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第24話 託されたもの②

 ~2日後~   降恒5時20分  

 場所:レガリス共和国家イオニア県 イオニア国際宇宙港


『メモ㉓:たしかあなたが暮らしていたのは多分だけれど、バーティカル・ファームセンターと呼ばれる円柱状のあなたのいつも食べる食材を作っている施設、あれがあるのは○○県、××県、△△県……イオニア県だった気がする。他に記憶があるのは確か……旧型の車輪式離着陸方式の航空機のそばにある家にある家、あそこに向えばいいと思う。かなりおおざっぱだと思うけどこれであなたの記憶の中の道しるべとなってくれること願っているわ……手伝ってあげられなくて……ごめんね』


 宇宙港のロビー。目の前のガラスの向こうには、私たちが乗ってきたシャトルを含む用途様々な機体が傾いた陽光を浴びて並んでいる。私は長いベンチに座り、子供を寝かしつけながら、デバイスに残ったセリアさんのメモからネットで自分が行くべき場所を推測し、検索していた。以前、この場面を何度か見た記憶はある。だが、あまりにもパターンが多すぎるので私は完全には思い出せなかった。しかし、今の私には心の奥底から湧き上がるような、何か温かいものが私を突き動かしている。そんな気がする。その温かさに従い、私は身を任せ、とにかく今は子供と端末に集中していた。

 しばらくして、何やらイベントが起きるのか宇宙港のロビーが騒がしくなってきた。遠くの方で人だかりができ、シャトルの出入り口に群がっているようだ。皆がフレモのカメラを掲げ、通路のトンネルから出てくる人物を今か今かと待ち続けている。そして、彼らが現れたのか黄色い歓声がロビーに響き渡った。


「キャー! ライア皇王女様だ!」


「アレックス皇王! かっこいい!」


「ソフィー皇太女様も可愛いわ!」


 ふと歓声が上がった方角を見ると、大勢のボディーガードたちに囲まれ、王族らしき若い夫婦が、小さな幼児を真ん中に手をつなぎながらスロープから出てきた。待ち構えていたファンは、一斉にフラッシュを焚き、手を振り、投げキッスを送るなど、熱烈な歓迎をしている。そんな彼らの進行方向に目線を送ると、既に何やら記者会見用の台が用意されていた。どうやらこれから彼らは記者会見に臨むようだ。その位置は、幸いにも私たちが座る長椅子近辺で、私は最前列の端の席で見ることができるようだった。


 ——この光景を、私はどこかで見たような……。


 当時、私はこの国の実情を詳しく覚えていなかった。だが、彼らはこの国の最高位の人物であることは知っていた。私はこの時、とにかく周りの流れに身を任せるように、平然と彼らを眺めていた。壇上に上がったライア皇王女は、ソフィー皇太女と手をつなぎながら落ち着いた微笑みを浮かべ、観衆に優しく目を向けた。フラッシュの光が絶え間なく降り注ぐ中、代表して皇王女らしき人物がゆっくりと口を開いた。


「本日は、私たちの訪問をこのように温かく迎えてくださり、心から感謝申し上げます 私たちは先代以来、一〇年ぶりにこの地に訪れることができたこと心より嬉しく思っております。昨今は……」  


 その声は、想像していたよりもずっと優しく、そして力強かった。アレックス皇王も穏やかな表情で頷く。ソフィー皇太女はまだ幼いながらも、少し緊張した面持ちで両親の手をしっかりと握り話を聞いていた。

 しばらくして挨拶が終わり、記者からの質問に答える段階になったその時だった。突然、彼らの目の前にいた若い赤髪の女性が立ち上がり、ライア皇王女の目の前へ駆け寄った。咄嗟にボディーガードたちが駆け寄り、彼女を取り押さえようとしたが、彼女はボディーガードたちに抵抗しながら、なんとかして皇王女に届けようと身を捩じり、囲まれながらも強引に土下座を決行した。騒然としていた会場が彼女の行動によって一瞬にして静寂する。鋭い視線が赤毛の女性に集まる中、彼女ははっきりとした口調で目線を王女に合わせる。そう——彼女と私が初めて会ったのは、この時だったのだ。


「ライア様、アレックス様、どうか私の話を聞いてください!突然のことで申し訳ないのですが……もうこういったチャンスはないと思って今、私はこうやって直訴しています! 私は大学で慈善活動をしているレーア・ドルマルズと言います。私たちは今、アメリア連邦国から見捨てられた子供たちを保護しようと活動しているのですが、私たちの力ではどうにもならず、行き詰まっているのです。どうか私たちにお力添えいただけないでしょうか!」


 その姿を見て気を悪くしたのか、皇王の方が彼女を追い払おうと手を払う動作をし、冷たい声で言いきった。


「まさか私宛にいつも皇王室広報を使って送ってきていたのは君か。早く立ち去りなさい。そんなことをすれば、我々の国とアメリア連邦国家との関係にどれだけ影響が出ると思っているのか、分かっているのか? 私は国の象徴的な存在なんだ。必要なことは正規の手順を踏み、首相に提案しなさい」


「そのことは理解しています。ですが……この国の法律の最終的な議決権はあなたにあるんです!」


レーアは一歩前に出た。


「それよりも、未来に必要な子供たちを見捨てて、あなたは国の皇王として、一人の人間として、どうお思いなんですか!国は本来、国民を守るためにあるんですよ!」


「「そんなことは私も百も承知だ!お前の理想も理解はしている!しかし、現実を見ろ!我々はアメリア連邦国と表向き友好的な関係を保ってはいるが、経済的には今、水面下で熾烈な戦争状態にあるのだ!市場をすべて奪われれば、この国は形骸化する。 我々はその危機を回避しなければならないのだ。特に、アメリア連邦国に伍するため、我が国独自の産業を育成すること。それが今、最も喫緊の最優先課題なんだ! そのためには、どうしても相応の資金を集中的に投入する必要がある。そして、今の我が国には……残念ながら、お前が求める領域にまで、十分な余裕がないのが現実だ!」


 レーアが歯を食いしばり震えるように皇王を睨むが皇王はそんなこともお構いなしに指示を出す。

「ボディーガードさあ、こいつを捕まえろ!」


「でも……あなた、それはさすがに言い過ぎなんじゃないかしら……?」


 皇王がそう言うと、皇王女は壇上から身を乗り出し、なだめようとした。しかし無情にも、レーアはすぐにボディーガードに抱えられ、場外へ連れ出されようとしていた。


「あなたは何のための国の象徴なんですか! 普段は国民に対してお気持ちだけ述べていればいいんですか! あなたは確かに立派な国の象徴です。しかし……あなたはこの国の通貨ルリスを使う市場にいるただ一人の経済人でもあるんです! あなた達だけで人生を生きていくことは出来ないんです!お気持ちだけ表明しているのなら、とっくに国民も皆幸せになっているはず!その 事実、承知の上で言っているんですか!」


 彼女は、もみくちゃにされながらも必死に声を張り続けた。


「陛下!どうか、あなたの心でこの現実を見てください!この子たちは、国の未来そのものなんです!」

 

その言葉に皇王は顔をしかめ、より語気を強めて何かを言いかけようとしたその瞬間だった。


「オギャーーーーーー‼」


 ——……え?


 突然、私が抱えていた赤ん坊がわめき出した。今まで一度も泣きもせず、ぐずることもなかったこの赤ん坊の予期せぬ大声に、この騒然とした場の中で最も驚いたのは私だった。慌てて赤ん坊に目を向け、必死にあやそうとする。しかし、私は全くと言っていいほど赤ん坊のあやし方を知らなかった。というより、これまで赤ちゃんをあやす機会がほとんどなかったのだ。ただ、シャトルの機内で見た動画で覚えたあやし方を、見よう見まねで試してみる。


「大丈夫でちゅかー、ここは安全な場所でしゅよー」


 しかし、赤ん坊は一向に泣き止む様子を見せない。試行錯誤し、甘い言葉を投げかけたりゆすり方を変えたりしてなだめようとするが効果は薄い。ゆっくりと体中から熱い何かが湧き出てくる。はっきりしていた周囲の喧噪がだんだんと鈍い音を響かせていく。


 ——ど、どうしよう……。


 不安な感覚を抱えながら懸命にあやしていると——その時、まるで魔法がかったように、激しく泣き叫んでいた赤ん坊は、嘘のように静まり返った。何が起こったのかと顔を上げると、つい先ほどまでライア皇王女と手をつないでいた幼いソフィー皇太女が、いつの間にか私の目の前に現れ、そっと赤子に触れていたのだ。

 そんな彼女が赤ん坊の泣き声を鎮めると、一瞬にして会場は温かい空気と静寂に包まれた。すると、その穏やかな雰囲気に誘われるように、観衆は一人、また一人と静かに増え始め、最終的には温かい拍手と歓声が送られた。


 “パチパチパチパチパチパチパチパチパチ”


 私はその場の雰囲気に居心地の悪さを覚え、慌てて何度も頭を下げていた。すると、ライア皇王女が近づいてきて、私に声をかけてくれた。


「あなた方はこんなにボロボロの恰好をして……もしかして、ご両親に捨てられて困ってしまいここに来たの?」


 彼女の前で今、私たちの関係性を説明すると長くなってしまう。仕方なく、今は姉弟という設定で飲み込んで頷く。


「それは……大変な思いをしてここまで来たのね……あなた……生まれたばかりの様なこんな小さな子を連れて、親もいないのに……さぞ心細かったでしょう」


 ライア皇王女は、私の返事を聞くと、さらに心配そうな表情を浮かべた。アレックス皇王も、先ほどの険しい顔つきから一転、私たちをじっと見つめている。ソフィー皇太女は、まだ小さな手を伸ばして、私の腕の中の赤ん坊の頬を興味深そうに優しく撫で続けていた。


「この子は今は……お腹が空いているのかしら? それとも、疲れているのかしら?」


 ライア皇王女の言葉は、母親のように温かい。私はとっさに言葉が見つからず、何かしてくれるのではと、首を縦に振るしかなかった。

 すると、彼女がボディーガードに捉えられているレーアに向い、言った。


「レーアさん、あなたは大学生で、今は子供たちの保護活動をされているのですね」  


 突然、先ほどの赤髪の女性、レーアに話が振られた。彼女はまだ興奮冷めやらぬ様子だったが、毅然とした態度で答えた。


「はい、そうです。アメリア連邦国で見捨てられた子供たちのために、微力ながら活動を続けております」  ライア皇王女は、少し考え込むように顎に手を当てた。


「なるほど……それで、あなた方はこの子供たちも保護しようとしていた、ということですか?」


 ——いや……そんなこと頼んでない。


 私は彼女の言葉に一瞬戸惑ったが、レーアは私たちの気持ちも顧みず力強く頷いた。


「は、はい! そうなんです。この子たちは、まだ幼く、一人では生きていけません。私たちのような保護団体が必要なのです」  


 ライア皇王女は、私たちとレーアを交互に見ながら、何かを決意したように言った。


「アレックス、少し時間をいただけますか? この子供たちのことが、とても気になります」


「しかしだがな……ライア、今の私たちの国にはそんな余裕が……」


 するとライアは、じろりと皇王を睨みつけた。皇王は一瞬たじろぎ、怯えた様子を見せた。どうやら夫婦関係においては、完全に皇王は尻に敷かれているようだった。皇王女の真剣な眼差しに、皇王はしょんぼりとしていた。


「わ、わかったよ。ライア……少しだけなら」


 するとライアは、再び私の方をしっかりと向き、ソフィー皇太女を抱き上げあやしながら言った。


「あなたは、この国にどうしてほしいの?正直にあなたが純粋に思っていることを言ってほしい」


 私は彼女のいきなりの提案に心臓が一瞬跳ね上がったが、考える。この国の実情は分からないが、それでも子供が安心して暮らせる暮らしの方が良いと私は思った。


「子供たちが安心して暮らせるようにしてあげることが、私はいいと思います」 ライア皇王女は私の平素な意見をこくりと噛みしめるように頷いた。


「それじゃあ、レーアさん、まずはここにいる子供たちを保護しなさい。あなた達の活動については、また国会で議論の対象とさせていただきたいと思います。いいですよね、アレックス?」


  彼女は夫を再び、ぎろりと睨みつけた。


「ああ……いいと思うよ。さ、さすがだよライア。君の言うことはいつも的を射ているからね」


「しっかりと、彼女の前でそう宣言しなさいよ!アレックス!」


 ライア皇王女の強い言葉に、皇王はたじろぎながらも、拘束されているレーアの前に歩み寄る。


「みんな、彼女の手を放してやってくれ!」


 そう言われるとボディーガードたちは、すぐに元の位置に整列し直した。すると彼はレーアに向き直り、言った。


「先ほどは手荒な真似をしてしまい、申し訳なかった……。もう少し君たちのことを考えるべきだったし、それよりも私は人として情けないことをした……。国民の命を託されたものとして、もう少し、命の危機に瀕している子供たちを助けるべきだと私も思う。あとでこのことは、ライアの言ったように様々な政党に提案を促すから、君がもっとこの活動を広められるように、私たちも協力したいと思っているが、いいか?」


「こちらこそ先ほどは語気を強めてしまい、申し訳ありませんでした。ただ、私たちの願いを受け入れてくださり、本当にありがとうございます」


 レーアは嬉しそうにそう言うと、会場からは温かい拍手が沸き上がり、会見は和やかなムードのまま、その後他の記者たちの質問が続いて終わった。皇王たち御一行は会見が終わるとすぐに立ち去ったが、最後に立ち去る時、ソフィー皇太女が両親に手を引かれながら、私が抱えるこの子に向かって、おぼろげながらにこりと笑って手を振ってくれたことが、私の記憶に鮮明に残っている。この小さな皇太女は、いつかこの国を背負うだろう。人々を惹きつける、偉大な存在になる。——この時、心の片隅でそんな確信に近い予感が湧き上がっていた。


「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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