパーツは全て丸くなった。


「はい、本気です」


 私はレーアを強く見つめ返した。この決断はただ事ではない。これから私は小さな命を預かるのだから、自然と私の体に力が入り、全身が小刻みに震える。一方のレーアは私の言葉に豆鉄砲をくらっていたようだったが、私の真剣な言葉を飲み込み、下の方を見つめていた。


「でも君はまだ子供だよ。多分、まだ中学校に上がるくらいの年でしょ?」


「はい。二期後に十二になります」


「もっと将来のためにすることがあるんじゃないの?例えば、フレモを使った難しいプロンプティングの勉強とか……」


「いいえ、今の私にはこの子を守ることしか、できないんです。他に、私がするべきことなんて、何もないんです……」


 レーアの提案は至極正論だった。だが、私はその正論に、すぐに言葉を返せなかった。うつむき、次に何を紡ぐべきか考える。私の中で抱える真実をどうすれば彼女に伝えられるのだろうか……。


「この子を私が守りたいんです。でも、他に頼れる人もいなくて……どうしようもないんです」


 レーアは私の切実な思いを感じ取ったのか、再び腕を組みしばらく考えた後、口を開いた。


「本当にいいの……? これから君がしていくことは……君自身の人生を大きく変えることになるんだよ、分かってる?」


「はい、分かってます!」


 私の覚悟を聞いたレーアさんは深いため息を一つつく。そしてしばらく腕組みをして考えていたが結論が出た。


「分かった……。君の覚悟、しかと受け止めた。でも、簡単なことじゃないよ。子供を育てるというのは、想像以上に大変なこと。それでも、あなたは本当にやり遂げられる?」


「はい、どんな困難があっても、この子と一緒に生きていきます」


「ただ……あなたのためを思って言うけど一つ条件がある。再来期一二歳ということはこれから中学校に上がる年齢だから……三年間はしっかりと育てつつ、その間もしっかりと勉強をして、高校、大学に行けるように努力すること。もしあなたが将来、この子のために何かしてあげたいと思った時、十分な知識や教養は絶対に必要になる。そして、あなた自身の将来の選択肢を狭めてはいけない。それでも目標が変わらないのなら、あなたの決断を尊重します。そして、この子は、三年の間に私が親代わりになる人をなんとか探しておくから。それは、あなたにとっての負担を少しでも減らすためでもあるし、この子にとってより良い環境を見つけるためでもある。それでいい?」


「はい!それでお願いします」私の決断が承認され全身の力が抜けた。


「それじゃあ、今から少し移動するよ。子育てに必要なものを揃えたり、君に色々教えたりするためにね」 レーアはそう言うと、子供たちに声をかけた。


「みんな、ちょっとだけお出かけするよ。お留守番、よろしくね!」


 子供たちは「「はーい!」」と元気よく返事をした。レーアは私に微笑みかけ、

「さあ、行きましょう」 と言って、私を促した。車に乗り込み、レーアの家を後にする。スーパーや百貨店で育児用品や生活必需品を買い揃え、再びレーアの家へと戻った。


「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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