表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/152

第20話 それぞれの宇宙(そら) 後編 ②

 降恒4時18分 天気:晴れ


 アウロラ駅を出発してしばらくは、乾いた大地が広がっていた。まばらに生える低い草木、ひび割れた舗装路、どこまでも続く地平線。窓外の景色を眺めていると、アリエス駅周辺の緑豊かな風景が遠い昔のことのように感じられた。単調な道を車はひたすら進み、乾いた肌に触れる冷たい空気が窓から流れ込んできた。時間だけがゆっくりと、重く流れていくようだった。そんな道中、僕とエアリアさんは様々な会話を交わした。カウンセリングでは踏み込めないような、もっとプライベートな話にまで及んだ。。最近エヴァンさんの様子や農業の進捗具合、子供たちとの関係性、レーアとの関係などその時間は、不思議と心温まるものだった。

 出発からどれほどの時間が過ぎただろうか。最初は続いていた会話も、いつの間にか少なくなり、車内は静寂に包まれていた。窓外の景色は相変わらず乾燥した大地だが、徐々にその様相を変え始めていた。茶色だった土の色が、徐々に白みを帯び、地平線の彼方に、白い光の帯がぼんやりと姿を現し始めた。


「あれが、アウロラ塩原よ。ようやく、見えてきたわね」


 眠気に朦朧としていた僕だったが、エアリアさんの声にハッと顔を上げた。指し示す方向を見ると、確かに、遠くの地平線に白い輝きが広がっていた。それは蜃気楼のようにも見え、本当に塩原なのか、まだ実感が湧かない。しかし、車が進むにつれて、その白い輝きは徐々に輪郭を鮮明にしていった。

 舗装路は途切れ、車は未舗装の道へと入って行った。車体は激しく揺さぶられ、砂埃が舞い上がる。静かな動力源の音が響くだけの車内で、単調な景色と振動がじわじわと長時間移動の疲労を蓄積させていった。それでも、白い平原は着実に近づいてきていた。

 そして、更に時が過ぎ、体感的には永遠にも感じられるほどの時間が経過した。ついに、信じられない光景が目の前に広がった。


 ——‼


 それは、今まで見たこともない景色なのに、全身に暖かい血が駆け巡るような、不思議な高揚感を伴うものだった。


 ——綺麗……。


 僕は言葉を失った。宇宙まで突き抜けるような蒼穹の下に広がる、純白の世界に。

 どこまでも続く白い大地は、車が進むにつれて水面の面積を増し、やがて巨大な鏡のように空を映し出し始めた。青い空、白い雲、ルミナの光までもが、足元の塩の平原に完璧に反転し、現実と虚構の境界線が消え去る。まるで、本当に空の上に立っているかのような錯覚に陥った。長時間移動の疲れなど吹き飛んでしまった。


「どう? 長かったけど、来た甲斐があったでしょう?」


「はい……この景色……僕が今まで想像していたどんな景色とも違います……。何というか……この感情は、言葉にできないです」


「ええ。だからこそ、今この瞬間を、そしてこの景色を、あなたと分かち合いたかったの」


 ここまで来る道中、あまり明るい表情を見せなかったエアリアさんだったが、今は心底嬉しそうな笑顔を僕に向けていた。僕は、目の前に広がる空間の空気を全て吸い込んでしまいたいほどの圧倒的な光景に息を呑み、ただ深く頷くことしかできなかった。

 アウロラ駅から長い時間をかけて、ようやく辿り着いた、彼女の秘蔵とも言える絶景。僕たちは車を停め、外に出て、その景色をじっくりと眺めた。


「ちょうど、いい時期に来たようね。この景色が見られるのも、そう頻繁ではなくなってきているから……」


「どういうことですか?」


 この土地は熱帯の気候で雨季と乾季の関係で見られない時期があるのは理解できるが、エアリアさんの言葉の真意が掴めなかった。


「実は、この星エリシアは近年、気候変動が激しくなっているの。人間が経済活動を行うことによる影響で、本来それぞれの土地に与えられた役割が、人間の都合の良いように変えられてしまっているのも一つの要因ね……」


「ここも、ですか?」


「いいえ、ここは国が管理しているから大丈夫だけれど……でもね、これは仕方がないことなのかもしれないわ。この惑星だって、一つの動的平衡体だから」


「その、動的平衡体というのは、一体何なんですか……? すいません。そこら辺の分野の知識には疎くて……」


 エアリアさんは、空を見上げながら、思索するようにゆっくりと答えた。


「いいのよ……動的平衡体というのはね。内部では絶えず変化が進行しているけれど、全体としては安定した状態を維持しているシステムのことよ。私たちの住む星エリシアは、恒星からエネルギーをもらうことで、地上の温度を温めたり冷やしたりしながら大きな空気の流れを作り、循環させ、このような豊かな環境を維持しているの」


「それが、この景色と何か関係が?」


「内部が変化している、つまり環境が変化し続けている以上、この小さな地域の自然が消えてなくなってしまうことも、ある意味では仕方がないことなのよ。私たちの体もそうでしょ? 大きなけがや病気は、良くなるけれど、完全に前と同じにはならないわよね。それは環境も同じなの。最近はネットで環境活動家が騒いでいるけれど、彼らがこの事実を本当に理解しているのか、私は疑問に思うのだけれど……」


 エアリアさんは、憂いを帯びた目で空を見上げていた。その横顔は、どこか悲しげだった。しかし彼女は気持ちを切り替えようとしたのか首を振り僕に優しい顔を見せた。


「さて、本当のお楽しみはこれからよ。まずは向こうの移動売店で食べ物を買って、車の中でしばらく食べたりしてゆっくり待ちましょう」


 彼女はそう言って、僕を再び車へと促した。僕は彼女の言葉に期待を膨らませ、車に乗り車は再び走り出した。


「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ