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第23話 セリアさん⑤

 そして、その年の二三期。私たちは、エリオス賞授賞式が執り行われるアメリア軍の六角形本部の中心部、真護会の建物へ入った。

 黒と金色を基調とした荘厳で広大な会場。観客席に設けられた受賞者用の席に、私たちにとって少しばかり窮屈な正装を身にまとい、出番を待っていた。人々の整髪料や香水の微かな香りが混じり合い、普段とは違う雰囲気に緊張が募り、少し酔ったような感覚に陥った。そんな折、式典はまず成人部門から始まった。数学、生理学・医学、物理学、化学、文学、平和、経済学――各分野の受賞者が壇上に上がり、賞状、メダル、景品を受け取る様子を、報道陣のカメラが盛んにフラッシュを焚きながら捉えている。壇上に上がるのは、見慣れない髭面の壮年男性や、厳格そうな老婦人ばかりで、私たちは少し場違いな印象を受けた。やがて、式典は青年部門に移り、壇上に上がる受賞者は、幾分か若々しい研究者たちへと入れ替わる。

 そして、いよいよ最後、私たち少年部門の式典が始まった。成人部門や青年部門に比べると、報道陣の数は減っていたものの、それでも、私たちがこれまで参加してきたどの式典よりも規模が大きく、華やかで、胸が高鳴るものだった。名前を呼ばれる順番を待つ間、私たちはステージ裏で、まるで試合前のスポーツ選手のように落ち着きなく歩き回っていた。特にウィンなんかは緊張しているようで何度もトイレに駆け込んでいる。


「めちゃくちゃ緊張するよ。ハイン、こういう時どうすればいいんだ?なんか秘訣を教えてくれよ」


 するとハインリヒは私たちに諭すように言ってきた。


「俺はあまり緊張しないよ。少し考え方を変えればいいだけさ。うーん、それじゃあなんで今ウィンは緊張してるのか、ちょっと考えてみようか?」


「うーん、何で緊張するんだろう?とてもとても立派な会場だからかな?」


「でもウィン、学校の体育館だってこれくらい大きいよね、なんでそこでは緊張しないの?」


「どうしてだろう、エアリアはどう思う?」ウィンはしばらく考え込んでいたものの、唐突に私に意見を求めた。私も尋ねられ、少しハッとしながらも、考えて答えた。


「そりゃ、有名な人がいるからじゃない? こんなところに私たちがいていいのかって思っちゃうし、変なことできないし、失敗して笑われたりしたらって注目されるのが嫌だからじゃないかな?」


「エアリアの言う通り普通の人はそう考える。でも考えてみて、彼らは『仕方なく来てしまった』『仕方なく受け取ってしまった』そう思えば、案外大したことないって思えない?」


 ハインリヒの突飛な発想に私は驚き、それに対してウィンは苦言を呈する。


「いやいや、彼らが仕方なく来ているわけないでしょう。だって、エリオス賞は世界的に権威のある賞なんだよ?こんな名誉ある場所に、科学者や著名人たちが優秀だから選ばれて集まっているに決まっているじゃないか!」


 ウィンは反論したが、ハインリヒはウィンの批判を意に介さず、さらに自説を展開し始めた。


「じゃあ例えば、過去三〇年のエリオス賞受賞者が、もし同時に生まれて今日受賞日を迎えたとしたら、何人この会場に現れるのだろうか。たぶん数名だろう。分野が重複して、誰かに発見を先にさらわれていたかもしれないし、同世代にライバルがいて研究職を諦めていたかもしれない。それに引き換え僕らはどうだ?こんな知識も経験も人脈もない若造がこんな世界最高峰の賞を取ることができたんだ。俺はふと考えるんだ、この事象は善でも悪でも、優でも劣でもない。これは単なる現象なんじゃないかって。こうやってウィンとエアリアと出会いここまで来れたのも、原子と原子がくっついて分子になるように、なんだか引き合わせのようなもの、導かれたように感じるんだ……」


 ウィンはそれでも考えているようで、苦しげに言葉を絞り出した。


「でも……それでも偉い人は偉いんじゃないのか……。ハインの考え方は突拍子もなくて、僕は理解が追いつかないよ」


「まあウィンはすぐにはわからなくても、少なくとも君は今、緊張よりも俺の考えに対して思考に集中している。それでいいんじゃないか?緊張がほぐれて」


「あ、確かにそうだ……。さっきの問題は置いておこう。ありがとう、ハインリヒ」


 するとウィンの顏はぱっと明るくなり、まるで何かに吸い寄せられるようにステージの方を見詰めるようになった。私は彼らの会話をぼんやりと聞いていた。確かに、ハインリヒの言う通り、こんなにも運良く私たちがこうやって出会い、賞をとれたのも、何かの力が働いたのかもしれない。そんなとても不思議な感覚を抱きながら私たちは出番が来るのを待っていた。


「続きまして、少年の部。生物学分野の受賞者、エルフ市立ノレア小学校の三人の皆様です」


 しばらくの時間の後、私たちの出番がようやく来た。ステージではアナウンスが流れ、大きな歓声共に拍手が鳴り響く。私たちは小さくまとまりそれぞれの顔を見合った。


「さあ、エアリア、ウィン。緊張するかもしれないけれど、頑張って行こう」


「うん、わかった」「うん」


 そうして私たちはゆっくりと歩みを進めていく。中央に進み出て、数々の景品や賞状を受け取り、壇上の偉い人達と握手を交わした。そして小さな催しが続いた。

 そしていよいよ受賞者のスピーチが行われる、その挨拶を私が代表としてすることになっていた。私が前に出ると、血流がせり上がるのを感じ、思わずウィンとハインリヒをちらりと見た。彼らはにこにこして、思い思いに私の緊張をほぐしてくれているようで、体中が温まる。この研究を始めた言い出しっぺのハインリヒが、本当はインタビューを受けるはずだったのに、私に譲ってくれたのだった。私は彼らの優しさに胸が温かくなり、一度深呼吸をして言葉を発した。


「本日は、私達のためにこのような盛大な式典を催していただき、誠にありがとうございます……」


 私の挨拶が終わり、私たちは温かい拍手に包まれた。斜め上から降り注ぐスポットライトと相まって、体の芯が震えるような、今まで感じたことのないくらい気持ちの良い高揚感だった。ふと横を見ると、私の代表挨拶がよほど良かったのか、ウィンもハインリヒも満面の笑顔で、ウィンは力強くグーサインを返してくれた。

 こうして私たちの出番が終わり、ステージから降壇しようとした、その時だった。

 真護会の特徴的な青白い服に身を包んだ人物が数名、私たちに近寄って来たのだ。彼らの纏う異様な雰囲気もさることながら、私が何より目を奪われたのは、その首元だった。皆、セリアさんと同じ、あの精巧な作りのチョーカーを身に着けていたのだ。


 ——……!


 彼らの様子に、私たちは何事かと少し立ち止まった。すると、ハインリヒが口火を切って尋ねた。


「あの……俺たちに何か用でもあるんですか……? そうやって突然詰め寄られても、困るんですけども……」


 中心人物らしき若い女性が、優しい声で頼んできた。


「実は今日。先導者エリオス様が、あなた方にぜひ見せたいものがあると仰せで、そのお遣いで私どもはあなた方の前に参りました。ぜひ我々にお付きいただけますでしょうか」


 意外にも、彼女らは私たちにへりくだって丁寧に挨拶をしてきたので、驚き、互いに見合う。


「どうする? ハインリヒ?」


「どうするって言ったって、別に危害加えられるわけじゃないからいいんじゃないか?」


「そんなこと言ったって……もし連れられて、人体実験でした。なんてことになったらどうする?確かに……エリオス様の頼み事だとしても本当のことか怖いし一回聞いてみたら?」


「確かにそうだな、一回、聞いてみるよ」


 するとハインリヒは前に出て、女性の職員に問いかける。


「あの……一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「はい、どうしました?何か疑問でもございますか?」


 女性は悟りを開いたかのように首を傾げ微笑む。


「本当に私達でいいんでしょうか?他にも優秀な人たちがいますし……こんな幼い私達よりも、エリオス様に会う資格のある方はもっと多い気もするのですが……?」


「いいえ、エリオス様はあなた方の事を呼んでいるのです。そして決して、エリオス様がいっておられましたが。あなた方に危害を加えることは一切ないとのことです。ご安心ください」


 何もかもお見通しの事実に一瞬体中に血潮が駆け巡る。ハインリヒは私に意見を求めてくる。


「だってさ……エアリアはどうする?俺たちと一緒に来るか」


「私も……もちろん一緒に行くわよ、三人で行くなら、少しも怖くないし……」


 しばらく囲まって相談し、私たちの意見が合致したので、彼女らのご厚意に応えようと、ついて行くことにした。彼らが案内したのは真護会の地下のようで、私たちは透明なエレベーターに案内されると、地底へと下りて行った。そして私たちはその光景に息を呑んだ。


 ——!


「すごい……」


「おい、これ本当に地下か?」「まるで別の惑星みたいだ」


 その地下は、まるで地上の田舎町がそのまま移されたかのような光景だった。

 地下にあるはずのない空には雲霧が漂い、それを人工的な恒星光が切り裂いていた。鳥の群れが光柱を縫うように飛び交い、何十本ものエレベーターが立ち並んでいる。そんな豊かな緑が広がる幻想的な光景に、私たちは息をのんだ。視線を下げると施設があるようで私たちはその施設に向かって降りていくようだった。そんな幻想的な世界を見ていたウィンは、何か疑問に思ったのか、真護会の研究員に問いかけた。


「なぜ地下なのに、これほど明るく幻想的な風景が広がっているんですか?どんな仕組み何ですか?何か特別なことをする施設なんですか?」


 すると職員の人は、まるで私たちに諭すように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「皆様お察しがいいですね。そうです。ここは、エリオス様が日々研究をなさっている特別な施設、その一角でございます」


 ——……?


 私たちはその答えの意味するところが分からず、しばらく考えていた。そんな私たちの困惑を察してか、彼女は優しく言葉を継いだ。


「そうですね……やはり、少し皆さんにはイメージしづらいようでしたね……。それでは唐突ですが、皆様は『エレクトロレポジトリ』という施設をご存じですか?」


「聞いたことがあります。確か世界各国にある施設で、恒星のエネルギーを蓄えておく施設ですよね。生活用電力など、色々な……?」


「ええ、おっしゃる通りです。そして、その中核をなすアルケオン粒子という我々でもまだ詳細が不明な未知の粒子の実験を行っております。実は、今この瞬間も、皆様には少しだけ、この実験にご参加いただいているのです」


 ——!


 彼女の言葉に、私は心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。思わず後ろに下がり、壁に背中をぶつける。他の二人も同じだったようで、私たちは無言で三人身を寄せ合った。


「はは、大丈夫ですよ。決して、あなた方に危害を加えることはありません。実はこの施設は、皆さまにとってはこれほど大きく町がすっぽり覆っているように見えますが、実際はビル一棟ほどの広さなのですよ。不思議でしょう」


 にこにこしながら言う彼女に私たちはたじろぎ、外の景色を眺めながら話し合う。


「信じられないよ……ハイン。こんな小さな空間にこれほどの規模の施設を地下に作るなんて、どれだけのエネルギーと技術が必要なんだ?君の頭ならなんかわかるんじゃないのか?」


「そんなこと俺だってわからないよ……でも、これだけは確信できる。俺たちが知らないことをエリオス様は知っているってことじゃないか?巷じゃ、世界一の知識と肉体を持つ存在とも言われているし……」


 彼は唐突に私に質問を投げかける。


「エアリアはこれについてどう思う?」


「う~ん、全然わかんない。分からないなら、そこにいる女の人に聞いてみたら?」


「まあ、そうだよな……」


 そうつぶやくと、ハインリヒはくるりと振り返り組織員に問い掛けた。


「すいません……なぜ、エリオスさんはこのような研究をなさっているのでしょうか?」


「——うーん、私たちにもエリオス様の真意は分かりかねます。ですが、研究とはそういうものではないでしょうか? まるで何かに導かれるように、未解明な事柄を解き明かすことに喜びを見出し、心血を注ぐ。その探求心があったからこそ、現代の豊かな生活があるのです。あなた方も、探求心を持って未知の混沌の領域に挑み、結果この賞を受賞されたのではありませんか?」


 研究員は冷静な面持ちで答えた。私たちは職員の言葉を噛み締め、深く聞き入っていた。


「さあ、もう少しで到着ですよ」


 そう促され、私たちはガラス張りのエレベーターを後にし、研究室らしい清潔感のある廊下を奥へと進んでいく。すると堅牢な扉が現れ、私たちはその厳重な部屋の中へと足を踏み入れた。



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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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