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第22話 混沌の中へ④

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ~四期前~


「それで、変身した後、僕は一体どうすれば良いんですか?……そもそも、『Enhanced Protocol (エンハンスドプロトコル)』の意味が理解できないんですけれど! 強化? 何を強化するんですか?」


 エヴァンさんはいつものように、どこか飄々とした、しかし自信に満ちた口調で言った。


「まあ、まあ焦るな、その点も、全て知能機関シオンに委ねられるようにアップデート済みだ。心配はいらない。問題は……時間制限の方だ。A・スペース内の物理定数にもよるが、形態変形をしても実体として存在できるのは、エリシアの基準時間にしておそらく十数分が限界だろう。だから、速やかに対象を破壊し、即座に帰還しなければならない」


「なぜ、存在時間が限られているんですか?」


 僕は素朴な疑問をぶつけた。


「シンが装着しているアーマーは、最新の量子情報理論を基盤として設計されている。さっきも言ったが、異なる物理定数を持つ異空間においても、物質を情報として扱うことで、人体情報を維持したまま存在を可能にする。しかし、今シンが使用しているアーマーは、まだプロトタイプだ。もし想定を遥かに超える異質な空間に突入した場合、量子コンピューターや知能機関シオンの演算処理能力が限界に近づき、情報維持が困難になる。その結果、実質的な活動時間に制約が生じてしまうんだ」


 エヴァンさんの解説は専門的で、正直なところ、全てを完全に理解できたわけではない。しかし、細かい部分は後で勉強するか、いざとなればシオンの高度なサポートを受ければ問題ないだろう。頭の中で理解し、僕はより実践的な疑問を口にした。

「それで、その空間核は、どうすれば破壊できるんですか? 発見次第、搭載されているエネルギー砲で砲撃すれば良いのでしょうか……?」


 エヴァンさんは静かに首を横に振った。


「残念ながら、それだけでは一つの宇宙空間を形成するほどの巨大な核。それを破壊するためには、エネルギー出力が足りないんだよ」


「それじゃあどうすればいいですか?」エヴァンさんの返答に、懸念を感じる。


「そこで、今回行うのは動力源であるアルケオンドライブの出力を最大限に活用した、特殊な攻撃方法を試す必要がある」


「それは、一体どのような攻撃方法なのですか?」


 僕はエヴァンさんの答えに、再び固唾を呑んだ。


「それは……」


 エヴァンさんは言葉を区切り、僅かに間を置いた。そして、次の瞬間、真剣な表情で両手首の内側を合わせ、僕に向けてゆっくりと掌を開いてみせた。まるで花が開くような、その優雅で、しかし力強い仕草に、僕はまたしても言葉を失い、開いた口がしばらく塞がらなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 無機質な怪物が激しく痙攣し、今にも空間を切り裂こうとするかのように周囲を震わせた。その正面、虚無を切り取ったような漆黒の空間に、突如として歪んだ揺らぎが生じ、吸い込まれるように穴が開く。その裂け目から垣間見えたのは、信じがたい光景だった。


 ——……‼


 青い海と、まるで微細な粒子が凝縮したかのような都市群。紛れもなく、首都レガリアだ。怪物は、その都市を標的としている。僕たちが地上から絶望と共に仰ぎ見た、あの同心円状の巨大な幾何学構造体。


 ——間違いない。


 この怪物の能力によって、僕たちの宇宙と、混沌の領域が完全に接続されたことを知った。僕の思考は結論に飛びついた。直ちに行動しなければ、レガリア都市は消滅する。それは、疑いようのない確信だった。

 僕は大きく息を吸い込み、一気に吐き出して呼吸を整えた。そして、即座に意識を集中させ、脳裏に焼き付いているエヴァンさんの仕草をトレースする。両手首の内側を合わせ、掌にエネルギーを集束させるように、血液を流し込むように意識をする。力を入れるようにゆっくりと、怪物に向けて開いてみせた、あの動きを。


 Bastard Mode  typeⅠ (バスターモード タイプⅠ) ⅠD42 7m42S9542……  FRM18,232


 脳内でコマンドが反芻され、祈るようにその発動を念じる。その瞬間、HDU数値が急上昇するとともに、無の空間から何かが凝縮し始めた。それは僕の手の甲を取り囲むように、無数のエネルギービットが幾何学的な秩序をもって現れる。それは、まるで深淵に咲く大きく、鋭利な花弁。僕自身の数十倍はあろうかという、巨大なエネルギーバレルが、目の前に極小のパズルの如く形成していた。それと同時に、背部装甲から、腕の方に強烈な光芒とエネルギーの奔流が噴き入るのを感じた。ふと背後を確認すると、そこに現れたのは、驚くべき光景だった。

 目の前の怪物と呼応するように、僕の背中に備わる六つの長六角形が変形。青白い光の筋が走る巨大なエネルギー吸収装置のような物に変化していた。それは、まるで無機質な翅。翅先からエネルギーを吸い上げ、エネルギーバレルへと送り込んでいるようだった。


 ——行ける! このままなら……。


 前方のマズルには巨大なエネルギーの奔流を蓄えて続けている。僕は、微かな希望を胸に、今、エネルギー砲を発射しようとした。まさにその時だった。


 “ドカッ”


 ——⁉


 鈍重な衝撃音と共に、何かが横から激突する感触。それは、まるで不可視の壁に叩きつけられたかのようだった。視界は大きく揺れ、怪物の姿は遥か彼方へブレて小さくなっていく。僕は彼に弾かれたことを瞬時に理解し、咄嗟にHDUを確認すると

 、

 Predicted Survival Time(予測存続時間) 6m28S1632……  FRM10,222


 表示された数値は、容赦なく突きつけられた現実だった。存在時間、そしてアーマー維持のための情報残量が、瞬く間に激減している。僕は、背筋を氷水で撫でられたような冷酷な感覚に襲われた。  

 ——もう、残された時間は僅かしかない。急がなければ。

 体勢を立て直すと、僕は再び怪物へと機態を向け、その核を目指して、敵の攻撃を紙一重で回避する。右へ、左へ、そしてまた右へ。紙一重の回避機動で距離を縮めていくことに集中した。そして、再びバスターモードを試みる。


 “ドカッ”


 しかし、再び鈍重な衝撃音 と共に、何かが横から激突する感触。先程と全く同じように、砲撃は虚しく弾かれた。 再び体勢を整え、攻撃態勢へと転じようとした、その刹那。再び目の前の情報を確認する。


 Predicted Survival Time(予測存続時間) 2m21S9876…… FRM54,00


 HDUに表示された時間は、再び容赦なく減っていく。喉が渇き、呼吸が浅くなる。このままでは、思考すら霞んでしまいそうだ。残されたチャンスは、残り時間とFRMから逆算して、同じことはただ一度きりだと僕は確信した。この最後の好機を絶対に無駄にはできない。


 ——どうすればいいのか……。


 思考の海に沈むがはっきりとした解決策が見つからない。僕は再びあの異形の怪物へと突撃をかけるための算段を模索し続けた。


 しばらく怪物の周りを旋回しながら遠距離からエヴァンさんから教えられたさまざま攻撃方法を試みた。しかし、怪物の一部を破損させる程度で決定打にはならない。三度、四度接近を試みるも、何度となく触手に弾かれ容易には近づけない。FRMも存在時間も限定された状況に何もできていない。自分の体がより熱くなる感覚がする。

 その一方で怪物の体は、今まさに涙滴形へと変貌し、すでに臨界状態に達している。首都レガリアに向けて、破壊的なエネルギーの奔流を解き放とうとしていた。まるで空間そのものが歪んでいるかのように、これまで見たこともない未知の光子が、目に見える速度でその歪んだ中心へと吸い込まれていく。


 ——これが……本当に、最後のチャンス!


 この状態ならば反撃する余裕もない。だが、同じパターンで行くわけにもいかない。そう判断した僕は、全身全霊を懸ける覚悟を胸にシオンに指令を送る。


「(今までの対象の攻撃パターンを分析し、次に行う行動パターンを予想して僕に送ってくれ!)」


『(シン、了解しました)』


 すると即座に分析が始まり、HDUに記録されたシオンの動画や記録が、滂沱の如く流れる。しばらくの後、分析が完了し、その情報が一瞬にして僕の脳内にインストールされた。シオンが脳内に叩き込んだデータは、過去二度の失敗の核心を指し示していた。


『(映像分析、そして我々行動パターンを統合した総合的な分析の結果、おそらく対象は常に特異な対象空間の観察を行っており。今回の場合、攻撃目標がバスターモードを起動しようとした際、対象はモードによっては発生する特異かつ微細なエネルギーの収束をトリガーとして、空間干渉によって非線形予測を行い、攻撃を事前に予想していることが考えられます。よってバスターモードの起動完了以前に、必ず防御反応が発生しています)』


 ——つまり、バスターモードの起動動作そのものが、奴の防御を誘発させていたのか……?


 だが、それならどうすればいい? 起動せずにあの核を破壊することは不可能だ。そんなカオスの中、頭の中で解決策を探すうち、シオンが次の情報を提示した。


『(対策として我々は防御反応の遅延を試みることが妥当だと考えられます。少々FRMは減少しますが、バスターモード起動のための予備動作を、回避運動の「残響」に見せかける。つまりデコヒーレンスすることで、空間干渉発動までのディレイを発生させることが可能です。ただし、そのディレイの間に、超至近距離、対象の重力圏以下まで接近し知覚範囲外で射出を完了しなければなりません。これまでの対象の行動パターン、または特異な知覚能力の分析から成功確率は理論上、一五%未満です)』


 ——成功確率一五%……。


 この死と隣り合わせの状況で、それは事実上の賭けに近かった。しかし、回避を優先すれば時間切れでレガリアは消滅する。

 刹那の困惑。

 だが、意を決してここまで来た。もうやるしかない。


「(シオン、やろう。その回避プロトコルを、全力でサポートしてくれ!)」


 そう送ると、跳ね上がる心臓の息の根を止める。

 僕は意を決し、三度目の正直とばかりにシオンのサポートと共に菱形の獣へと突進し始めた。


 Duplicate Mode(デュプリケイトモード )   1D32 1m22S8613…… FRM48,00


 “シュン‼シュン‼シュン‼シュン‼シュン‼シュン‼シュン‼シュン‼シュン‼”


 真空を空間を、まるで光子を切り裂くように進む。

 周囲の液体散乱を、舐め回しながらひたすら進む。

 一方の怪物は体中を震わせながら、それでも容赦なく無機質かつ非線形な攻撃を浴びせてくる。

 ただ、対策が実ったのか、その数は減少し、網目が目視できるほどにはなった。僕は迫りくる物体を弾き、時には表層に触れ、いなしながら、隙間を抜ける蛇の如く突き進んでいく。


 しばらくして目前の菱形の詳細が明らかになる。

その造形はまるで宇宙に咲くガラスの飴細工。まるで溶けた糖質繊維が、綿あめ作りに失敗した子供を襲う悪夢の如く僕に迫ってくる。

 そして、それは粘っこい甘さと引き換えに、僕に痛みを分け与えてくれた。

 事実、接近するたび、滂沱の攻撃が表皮に僅かな火傷を起こす。

 だが、構わない。雨の発生源、雲塊を目指してひたすら僕は突き進む。

 右へ、左へ、上へ、下へ……。

 斜め右上。斜め左下。斜め左下。斜め右下。

 人間ドリルに変遷しながら。

 かわし、ひねり、回り、

 時折傷つき、溶けながらも突き進む。

 そして三度目、今度は至近距離まで接近した。

 眼前には巨大な流動金属の網壁、そして中央には巨大な赤色核。

 僕は両手を重ね合わせ、三度バスターモードのプロトコルを開始する。

 ゆっくりと、しかし確かに、周囲の微細なビットが集まり始め、ゆっくりと、壮大な高密度のエネルギーバレルが形成されていく。それに合わせて、僕の体は内側から沸騰するような熱を帯び、高揚していくのを感じる。


 ——これなら……これなら必ず!


 そう確信した、まさにその刹那。


 “ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー”


 けたたましい、耳をつんざくような警告音が、脳内に直接響き渡ると同時に、視界が一瞬にして閃光のように真っ赤に染まった。僕は、一体何が起こったのかと、反射的に意識を覚醒させ、HUDに表示された緊急情報を確認しようと目を凝らした。


 Predicted Survival Time(予測存続時間) 0S000  FRM300


 世界が虚無となった。

 目を疑うような数値が、まるで現実を嘲笑うかのように、嘘偽りなく目の前に突きつけていた。

 すると、目の前の世界がゆっくりと変遷していく。

 それはまるで世界が断絶されていくようだった。


 ——!


 その瞬間、視界は内側から焼き尽くされるように青白い光を発し、アーマーはまるで沸騰でも始めたかのように、激しく、そして絶え間なく振動し始めた。それと同時に悲鳴を上げるように軋み、煮え滾り、体内のあらゆる神経が千切られるかのような灼熱の痛みに苛まれた。細胞がバラバラに引き裂かれる形容する言葉さえ見つからない激痛が、僕の存在そのものを否定する。 


「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」


 僕は、叫びながらも消えゆく自我と攻撃の灯火を繋ぎ止めようと、最後の力を振り絞る。アーマーの表面が波打つ腕を再び前に突き出し、エネルギーバレルを再び作ることは出来た。しかし、辛うじて形成されていたはずのそれは、まるで力が抜けていくように、無残にも崩壊していく。その輪郭は歪み、エネルギーそのものが霧散していくように消え始めた。僕の視界も同様にまるで生命活動の終わりを告げる走馬灯のように、腕、脚、胴体と、認識していた身体部位が、まるで精緻なデジタル情報が分解されるように、粒子となって空間へと溶け出し霧散していく。微かに、しかし確かに残された意識の片隅で、知能機関シオンの無情で、無機質な合成音声が、終末の通告を告げた。


『(危険。危険。量子分解します)』


 細胞の一つ一つが泡立ち、その一つ一つに痛みが切れていく。


 ——クソ! クソ…! ッ……!


 怒り、悲壮、絶望、憤慨。そうした複雑な負の感情が、意識の最深部に奔流となって押し寄せ、激しく揺さぶる。いかに強烈な感情の隆起を試みても、もはや抗う術を持たなかった。僕の初めて挑んだ混沌との戦いは、あまりにも過酷で、そして無情にも、存在そのものが消失するという結末を迎えたのだった。


「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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