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第21話 失われた希望②

  1年前  23期 下旬 降恒8時15分 天気:曇り 


 ——ど、どういうこと⁉ 


 僕は目の前に突き付けられた事実に困惑していた。

 実家のリビング。両親が、食卓を挟んで向かい合い、何やら深刻な面持ちで机上の資料に見入っていた。その資料は僕の出生に関するもののようで、両親はI.F.D.O.(アメリア恒星間航行研究開発機構)から送られてきたらしい書類を食い入るように見つめていた。偶然、その様子を目撃してしまった僕は、両親の尋常ではない様子に、胸騒ぎを覚えた。

 両親は、よほどその内容を僕に知られたくなかったのだろう。僕が彼らに近づき資料に手を伸ばそうとした瞬間、母親は素早くそれを掴み上げ、僕から隠すように背後へやった。しかし、どうしても中身が気になった僕は、母親に詰め寄った。


「ねえ、どうして教えてくれないんだよ? 昔から、家では隠し事は良くないって、お母さん言ってたじゃないか! その教えは、こういう時には適用されないって言うの?」


 母親はしばらく俯くように視線を落とし、言葉を探すように沈黙していた。やがて、その重苦しい空気を耐えかねたように、父親が諦めたように口を開いた。


「もういいんじゃないか、シンも来期で成人する。そろそろ真実を打ち明けるべき時だと思うよ、母さん」


 父親の言葉に後押しされるように、母親は堰を切ったように涙を溢れさせた。ただ事ではない事態であることを悟った僕は、何も言えず、母親が落ち着くのを静かに待った。そして、ようやく母親は意を決したように、震える声で告白した。


「……あのね、シン。何て言ったらいいのか……正直に言うとね。あなたは……本当の……私たちの子供なのか、正確に……分からないのよ……」


 ——……え?


 両親達が何を言っているのか、僕は理解することができなかった。まるで現実感がなく、ただただ、今まで自分が住んでいた家の光景、家族の温かい団欒、両親から注がれてきた愛情、その全てが音を立てて崩れ落ち、冷たい風が僕の体を容赦なく吹き抜けていく。

 その後も、母親は淡々と、話せる限りの事情を説明してくれた。昔から子宝に恵まれなかったこと、ある日、藁にも縋る思いで、I.F.D.O.の募集に応じ、両親の卵子と精子を提供したこと。本当は、この事実は秘匿にされるはずだったが、今、こうして話してしまったこと……。

 僕は、まるで内容が理解できない外国語のリスニングテストを聞くかのように、両親の言葉をただ聞き終えた。両親の必死の謝罪も、もはや僕の耳には届いていなかった。


「シン、聞いているのか?」 


 父親の声に、僕はようやくハッと我に返った。しかし、依然として頭の中は真っ白で、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。

 両親の話を聞き終えると、僕はまるで抜け殻になった蝉のように、重い足取りで二階の自室へと向かった。すぐにベッドに倒れ込むと、見慣れたはずの自室の天井が、今日はどこか違って見えた。奇妙な違和感に包まれ、目の前の光景はただ網膜に映るだけで、心には何も届かない。僕は耐えきれず、すぐに目を閉じた。その日は、頭の中が混乱と衝撃で飽和したまま、まるで深い淵に沈んでいくように、眠りに落ちていった。



 翌々日  天気:曇り


 期末テスト期間中の一時帰宅が終わり、今日から僕は再び東アメリア高等士官学校のあるフォートヘリオス州へ戻り、学校生活を再開することになった。一昨日の両親からの衝撃的な告白が、まるで分厚い鉛のように今もなお、僕の心を重く覆っていた。しかし、今の僕には三期後にキャリア組選抜試験が控えている。感傷に浸っている暇は、惜しくも僕にはなかった。僕は意識して気を引き締め、教室へと足早に向かった。

 だが、授業に集中することは、やはり難しかった。今日はテストの見直しと解説という比較的軽い内容だったのが、せめてもの救いではあった。けれど、それでも講義内容はまるで頭に入ってこなかった。教科担任が書く文字や発する声は耳をすり抜けていった。

 昼食の時間になり、いつもの五人――ジャン、イリア、ミハイロワ、ムルと僕は、慣れた足取りで屋上を目指した。いつも僕たちはこの時間、皆で囲んで食事をしながら試験に向けた課題に取り組むのだが、今日はどういうわけか、僕を除く四人がひとまとまりになり、なにやらひそひそと内緒話をしている。一方の僕は、そんな彼らを視界の端に捉えながらも、彼らの輪には加わらず、ただひたすら空を見上げ、静かに黄昏れていた。空は僕の心象風景を映すかのように、どんよりと厚い雲に覆われていた。


 ——いっそこのまま雲になって溶けてしまいたい……。


 そんな同化願望にも似た考えが頭をよぎった時、ジャンが僕の心を見透かしたように、心配そうな声をかけてきた。


「シン、なんだか元気ないな。今日は朝から授業中もずっとぼーっとしていてどうした? 何か困ったことでもあったら遠慮なく言ってくれよ」」


 続いて緑髪のミハイロワも顔を近づけてきた。


「今日は私たち、あなたを喜ばせようと色々計画していたのに、そんな様子じゃなにもできないじゃない」


「おいおい、ミハイ!何をわざわざシンに言ってるんだよ、それ秘密にしようとしていたのに……くそ、お前のせいで全てが台無しじゃないかよ」


 ムルが天を仰ぎ、隣でイリアもこくりと頷いてた。


「別にいいじゃない。こんな状況でプレゼントを渡したって、シンに喜ばれるはずないでしょ」


「なんだよ!」


 すると二人は子供のようにぐちぐちと言い合い始め、イリアはじっとその様子を見守っている。


 ——そういえば、今日、僕の誕生日だったか……。


 正直なところ、誕生日などどうでもよかった。それよりも、今は胸に積もったこの重さをどうにかして晴らしたかった。しかし、そんな個人的な感情を、試験のために集まっただけの、いわば “戦友” のような彼らに理解してもらえるだろうか? そんな重い思考を巡らせていると、僕の体も心も完全に脱力し、打ち明けることを諦めかけていた。その時、ジャンが僕のすぐそばまで歩み寄り、真剣な眼差しで言った。


「お願いだ、何でもいい思ったことを言ってくれないか。シン、俺たちは仲間じゃないか。 あと数期もすれば、俺たちはそれぞれの進む道へ別れてしまうかもしれない。もしかしたら、今後は仕事仲間として関わることになるかもしれない。けれど、今、この瞬間にしか言えないことだってあるはずだ。だから、今のうちに話しておいた方が、俺はきっと良いと思うんだ」


「ああ、それに関しては、ジャンの言う通りだと思うよ。今抱えているものを吐き出した方が、きっと楽になる。抱えていたら試験に影響するかもしれないからな」


 ムルが目を薄めて諭す。


「私もそう思うわ! 実は、私も以前、ジャンに相談に乗ってもらって、試験のことで頭がいっぱいだったのが、ずいぶんと気持ちが軽くなったのよ」


 ミハイロワもそう言い、イリアも僕を見つめる眼差しは真剣そのものだった。彼らの飾らない優しさが、固く閉ざされていた僕の心のわだかまりをゆっくりと解きほぐし、再び僕という人間を形作っていく。意を決した僕は、つい二日前に両親との会話で知った衝撃的な事実を包み隠さず語った。

 話を聞き終えたムルは、あっけらかんと答えた。


「なんだ、その程度のことで悩んでたのか?別にいいじゃないか、今シンは生きてるんだし、しかもシンはこれまで両親からたっぷりと愛情を受けて育ったその事実は変わらない。俺から見たら、とても恵まれていると思うぜ」


「まあ、そうだけど……」僕は考えた。


「親に道具みたいに雑に扱われたわけじゃないんだから、シンは恵まれてるよ」


 そう彼は言ってくれたが、僕の心の中にはまだ大きな塊があった。恵まれていることは頭では理解できる。だけど、この胸のざわつきは一体何なんだろうか。


「でも……、両親と遺伝子が違うんだよ? そのことに普通、違和感、感じない?」


「何言ってんだよ。遺伝子なんて、所詮、塩基配列をちょこっと入れ替えただけのものじゃないか。そんなこと、なんでそんなに気にする必要があるんだ? 昔の末期少子時代だったら、そんなの気にしていられなかったぞ!」


 ジャンのアドバイスは、また別の角度から僕を励ましてくれた。そうか——と僕は思った。遺伝子がどうであれ、僕を健康にそして愛情深く育てられたという事実。その尊さは何よりも素晴らしいことなのではないか。そんな友人たちの温かい言葉の数々が、僕の胸をゆっくりと満たしていく。

 すると、ミハイロワが突然僕に提案してきた。


「ねえ、誕生日会はまた今度時間がある時にすることにして、私はこれからシンに教えてもらいたいところがあるんだけど、いいかしら?」


「もう時間ないし、放課後にすれば? それにジャンの方が賢いし、いつも一緒にいるんだから、ジャンに教えてもらうのが一番いいんじゃないの?」 僕の言葉に、ミハイロワは少しだけ眉をひそめフレモの画面を僕に見せてきた。


「うーん、ジャンに教えてもらうのも良いけど、最近、ジャンったら私に構ってくれないし……。しかも、シンの得意分野の航空力学の抗力係数のこの部分を教えてほしいの。近年の傾向から、ここは出ないことはないけど、あなたに見ておいてほしいからね」


「おい、構ってくれないってなんだよ。別に冷たくしたつもりはないだろ」


「おいおい、ここで喧嘩するのはやめてくれよ、相変わらず仲良いな、お二人さん」


 ジャンが少しむっとした表情を見せると、ムルがやれやれと肩をすくめた。そんなたわいもない会話がしばらく続いた。おとといから僕の胸にわだかまっていた混濁した思いは、彼らの飾らない言葉によって救われた。その時の僕の心は、まるで大空のように澄み切っていた。

 それからというもの、僕らは毎日のように放課後、様々な場所に集まって勉強会を開いた。将来のキャリア組を目指して、難関を乗り越えようとお互いを励まし合いながら、その努力は継続された。そしてついに、試験本番の日が訪れた。



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日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

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