第23話 セリアさん④
放課後、生徒の姿が消えた教室には、昼間の熱気がまだこもっていた。私たち三人は机を寄せ集め、目の前の籠に視線を注ぐ。そこに捕らえられていたのは、先ほど森で捕獲した奇妙な昆虫だった。全体は茶黒く、頭部には胴体と同じくらいの二つの角。胸部、腹部はもちろんあり、一見いたって普通の甲虫に見える。しかし奇妙なのは、その脚だった。通常の六本ではなく、たった四本しかなく少し長め。さらに、中腹から生えた翅も、退化しているかのように小さいのだ。
「やったよ! ハインリヒ、あぅ!やっぱり虫無理!で、でも……君の思惑通りになったね! しかし、一体どうしてこんなことを思いついたんだ?ホント天才だよ!」
嫌悪と興奮の間で葛藤しながらも、後者が優位に立ちハインリヒに詰め寄るウィン。ハインリヒはそれを受けてどこか誇らしげに胸を張った。
「俺はさ、誰も思いつかないような、斜め上を行く発想を大事にしてるんだ。こういった誰も目をつけない、手つかずのブルーオーシャンを見つけるのが好きなんだよね。今回だって、皆が注目しない惑星アレアの生物の進化に着目すれば、何か面白い発見があるんじゃないかって、ふと思いついたんだ。これなら、小学生でエリオス賞も夢じゃないと思うんだよね。そうなれば、どんな状況に陥ったとしても、俺たちは世間から最大の『評価』を得られる可能性もあるんだよ」
エリオス賞——それは、科学、文学、社会貢献など、幅広い分野で傑出した業績を挙げた個人や団体に贈られる権威ある賞だ。少年部門、青年部門、成人部門と分かれており、近年は研究分野への関心が薄れつつあるとはいえ、少年部門でも受賞できれば、数年間は親の援助を借りずに三人で生活できるほどの賞金が手に入る。ハインリヒは、そこに目をつけた。学生人口がエリシアに比べて少ないアレアで活動する私たちなら、この星特有の環境に適応し、独自の進化を遂げた動植物が見つかる可能性が高い——そう踏んで、今回の調査に臨んだのだ。
「——これも、皆のおかげだよ。正直、俺もあまり虫が好きじゃないから、エアリアが女子にしては珍しく虫嫌いじゃなくて本当に助かった。ウィンもIT関係に強いから、データ収集を手伝ってくれたし。こんなに早く、異質な昆虫を見つけられたのは、本当に君たちのおかげだ」
「何を言うんだい、ハインのリーダーシップと、その発想力と知能。そして実行するための忍耐力があったからこそ、成し遂げられたんだよ、ホント凄いよ!凄いよ!」
「そうかいウィン。その褒め言葉、本当に嬉しいよ。はははははは」
「はははははは」
——っむ!
ウィンとハインリヒは顔を見合わせ、にこやかに笑い合う。そんな和やかな様子を横目に、私はハインリヒの言葉に少しばかり引っかかりを覚えた。まるで私が昆虫好きの変わり者のように聞こえなくもない。しかし、彼なりの感謝の気持ちであることは理解できたので、問い詰めるのはやめ、本題を促すことにした。
「それで、この後どうするの? 研究成果は、どうやってエリオス賞の本部に報告するの?」
「もちろん、論文にしてまとめるさ。確か……エリオス賞の申請締め切りは四期後の一八期だから、急いで取り掛かろう。そうしなければいいものは出来ない。もし俺たちで何かわからないことがあれば、遠慮なく先生たちに頼ればいいんだよ。ここの学校の先生の中には、元I.F.D.O.の研究者もいるはずだから、きっと力になってくれるはずだしな」
「それじゃあ後で、理科の先生のラミー先生を当たってみようよ、ラミー先生だったらいけるんじゃない?いい大学行っていたらしいしなんか、噂だとなんか博士号もとっていたらしいから」
「うん、そうだね。ウィンの言う通り、ラミー先生に指導してもらおう。これで決定だ!それじゃあまず、ウィンは知能機関を使ってデータを収集してまとめて、エアリアはラミー先生今日は多分帰ってしまっているから、明日から職員室に行ってラミー先生に協力をお願いしてくれるかい?」
「わかったわ」「わかったよ」
ウィンと私は返事をし、その日は解散となった。その後、待ちに待った夏休み期間が始まり、私たちはラミー先生の懇切丁寧な指導のもと、昼夜を問わず論文執筆という名の新たな戦いに没頭した。そして四期後、小学生ながらも胸を張れる程に質の高い論文を遂に完成させ、大きな達成感と共に提出を終えた。胸の内を期待と喜びに膨らませながら、発表日までの約二期間を普段と変わらぬ学校生活を送っていた矢先、待ち望んだ結果が遂に発表された。驚くべきことに、私たちのチームは、権威あるエリオス賞 少年部門、生物学部門での栄えある受賞を果たすこととなったのだ。
小学生の私たちにとって、エリオス賞の受賞はまだ実感が湧かなかった。しかし、この一年間、三人で協力し、文献を調べ、地道に統計を取り、試行錯誤を重ねてきた日々は、小さい頃の思い出として何物にも代えがたい輝きを放っていた。
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