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第22話 混沌の中へ②

 エヴァンさんはフレモの画面を操作し、倉庫から遠隔で僕の機態を運び出し始めた。機態は疑似半重力状態で空中に浮いたまま、ゆっくりと広場へと向かっていく。

 僕は機態を追うように外へ出て、ステラリンクを操作し、リフトを降ろすと、慎重にコックピットへと乗り込んだ。座席に収まり、ステラリンクを通して指示を出す。


“ッッッッッッ”


 すると脚部から機態とのリンクが確立される微小な音と共に神経と一体となる感覚がじわりと伝わってくる。まるで自分の体が機態と一体化していくような錯覚を覚えながら、ステラリンクとの接続状態を確認する。

 脳内で僕は急いで機態の起動プロセスを開始した。


 ——量子バイオセンサーの較正。位相高調波共振の安定化。最適な圧力分布の確認。ステラリンクとNX-01Aノア統合システムの同期開始。完全生体量子情報スキャン完了。周囲環境情報知覚化情報処理を開始……。


 シークエンスが進む度、目の前の景色はコックピット内の淡い青の光と共に「無」から「有」へと変貌し、体の底から僕を支えるような不思議と暖かい感覚がゆっくりと湧き上がる。


 ——ニューラルリンク確立。シナプス経路および感覚入力統合較正。ASFアーマー環境適応チェック。ステラリンク伝達遅延が許容範囲内であることを検証。アルケオンドライブ、スタンバイ状態へ移行。主要および副次システム起動シークエンス開始。兵装システム初期化。位相領域座標および脅威評価データをロード。機態の位相シフト同期を確認…………。


「エヴァンさん、準備完了です」


 僕はエヴァンさんやレーアがいる下の方を向いて言う。倉庫の前で、レーアは手を重ね僕を見つめ、エヴァンさんは深く息をついた。その表情には、わずかな迷いと、それでも揺るぎない決意が入り混じっているように見えた。


「いいか、もう一度言うぞ。できる限りお前のサポートはする。だが、対象空間に入った瞬間、俺との通信は完全に途絶する。それ以降は、お前と《シオン》だけで全てをやらなければならない。分かっているな?」


「分かってます」そう言うとエヴァンさんは少しの時間うつむいていたが顔を上げながら言った。


「悪い……シン、最後にいいか……」


「はい、エヴァンさん、どうぞ」


「シン……死ぬなよ」


 いつもの自信に満ちた声とは違う、どこか震えるような微かな響きが込められていた。だからこそ僕は、逆に彼らを安心させるようにグーサインをして力強く応えた。


「大丈夫です、レーア、エヴァンさん行ってきます!」


 敵のいる方角を定め、両腕でレバーをしっかりと握り、出力を上げていく。機態が微かに振動し、高音の駆動音が響き始めた。全天球に一瞬、薄青い波動が駆け抜けると、重力から解放されていくような浮遊感が全身を包んだ。機態は静かに浮上する。やがて前方にエネルギービットが出現し、それぞれから伸びた青い幾何学的光芒が僕の機態に繋がれる。ビット群を慣性アンカーとして引っ張られると、星の海へ吸われるように一気に加速した。

 ふと後方を振り返ると、エヴァンさんの倉庫が急速に小さくなっていくのが視界の端に見えた。ゆっくりと、しかし確実に、機態は上空へと進んでいく。最後に、もう一度だけ振り返った時、倉庫は既に小さな点となり、やがて闇に溶け込んで見えなくなった。胸にこみ上げる重い感情を奥底に沈め、僕は目の前に広がる未知の混沌——ヘルズ)・ゲートへと意識を集中させた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ——くそっ、間に合ってくれ!


 機態は首都レガリアを目指し、限界まで速度を上げて夜空を切り裂いていた。エヴァンさんの家での、あの迷いと葛藤の時間が、今となっては酷く惜しまれる。H・ゲート発生時刻の昇恒五時四〇分まで、残された時間は僅か。間に合うかどうか、まさに一刻を争う状況だった。僕はシオンの力を最大限に引き出し、研ぎ澄まされた視覚を極限まで拡張する。遥か彼方、肉眼では捉えられないはずの距離を、まるで目の前にあるかのように、一点の曇りもなく捉えようと意識を集中させた。そしてついに、視界の遥か先に、群青の闇を切り裂くように、目的のものが姿を現す。

 巨大な同心円状の金属構造体——悪夢の具現、H・ゲートが、そこに確かに存在していた。

 その異様な構造体の周囲には、大小様々な光芒が雨あられのようにH・ゲートへ向かって飛び交っており、僕はすぐに理解した。アメリア軍は、絶え間ない猛攻をH・ゲートに仕掛けていたのだ。しかし、その必死の砲火は、まるで焼け石に水だった。無数の攻撃の光は、広大な湖面に砂粒を投げ込むように、虚しく拡散していくばかりで、H・ゲートの表面には、微かな傷一つすら見当たらない。このままでは、本当に間に合わない——首都レガリアへの壊滅的な被害は、もはや時間の問題だろう。焦燥感が、僕の胸を締め付ける。


 ——いや……それだけじゃない!


 僕の思索は巡る。首都レガリアの地下深くには、南半球全体の都市生活を支える、巨大なエネルギー貯蔵庫——エレクトロレポジトリが眠っている。もしH・ゲートが発する光の柱がレガリアに到達するような事態になれば、被害は都市部だけに留まらない。半径数百キロに及ぶ広範囲が、壊滅的な影響を受ける可能性すらある。


 ——急げ! もっと速く!


 焦燥感が、喉を締め付けるように押し寄せる。だが現在、機態の速度は第一宇宙速度辺り。戦闘機態の形状である以上、現状の速度では、どうしても間に合わない。空気抵抗という壁が、更なる速度向上を阻んでいた。この絶望的な状況を打破するには、機態の形状そのものを、より鋭角に、まるで「針」のような、空気抵抗を極限まで減らした形状へと変形させる必要がある。


 ——針……?


 その瞬間、以前デニーさんが訓練中に見せた、驚異的な機動が鮮明に脳裏に蘇った。あの時、デニーさんの機態は垂直に急降下し、水面に激突する寸前、まるで水面を切り裂くように機態の形状を変化させることで、衝撃を最小限に抑えていた。それは、アルフレッドさんと初めて出会った時、彼が僕に見せつけた、重力を無視するような技術でもあり、僕自身もまた、初めてH・ゲートに巻き込まれた、あの悪夢のような瞬間、無意識に試みた、かすかな記憶がある。


 ——今の僕なら、もう一度、きっと……できるはずだ!


 確信に近い強い衝動が全身を貫き、胸が高鳴る。僕はシオンに意識を埋め込み、脳内で機態の制御を緻密にシミュレートする。しかし、今回は以前とは明らかに異なっていた。エヴァンさんがステラリンクをアップデートしてくれたのだろうか? 僕が変形操作を試みようとした、その瞬間だった。

 脳内にデータが書き込まれ(エンコード)。無意識のうちに機態にフィードバックする(デコード)。すると全天球画面に、“シュン“という風切り音と共に青い波動が一瞬だけ駆ける。それは、空気を振動させるというより、むしろ空間そのものを捩じ切るような、異様な静寂を伴っていた。ふいに自身の体に視線を向けると今度は自身のアーマーの境界面を中心に、まるで眠っていた生命が覚醒したかのように、淡く青い光が、体のラインに沿って奔り出した。


 ——一体、何が起こっているんだ?


 F.D.Ⅰ(フェムト・ユニット・データ・インテグレーション(Femto-Unit Data Integration))  Start Strings Protocol  ⅠD5


 驚愕に息を呑んでいると、HDUに「F.D.Ⅰ」という文字が浮かび上がり、その隣には、何かを示すように「ID5」という数字が、小さく表示された。その直後、僕の視界が、まるで何かに締め付けられるように、急激に狭まり始めた。


 ——……⁉


 一瞬体中を微細な電気が駆け巡り、心臓は掴まれた。だが、視界の狭まりは唐突に止まり元の視幅に戻る。僕は安堵した。


 ——!


 だが、HDUの機態表示はまるで針の様に変形し見たこともない形態に変わっていた。おそらく変形後の機態の横幅は、目測で1メートルもないだろう。この極限まで絞り込まれた機態で、人間が生きていられること自体が、奇跡のように思えた。僕はエヴァンさんが施したメカニカルな部分は理解不能だ。どうやら機態との一体化を極限まで進め、生体機能を維持する、未知のシステムが働いている。今はその理解に留めるだけにした。

 そんな混沌とした思考が脳内を駆け巡る中、ふと、この異様な姿が外部からどのように見えるのか想像してみる。おそらく、空を文字通り「針」が飛んでいるような、奇妙で異様な光景だろう。それでも、この変形によって速度が向上し、H・ゲートへ僅かでも早く近づけるのなら、それで構わない——そう強く思い、再びHDUに視線を向けると、機態は既に第二宇宙速度を超える、信じられない速度で飛行しているようだった。


 ——これなら……あと、少し数十キロで……。


 その時だった。


 Superphase Transition(超相転移)


 HDUに青白い光を放つ「Superphase Transition」という、聞き慣れない警告が表示される。脳内で指令を送ると、機態の目の前に、六つの巨大なエネルギービットが円弧を描き、幾重にも重なり合って出現した。その中心には、見るものを引き込むような歪んだ色彩を放つエネルギー場が、巨大な口を開けて待ち構えていた。その歪みは、遥か下方のレガリアの灯火さえも不気味に滲ませ、周囲の空間から全てのエネルギーを奪っているようだった。

 様々な想いが、走馬灯のように脳裏をよぎる。無残に消えゆく仲間たちの光景、エミュエールハウスでの温かく、かけがえのない日々……。それらの記憶を胸に深く抱き締め、今、僕は目の前に広がる、巨大な円を、静かに見据える。もう後戻りなどできるはずもない。


 ——さあ、行こう!


 僕は静かに深呼吸をし、アルケオンドライブの出力を限界まで引き上げた。それぞれのビット群から青い光の幾何学的光芒が機態と繋がり、機態全体が一瞬、まばゆい黄金の光を放つ。僕は迷うことなく、歪んだエネルギー場へと突入していった。




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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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