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第23話 セリアさん③

「——う~ん、これはもう先天的なものですから、現状では仕方ありませんね、お母様……」


「そこはお医者さんの力で何とか、なりませんでしょうか? カプセルに入るとか、特別な治療で治すことはできないんですか?」


「それも、不可能ではありませんが……、いかんせん費用が莫大で……あなた方の現状のお預貯金では、対応はかなり厳しいかと……」


 白い個室の診察室で、セリアさんとお医者さんがなにやら真剣なやり取りをしていた。私はその様子を傍の椅子に座って聞いている。幼い私には、なぜそんなにも深刻な問題なのか、実のところ理解できていなかった。別に体の具合が悪いわけではないし、どこかに痛みがあるわけでもない。それでもお医者さんは、目の前のモニターに映し出された、鮮明な、私のお腹のあたりを写したであろう立体写真を示しながら説明を続けている。話を聞いているとどうやら、私の身体には、女性ならば誰でも持っているはずの子宮が、生まれつき存在しないらしいのだ。

 クラスの女の子たちの間で、生理が始まったという話題が頻繁に上るようになっていた。最近、私も胸が少しずつ膨らみ始めたけれど、下腹部には特に変化がなかった。そういえば、私にはまだそのような経験がない、と改めて自覚し、セリアさんに相談したところ、心配したセリアさんに連れられて病院へ来た、というのが、ここに至るまでの経緯だった。


「——それじゃあ……この子はこれから、女性として生きていくことが難しい、ということなんでしょうか? 先生?」


 セリアさんは目に涙をためながら、お医者さんに食い下がるように尋ねる。


「いいえ、決してそんなことはありません。別の生き方だってありますし、例えあなたのお子さんがご結婚されたとしても、養子を迎えてお子さんを育てるという選択肢もございます。子宮がないこと自体は、生命活動に直接的な影響はありません。これからは彼女がこの事実をどう受け止め人生を歩んでいくか、お子さんとよく相談して、彼女が困った時にサポートできるようにするのが、お母様にとって今は大切だと思います」


「そんな……それでも……」


 セリアさんは、私のために、積極的にお医者さんに相談していた。幼い私にも、これはもうどうしようもないことなのだ、ということは若い私にも理解できた。それよりも、セリアさんが、私のために、ここまで親身になって奔走してくれるという事実が、私の幼心に、じんわりと温かいものを灯してくれた。ただこの事実だけでも私には十分だった。


 診察を終え、私は再びセリアさんの運転するホバーバイクに乗り、学校へと向かった。バイクが走り出して間もなく、セリアさんが、私を気遣うように声をかけてきた。


「ねぇ、エアリア。本当に大丈夫? 覚悟はできているの……?」


「うーん、まだ、本当にピンと来ない、というのが正直なところかな。でも、こうして生きていけるだけで、十分じゃない?セリアさん。別に今は体も心も痛いところないし……」


 彼女は、それでもまだ心配そうな表情を浮かべている。


「よくそんな楽観視できるわね……エアリアが言うのもそうだけれど……でも……あなたはきっと、いつか誰かと自分を比べて、後悔する時が来るかもしれないわよ……それでもいいの?」


「うーん、まだちょっとよくわからないな……先のことなんて……ごめんなさいセリアさん、答えになってなくて……」


「いいのよ、そんなにあなたが気にならないならね……」


 セリアさんが、そこまで私のことを心配してくれるので、私は返答に困っていまい、どうしようかと間合わせに、教材の忘れ物がないか鞄の中身を確認しようとしていた。その時、セリアさんが、まるで独り言のように、不思議な言葉を呟いた。


「——まさか、本当にそうなってしまうなんて……。私の、あの時の選択は、本当に正しかったのかしら……?」


「セリアさん、今、なんて言ったの……?」


「え? あぁ、ごめんなさい。なんでもないのよ……気にしないで……」


「ふ~ん」


 私は、彼女の本音のような呟きに一瞬、疑問を感じた。何かの選択? 私と関係があることなのだろうか?しかし、彼女は、私を一瞥しただけで、それ以上は何も語ろうとはしなかった。

 しばらくバイクを走らせていると、私の通う小学校が近づいてきた。私はセリアさんに、少し手前でバイクを停めてくれるように頼んだ。


「ここで降ろしてもいいの? もう少し進んで校門の前まで行ってもいいんだよ?」


「ううん、ここでいいの。セリアさんだってお仕事があるんでしょう? 私、今日は急いで行かないと。そっちの方が、私なんかよりずっと大事でしょう?」


「気を遣ってくれてありがとう、エアリア。本当にあなたは、強い子ね。本当に私の自慢の娘だわ。きっと将来、どんな困難な事にも立ち向かっていけるわよ」


「励ましてくれてありがとう、セリアさん。じゃあ、またね」


「ええ、また」


 セリアさんはそう言って、ホバーバイクを発進させた。私は、彼女を見送ると背中に温かい陽射しを感じながら、意気揚々と学校へと歩き出した。今日の私には、どうしても早く学校へ行って、やりたいことがあったのだ。それは胸に秘めた楽しみを噛み締めるため、頭の中を整理し、気持ちを落ち着かせようとするための行動だった。


 私は学校へと続く道を歩いていた。

 すぅ~と全てを飲み込めそうな快晴の空が広がり、巨大な壁に囲まれた居住区は、私にとって見慣れた日常の風景だ。

 見上げると、二つの恒星が陽だまりのような温かさを背中に届けてくれる。ここは惑星アレアのエルフ府、セリアさんの職場であるI.F.D.O.の施設内に私たちの住む職員用住宅がある。恒星ルミナの光だけではやや弱いこの惑星で、豊かな自然環境を維持するため、運用されている『アリオス疑似恒星衛星』だ。その疑似的な日光を浴びながら歩いていると。


 ——あ、私だ。


 私はそれを見つけた。陽光をかっさらいながら優雅に滑翔(ソアリング)する一羽の大鳥。それは、以前違う世界の中で私が成った姿ととても似ていた。


 ——……。


 子育てをしながら優雅に、次の目的へ、未来へと進んでいたあの時の感覚を思い出すと、私の心にはぽっかりと穴が開いたように感じられた。それは、幼いながら私が自覚した、初めての世界との隔たりだった。

 形を変えようとしても、これからはどうにも変形できない。

 カチカチなものをふわふわに広げられない。

 例え、ふわふわになったとしても、もう大きく包め込めない。

 そんな灰色の思いに囚われ、自然と私はいつか、あの鳥のように自由になりたいと願っていた。

 だが、その空虚感を打ち消すように、私は大きく深呼吸をした。なぜなら当時、特に仲の良い男の子二人と計画している『ある目的』に、私は胸を躍らせていたからだ。



 学校に着いたのは昼休み。いつものように、二人の男の子はそれぞれフレモを二つ折りにして開き、画面を覗き込んでいた。一人はフレモを操作する、青みがかったくせっ毛そして柔和な印象のウィン。もう一人、ウィンのそばで佇む美少年は金髪で美しい青い目を持つハインリヒだ。私が近づくと、ハインリヒが待ちかねたように顔を上げた。


「やあ、エアリア、長らく待っていたよ! 今日は珍しく遅刻してきたけど、何かあったのかい?」

 頷いて答える。


「うん、最近少し体の様子がおかしくて。セリアさんが心配して病院に連れて行ってくれたの」


 ウィンが心配そうな表情を浮かべた。


「本当に大丈夫なのか? 大事じゃないといいけど……」


「ウィン、病気のことじゃないから大丈夫。それにほら、私、今ぴんぴんしてるよ。スキップもできるし、一回転もできる。心配しないで」


「ホントだ、出来てる出来てる。その様子だと多分……大丈夫だね」


 羽のない体を優雅に動かしてウィンを安心させると、ハインリヒが会話を続けた。


「本当か?それなら良かった……。それじゃあ早速だけど、昨日の続きでまだ見てないところかがあるから、また学校裏の森に行こう エアリア、ウィンいい?」


 ハインリヒの言葉に私たちは頷き、虫取り籠とフレモを手に、昼食もとらずに駆け出した。

 私たちが住む惑星アレアは隣星のエリシアより重力が弱いため、木々、特に広葉樹は高く成長しやすい。そのため、今いる森は七〇メートル近い高さにまで生い茂り、見上げるばかりだ。他にも巨大な昆虫や、夜には幻想的な光を放つ植物群落など、エリシアでは見られない独自の生態系を育んでいた。そんな高く鬱蒼とした森の中をひたすら進み、目的の場所へ到着した。そこは木の幹に糖蜜が塗られ、虫を効率よく捕獲するための簡易的な罠が仕掛けられていた。ウィンが先に駆け寄り、罠の中を確認する。


「来てよ! ハイン、お目当ての虫が掛かってるよ! あっ!で、でも僕はちょっと虫無理だからどっちかお願いできる?頼むよ~~~本当に無理なんだ~~~」


 ハインリヒと私は急いで駆け寄り籠の中を覗き込んだ。


「ウィン、報告ありがとう。ホントだ、ホントだ。入っている、入ってる。いやーほんと、待ちわびた甲斐があったよ! ほら、ウィン、もう少し近づいてみろよ。こんな珍しい虫、なかなか見れないよ? さあ、エアリア、これを籠に入れてくれるか?」


「ウヒッもう、虫を見るのはいいよ、気持ち悪い!やめてくれハイン!これに関しては僕も無理だよ。僕もだけどお願いできる?エアリア」


「うん、任せて!」


 私は言われるままにトラップの箱を開け、虫取り籠を近づける。甲虫の一番固いカラダの横側を片手ではさむように持つと、収まったのは私の上腕ほどの大きさの巨大な甲虫だった。“カシャカシャ”と音を立てて蠢く様は、以前セリアさんと訪れたエリシアの昆虫よりも大きく、神秘的ですらある。しばらく、私たちはその異様な姿に見入っていたが、ハインリヒがフレモを確認し、声を上げた。


「入ったね……そろそろ休み時間も終わるから持ち帰って、放課後詳しく観察しよう」


 私たちは顏を見話合わせ頷き、再び教室へ意気揚々と戻った。



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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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