第20話 それぞれの宇宙(そら) 後編 ①
24期1日 昇恒7時16分 天気:晴れ
快晴の空の下、木々の間から木漏れ日が降り注ぐ玄関前。僕は助手席に乗り、エアリアさんは運転席から子供たちに何か頼みごとをしていた。今日僕はエアリアさんに誘われた場所へ行くことになっている。どこへ行くのかはまだ知らされていない。けれど、僕の胸は期待で高鳴っていた。ただ、その一方で、こんなにもてなされて良いのだろうかという罪悪感にも似た感情が、僕の胸に重くのしかかっていた。まるで、身の丈に合わない高級な服を着せられているような、そんな居心地の悪さがあった。
「それじゃあみんな、二日ほど私たちは帰ってこないから、お留守番よろしくね!」
「心配いらないよ、エアリアさん。去年の留守番で、もう家事の分担も完璧だから!」
「ええ、大丈夫よ。食事の準備も、リスト通りにきちんとやっておくから任せてちょうだい」
「それじゃあみんな、私がいない間に、特別に冷蔵庫のアイス、好きなだけ食べてもいいからね」
「やったー!」
「それじゃあ、クレア、残りのことはお願いね」
「分かったわ。エアリアさんに言われたことはきちんとやっておくから 大丈夫よ」
意味ありげにエアリアさんが何か含みのある言い方をすると、クレアは笑顔で頷いた。車が動き出すと、皆が手を振って僕たちを見送ってくれた。
僕たちはしばらく車に乗った後アリエス駅へ向かい、そこでハイパーツークに乗り換えた。今回は北へ向かう国境越えではなく、僕たちの住むアストラリア大陸を西へ、大陸の中央を目指す旅だった。車内では、僕はエアリアさんと隣り合わせの席になっていた。少々の後ろめたさと、エアリアさんと二人きりという状況に、脚部から得体の知れない熱がせりあがってくるのを感じた。心拍音が耳にまで響き、彼女から漂う、優しい甘い匂いが強調されどうにもそわそわして落ち着かない。
「…………」
僕はふと、窓から差し込む光に包まれたエアリアさんの横顔を、思わず見つめてしまった。深い海を思わせる青紫色の瞳、いつも丁寧に手入れされ、忙しい中でも美しい肌、花蕾のような淡い桜色の小さな唇。歳の差を感じさせない、ただただ美麗な姿に、周囲から見ればまるで恋人同士のように見間違えるかもしらない。しかし、僕は彼女の高潔な想いを、私的な感情によって曇らせてしまうのではないか。そんな焦燥を覚え、ふいに体の奥が染み渡る。
「なに、見ているの……?」
やわらかな風にそよがれるように、不意に彼女が柔らかな笑顔で顔をこちらに向けた。僕は慌てて視線を窓の外へ逸らす。
——危な……!
一瞬の焦燥を感じながらも、もう少しだけ彼女の秀麗な顔を見ていたいと思ってしまった。しかし、その表情にはどこか憂いが宿っていて、まるで重い秘密を抱えているかのように見えた。これから僕を大切な場所へ連れて行ってくれるはずの彼女の顔には、喜色よりも切ない影が差しているように感じられ、僕はその矛盾に戸惑った。
様々な感情が胸の奥で渦巻き、全身にじわりと伝わる熱を感じながら、僕は列車の進む先を案じていた。
「エアリアさん、何か心配事でも?」
「ええ、何もないわ、大丈夫。でも、あなたをこれから連れて行く場所は、きっとその心に溜まった憂いを吹き飛ばしてくれるはずだわ」
「そうですか……」
エアリアさんは遠くを見つめながら呟く。
「大丈夫よ、別にそんな変なことは考えてないわ。ただ……今回の旅があなたにとって良い経験になればと思って、今日はこのような機会を設けさせてもらったの」
——!
一瞬、不意に心臓を掴まれた感触がして彼女に心を見られまいと僕は再び外の景色を眺める。久しぶりに心を読まれた気分になり、何かまた僕が抱いていた未熟な感情も読まれるのではないかと、しばらく彼女の方を向けなかった。そうして時間は過ぎていった。
すると、間もなく駅に到着するというアナウンスが、張り詰めた空気を切り裂くように車内に流れ始めた。
『続いてはアウロラ、アウロラ駅に到着いたします。お降りの際は、座席の周りや網棚の上など、今一度お確かめの上、お忘れ物なさいませんようお気をつけください』
「さあ、ここで降りて近くのレンタルカーショップで車を借りていくわよ」
エアリアさんは、僕の心に渦巻く複雑な思いなど気にも留めず、どんどん歩を進めていく。僕はただただ、彼女の背中を追いかけるしかなかった。
「さあ、ここで降りて近くのレンタルカーショップで車を借りていくわよ」
エアリアさんは、僕の心に渦巻く複雑な思いなど気にも留めず、どんどん歩を進めていく。僕はただただ、彼女の背中を追いかけるしかなかった。
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