第23話 セリアさん⑥
部屋の中は、まるで国家が威信をかけて建造した秘密基地のような薄暗く精巧な作りだった。壁、床、天井、注意深く見ると、あらゆるものが透き通ったクリスタルのような透明な素材でできており、内部から柔らかな青い燐光を漂わせていた。
ふと視線を向ける。いや向けさせられたと言っても違いない。そこには神秘的な存在が実在した。
部屋の中央には、ひときわ目を引くように、精巧な台座の上に小さく青白い光を漂わせる金属球体が浮遊し、その周囲を、見たこともない数値やグラフが滝のように流れていた。その幻想的な光景は、見る者を魅惑した。
球体の間近に到着すると、「エリオス様のお出ましまで、そこで暫時お待ちください」と女性職員は告げ、静かに部屋を退出した。
指示通り、エリオス様を待つ間、私たちは目の前の神秘的な球体に目を奪われていた。それは、私たちが知るあらゆる惑星の物体とは異質な様相を呈していた。一言で表すと、それは世界に漂う澱。内部には眩い青いエネルギーが満ちており、それを精巧ながらもシンプルなデザインの金属が、まるで生き物の血流のように脈動しながら、表面を網目のように覆い隠している。まるで世界そのものを包み込む、その異様な生命感と無機質な金属の組み合わせに、ただただ見入っていた。
——!
その刹那、不意に声が響いた。私の耳に直接届いたようでもあり、しかし、同時に空間のどこか遠くから響いたようでもあった。突然の出来事に、私たちは声の発生源を特定しようと、慌ただしく視線を彷徨わせた。
「(今、あなた方の脳内へ電気信号として直接情報を送り込んでいるので安心して下さい。大丈夫ですよ。私はここにいます)」
声の主を探して背後を振り返ると、そこには、私の人生でかつて見たことのないほど神秘的な存在が立っていた。その存在ははっきり言って人と呼べるのかさえ、定かではなかった。あまりの衝撃に、当時の記憶は途切れ途切れだが、私たちがその異様な姿に恐怖し、硬直してしまったのは、確かだった。
——あ、あれが先導者エリオス……⁉
「(ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。私がエリオスと申します。本日は、皆様に強い興味を覚え、特別にこの部屋にお呼びいたしました)」
「あの……一体、何のために、僕たちをここへ?」ウィンが、僅かに萎縮しながら尋ねた。
「(今日皆様には、是非、目の前の球体に触れていただきたいのです)」
「こ、これに、ですか? 本当に触れても……大丈夫なんですか?」ハインリヒが、好奇心と僅かな疑念を滲ませ、エリオスに問い返すと、優しい声が返ってきた。
「(ええ、ご安心ください。皆様に危害が及ぶことは決してありません。それどころか、今までとは全く異なる世界のありようを、体験することになるでしょう)」
未だ半信半疑ながらも、ハインリヒとウィンは、既に興味津々の様子で、私を急かすように促してくる。
「ねえ、エアリア、怖がらずに、少しだけ触れてみようよ、ちょっとだけなら大丈夫なんじゃ……」
「で、でも……死んだり、後遺症が残ったり、身に危険が及ぶなんてことは、ないんですよね?エリオス様?そのことは本当に大丈夫……なんですよね?」
「(ええ、断言しましょう。大丈夫ですよ、安心して下さい)」
エリオスに優しく諭され、目の前の青白い神秘的な球体を見つめていると、不思議な求心力に引き寄せられるような感覚に囚われた。私もいつしか、この得体の知れない存在への信頼感を抱き始めていることに気付く。自然と足が前へと進み、ゆっくり、ゆっくり、球体に吸い込まれるように、私たち三人は、目的の物体へと辿り着いた。まるで、これから未知の冒険に出発する探検隊のように、決意を湛えた表情で、同時に手を伸ばし、球体に触れようとした、その瞬間だった。
「エアリア、ウィン、準備はいい?」
「うん。少し緊張するかも……ハインは?」
「俺は平気だよ。エアリアは本当に大丈夫?」
「私も大丈夫。ハインとウィンが一緒だから」
互いに頷き合うと、大きく息を吸い同時に球体に触れた。直後、球体は、まるで内側から膨張するように、たちまち巨大な部屋ほどの大きさにまで膨れ上がる。私たちを暖かく、そして優しい淡い青い光で包み込んだ。
青白い光はゆっくりと収縮し、元の大きさに戻った。現実に引き戻された私は、未だ球体に触れたまま、しばらく放心していた。ふと横を見るとハインリヒとウィンは尻餅をつき、豆鉄砲を食らった鳩のように怯え切った面持ちで球体を凝視している。対照的に私の心は温かく、不思議と満たされていた。言葉にできないが、まるで細胞の一つ一つ一瞬にして入れ替わったように、これまで閉ざされていた私が進むべき道が目の前に鮮やかに開かれたような、清々しい気分だった。
——……!
その静寂を破るように、「ピッ」という電子音が響き、続いて「カチャッ」と乾いた音がした。首にひんやりとした感触が走り、触れると金属製らしい何かが、カチリと音を立てて固定された。その装具は、まるで第二の皮膚のように私の頸部に吸い付いている。振り返ると、先程案内してくれた職員と、さらに二人の職員が、私たちにチョーカーを装着したところだった。私たちは、首に装着されたチョーカーを手探りで確認し、まじまじと装着したものを互いに見つめていた。
「ようこそ、私たちの世界へ。エリオス様。では、私たちはここで」
そう言葉を残し、私たちと同じチョーカーをつけた職員たちは、部屋から足早に立ち去って行った。突然の出来事の奔流に私たちは呆然と顔を見合わせ、互いが溺れないように窺っていると、エリオス様からのメッセージが、思考の海に直接流れ込んできた。
「(皆様が今、知覚されたこと。それを受け入れ、これからどう振る舞われますかは、皆様ご自身の判断に委ねます。ですが、この球体に触れて知覚したその全てを外部に口外することは固く禁じさせていただきます。もし、その内容を外部に漏らそうとした場合、脳内で特殊な反応が察知し、皆様の首にございますNSCは……その先は、もうお分かりですね。つまりこのチョーカーは、皆様を守る命綱でございますが、同時に決して外すことのできない枷なのです。くれぐれも、その点を深くご留意ください)」
脅迫ともとれる警告に、ハインリヒは怯えきった様子でエリオスに問い質した。
「そ、その球体は、一体……一体、何なんだ……⁉」
「(これは、『オムニスフィア(Omnisphere)』というもの。私自身、未だ全容を解明できていない未知の物体です。ただ、私は確信している。これは、人類を守護し、導き、『混沌』から再び新たな『秩序』を創造する鍵となるだろうと……)」
エリオスはそこで言葉を区切り、私たち一人ひとりの顔をじっと見つめた。その視線に、まるで何か大事な物が抜き取られるような感覚に襲われる。
「(私の説明は少々難しかったでしょうか、皆さん。少しでも私の言葉の意味をご理解いただけたことを、心より願っています。では、私はここで……)」
そう言い残すと、彼は私たちの肩を切る様に颯爽とその場を後にした。 私たちはその不思議な球体を見ながらしばらく唖然としていたが、ふと振り返ると、その存在は跡形もなく姿を消していた。目の前で起こった非現実的な光景に、私たちは言葉を失い、暫くの間その場から動くことができなかった。
この日の出来事は、私たちの人生における最大の分岐点となった。親密で温かい関係だった私たち三人の仲は、これを境に急激に冷え込み、以降、私たちはほとんど連絡を取り合わなくなってしまった。
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