第23話 セリアさん①
5期9日 昇恒5時45分
天気:晴れ
場所:首都レガリア 中心市街
夜明け前の東の空。
漆黒の闇が透き通るような蒼へと変わりゆくグラデーションの中に、それは顕在していた。空を覆い尽くす漆黒の巨大構造物、H・ゲート。まるで宇宙の深淵から切り取られた特異点のように、周囲の光を滲ませ、金属質の表面に蠢く未知の紋様が、静かに浮かび上がるその異質な存在感は、まさに悪夢そのものだった。
遠方では、H・ゲートを攻撃するアメリア軍の対空砲火、戦車砲、超放射レーザー砲が耳を劈く甲高い音を立てていた。光の雨のように無数の光芒が空に放たれるが、その攻撃はただ空を切り裂くだけで、虚しくも目標に届かない。ゲートは、その異質な存在感をさらに色濃くし、そこにただ鎮座していた。
その巨大な影の下、大都市レガリア。摩天楼の下では、混乱が極限に達していた。一部の市民はパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように街から逃げ惑う。しかし、あまりにも巨大なH・ゲートは、まるで全体を覆い隠す傘のように、どこに逃れてもその圧迫から逃れられないことを悟らせた。やがて人々は時間が止まったかのように、一人、また一人と逃げることさえ諦め、ただ空を見上げ、巨大な脅威に呆然と立ち尽くしていた。
そんな絶望的な光景の中、一人の黒髪の少年は、一人必死に地面を蹴りつけていた。「どうにかして生き延びたい」という切なる願いを抱えながら。だが、少年は知っていた。過去にH・ゲートが出現した地域が、すべて壊滅に飲み込まれたことを。自身もまた、その破滅の運命から逃れられないかもしれない——心の片隅で覚悟しながらも、それでも、かすかな光を求めて少年は必死に走っている。
しかし、どれだけ走っても、ゲートの支配領域から逃れることはできない。足を踏み出すごとに、まるで見えない重い鎖が脚に絡みつくように、体も心もゆっくりと重くなっていく。そしてついに、少年は力尽き、その場に立ち止まってしまった。
「すー……、はー……、すー……、はー……、はー!」
少年は、重い息を吐きながら空を見上げ、自身の短い人生を振り返る。今まで、良いことなど何もなかった。親に捨てられ、自力で生計を立てざるを得なかった幼少期。友達の家を転々とし、かろうじて食いつなぐ日々。心を埋める温もりも、安らぎも、一度として感じたことがなかった。運命は最後まで、僕には何も与えてはくれないのだろうか……——少年は、そんな諦念にも似た感情に支配されそうになっていた。
——!
その時だった、遥か遠くの空の端に、一筋の光の線が現れた。少年は、目を凝らし、息を呑んだ。それは、細く、しかし確かな光芒だった。まるで意思を持つかのように、迷いなくH・ゲートへと向かって、果敢に突進していく。少年は、本能的に悟った。あれは、誰かが、絶望的な運命に抗い、絶対的な脅威にただ一人立ち向かおうとしているのだと。
少年は、固唾を飲み、指の骨が軋むほど強く拳を握りしめた。今、彼に残された希望は、あの光芒一つだけだ。それは、彼の短い人生において、最初で最後になるかもしれない、希望の光だった。
すると、その光芒は、まるで一瞬咲いた小さな花の中に飛び込むように、蒼い海へと消えた。流れ星のように、儚く、それでいて柔らかに。光芒の正体はわからない。それでも少年は無意識のうちに、地面に両膝をつき、未知なる存在に希望を託す時の動作をしていた。両手の指を交互に組み合わせ、願うように顔の前で掲げ、目を閉じて、心の中で言葉を紡ぐ。
——どうか、助けてください……。
少年の切実な願いが、空に届いたかはわからない。ただ、空は依然として、静かに、夜から朝へと時を移行させていた。
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