第20話 それぞれの宇宙(そら) 後編④
2日後 10時20分 天気:晴れ
一晩中、心を夜空に預けていた僕たちは、暁天に白き輝点が滲みだす頃、ようやく現実へと引き戻された。名残惜しさを覚えながらも、エミュエールハウスへの帰路を辿ることにする。
レンタカーのシートに背を預け、重たい瞼を擦りながら、朝の光の中を車は進む。車窓を流れる見慣れた景色。
レンタカーを返却し、列車に乗り換えて、家路へと向かった。刹那に通りすぎる列車の窓から見た、いつもの風景。
それらの景色は昨日までと何も変わらないはずなのに、まるで僕たちの夜空への旅路を祝福し、存在そのものを丸ごと肯定してくれるかのように、優しく、そして力強く、胸の奥深くに響いていた。
エミュエールハウスに着いたのは、次の日の昼を回った頃だった。僕は「ただいま」と静かに声をかけるも、応えるものはなく、家全体がひっそりとした静けさに包まれていた。
——……?
この時間ならば皆起きているはずだし、ましてやエアリアさんのことだ、僕が家に入った気配にすぐに気づくと思っていたのに、まるで誰もいないかのようだった。僕は昼なお暗いログハウスのリビングを、戸惑いながら歩き回っていると、突然、パッと温かい灯りが点灯し、同時に風呂場の方向から四人のさまざまな叫び声とともに、色とりどりのクラッカーが弾けた。
「「シン! 一九歳の誕生日おめでとう!」」
——そういえば、今日、誕生日だったか……?
僕は夜空に心を奪われて、すっかり忘れていた。それに、どうして皆が僕の誕生日を知っているのかさっぱり分からない。先程までの心地よい気分は、予想外の展開に跡形もなく吹き飛び、今、僕の頭の中は、まるで激しい嵐に見舞われたかのように混乱でいっぱいになった。
するとスレイを先頭に、皆が満面の笑みを浮かべながらリビングへと駆け込んでくる。スレイは躊躇うことなく冷蔵庫へ向かい、楽しげな様子で何やら準備を始めた。
「さあ、こっちこっち、早く座って!」
ロミに待ちきれない様子で促され、僕は言われるがままテーブル席へと腰を下ろす。不思議なことに、僕が最初に座ると、まるで当然のようにスレイが隣に座り、向かいにはロミとエアリアさんが微笑みながら並んで座っていた。しばらくすると、スレイが大切そうにそして少々照れながら箱を抱えて現れ、僕とクレア、それぞれの目の前に可愛らしいデコレーションケーキが一つずつ、大切そうに置かれた。
「これ、私が作ったんだ。うまくできてるか分からないけど、心を込めたから……シンに喜んでもらえたら嬉しいな」
——一体、これはどういうことなんだ?
僕はますます混乱するばかりだったが、状況が全く飲み込めないまま、誕生祝いの行事はどんどん進んでいく。痺れを切らしたように、エアリアさんがにこやかな笑顔で口火を切った。
「改めて、シンとスレイ、お誕生日おめでとう!」
そのエアリアさんの言葉に合わせるように、ロミ、クレア、そしてエアリアさん自身から温かいおめでとうの拍手がリビングに軽快に響き渡った。スレイの誕生日が一緒だったのは嬉しい誤算だが、一体全体、なぜ皆が僕の誕生日まで把握しているのだろうか。僕は疑問をぶつけてみることにした。
「まずは、みんな、本当にありがとう。こんな素敵な誕生日を祝ってくれるなんて、思ってもいなかったよ。でも……あの、一体どうして、僕の誕生日を知っているんですかエアリアさん?」
エアリアさんはにこりと微笑んで答えた。
「あら、シン。私を誰だと思っているの? シンが最初にエミュエールハウスに到着した時、あなたのステラリンクを詳細に解析して、個人情報として登録されていた誕生日データも把握済み、というわけよ」
こんな時にまで科学者としての技能を発揮するとは、少しばかりやりすぎだと思った。ただ、それでも僕は、本当に久しぶりに、少なくとも二年ぶりとなる誕生日を、こうして温かい仲間たちに祝ってもらえたことに、体の奥底から込み上げてくるものを感じていた。
そんな温かな余韻に浸っていると、エアリアさんが奥から二つの小さな箱を取り出した。一つは僕に、もう一つはクレアに手渡される。箱は、涼しげな水色のリボンで丁寧に包装されていた。
エアリアさんはポケットから小さな箱を取り出し、僕に差し出した。箱はクレアのものとは違い、シンプルで落ち着いたデザインだ。
「はい、シンとスレイ、誕生日プレゼントよ」
クレアは照れくさそうに、でもどこか得意げな表情で僕に箱を差し出した。スレイも、少し赤面しながらも嬉しそうに箱を受け取っていた。
「ありがとう、エアリアさん」 「ありがとうございます、エアリアさん」
僕らは箱を受け取り、指で慎重にリボンを解き始めた。何か期待を込めながら箱の蓋を開けると、中には数本の絵筆が丁寧に並べられていた。絵筆の柄の部分には、銀色で僕の名前が刻印されている。スレイも本を受け取り、目を輝かせているようだった。
「これは……絵筆ですか?」
「ええ、シンは絵を描くのが好きでしょう? これは絵筆、そしてスレイには私が昔から愛用していた本を贈ります。ロミとクレアの分も合わせて、私たちからのささやかなプレゼントよ」
エアリアさんは優しい目で僕を見つめた。
「スレイも本が好きだから、きっと喜んでくれると思って。どうぞ、好きなように使ってね」
「はい、ありがとうございます、エアリアさん! 大切に、大切にします」
スレイはそう言って、普段見せないような、心からの笑顔を見せた。僕とスレイは思わず顔を見合わせる。彼女の笑顔を直接見るのは初めてかもしれない。今まで彼女は誰かに利用されるように、資本家の道具として生きてきた。選択肢も与えられず、ただ相手に利用されるがまま薬も飲まされ、命さえも脅かされていた。彼女は自力でその状況から抜け出すことなど、決してできなかっただろう。それに対して、僕は彼女に何もしてやれなかった。それでも、この温かい空間で共に時を過ごし、同じ時を生きる同級生なのだと思うと、急に彼女と心が繋がったような気がした。それはスレイも感じているのだろうか、僕らは互いに向き合った。
「こんなことを言うのは野暮かもしれないけれどスレイ……お母様とうまくやって、これからは君自身の意思で、本当にやりたいように生きていってほしい……僕に言えるのは、それだけだ、お互いこれから頑張ろう」
スレイは少し考え込むように俯いていたが、意を決したように顔を上げ、僕の目をじっと見つめ返した。
「気遣いの言葉ありがとうシン……それで、シンはこれから、何をして生きていきたい?」
唐突な問いかけだったが、僕の進むべき道は既に決まっていた。
「僕は軍に戻るよ、皆が安心して暮らしていけるように、皆を守れるような人間になりたいんだ」
その言葉を聞いていた子供たちから、感嘆の「「オ~~~」」という歓声が上がった。
「スレイはどうするの? お母さんと一緒に暮らして?何かやりたいことは決まっているの……?」
スレイもまた、迷いのないすっとした口調で答える。
「来年の四期に、レガリス大学の試験を受けるよ。学費が足りない分は、できるアルバイトをしながら頑張るよ」
僕は彼女の決意に応えるように、無意識に手を差し出した。スレイは僕の差し出した手を一瞬見つめ、何かを考えるように目を伏せたが、意を決したように顔を上げ、僕の手をしっかりと握り返した。周囲からは祝福の歓声が沸き起こり、ロミやクレアが口々に叫ぶ。
「シンとスレイちゃん、頑張って!」
「シンなら、あんな化け物一瞬で蹴散らせるよ!」そう言うと、ロミは得意げに剣を振り下ろすようなジェスチャーをした。
「いやいや、それはちょっと無理だって!」僕は謙遜交じりに笑い返す。
僕らの周りには、温かい空気が優しく流れている。世界は常に変化し、同じ瞬間は二度と訪れない。それでも、僕らの熱意と絆は、いつまでも色褪せることなく続いていく。そのかけがえのない温かさを胸に、僕はこれからさらに精進していこうと固い心に誓った。こうやって僕を支え、温かい心をくれた彼らの恩に報いるためにも。
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