表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/152

第18話 光がなくても⑦

 *分からなくなったらep3にある用語集を参考にお読みください


 降恒8時10分


「スレイ、私がバカで…… 本当に、ごめんなさい……」


 窓の外を流れる景色は、次第に都市の喧騒から離れ、静かな自然へと変わっていった。数時間、車に揺られ、私たちは山深い峡谷へと来ていた。上流と中流が交わる辺り、河原には大きく丸い石がごろごろと転がっている。

 車が停まり、降り立った瞬間、運転席から女性が駆け寄り、ささやいた言葉は、なぜかずっと前から知っていたような暖かさを持ち、私を優しく抱きしめた。突然のことに戸惑ったけれど、信頼する心を失いかけた私にとって、初めてガラス越しに会った時から感じていた懐かしい暖かさが、警戒心を溶かしてくれるようだった。 

 今晩、私は彼女と車を降り、河原で野宿することにした。来る途中で食料や簡易的な寝具は調達済みだ。女の人は、手慣れた様子で近くの森から乾いた木を集め、火をおこし始めた。パチパチと薪が爆ぜる音が、静かな夜の峡谷に響き渡る。雨上がりのひんやりとした空気の中に揺らぐ暖かな遠赤外線。それは生まれて初めて見る本物の火だった。映像でしか知らなかった炎は、想像をはるかに超える温かさで冬の凍えるような寒さを和らげ、私を優しく包み込んでくれた。

 しばらく揺らめく炎を見つめていると、女性は遠慮がちに口を開いた。


「あのね、スレイ。突然のことで驚いたでしょうけど……実は……本当は……あなたは私の子なのよ……」


 彼女の姿、行動、そして私を包み込むような雰囲気から、漠然と私の知り合いではないのか……?そんな予感は抱いていた。けれど、確信は持てなかった。信頼していた人に裏切られたばかりの私は、全てを信じることができなかったのだ。だからこそ、まず何よりも知りたかった。今の自分の立場、目の前の女性が誰なのか、そして、私自身の真実を。


「私が昔スレイと呼ばれていたことはわかりました。ですか……すみません、まず……最初にあなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 娘だと思われる相手から、まるで他人行儀な言葉を返されたことに、彼女の表情は一瞬こわばったように見えた。けれど、すぐに微かに微笑み、改めて自己紹介を始めた。


「ええ、そうよね。急に本当のことを言われても困るわよね……。私の名前は、サラ。サラ・キサキ。あなたは、今までどんな名前で呼ばれていたの?」


「サラさん、初めまして。私は……Ⅶと呼ばれていました」


「Ⅶ、ね……そう呼ばれていたのね。でも素敵な名前ね」


  「あ、ありがとうございます。でも、私にとっては、ただの識別番号のようなもので……」


 私は複雑な思いを抱えながら答えた。


「それじゃあ何か、私に聞きたいことはあるかしら?」


 サラさんの言葉を聞いて、私は今日一日で理解したこと、そして疑問に思ったことを話そうとした。しかし、今一番気になっている疑問が、どうしても先に口をついて出てしまった。


「まず、私を助けた時に、ひいてしまった人たちはどうなったんですか? ひいても、大丈夫なんですか……?サラさんが捕まるんじゃ……?」


 私にとって、それは今日一日、ずっと心を占めていた疑問だった。サラさんはそんな私の心配を察したのか、やさしく答えてくれた。


「ええ、大丈夫よ。あの場所はね、なんていうか……ある種の治外法権みたいなものなの。普通なら大変なことになるけれど、あそこでは人を殺めても、まるで物を扱うように価値で裁かれるの。特に、私たちを監視したり捕らえたりする人たち、『プレイメイト』と呼ばれる人たちは、大金を得られる代わりに、すごく自由が制限されているから……誰かを傷つけてしまっても、その人の市場価値に見合うお金を払えば、罪には問われない。私はただ、その歪んだ仕組みを利用させてもらっただけ。そのために、私はずっとお金を貯めて、選択肢を持てるようにしてきたのよ」


 そうなのか——と、すんなり受け入れそうな自分に驚いた。たった一日で、私の常識は根底から覆され、もはや、何が現実で、何が虚構なのかさえ曖昧になっていた。けれど、目の前の歪んだ現実が、恐ろしさよりもむしろ、ストンと腑に落ちていくような奇妙な感覚があった。


「プレイメイトの消費期限って、何ですか? それから、インベスターって? 私、今日サラさんが窓越しにお腹に注射されているのを見たんです。あれは、シードマザーと呼ばれる人たちにすることらしい、と聞きました。そして、そこからインベスターっていう役割を与えられた子供が生まれる、しかも、それが私だって……。本当に、信じられない気持ちです。あの、サラさんは、受精卵を子宮に入れられたんですよね? 大丈夫なんですか? それにどうして、私がサラさんの子供だって分かったんですか?」


「あらあら、スレイ。そんなに一度に言われると、さすがの私も困っちゃうわ。ね? 一つずつ、ゆっくり説明していくから、大丈夫よ」


 サラさんそう言って、私を落ち着かせるように静かに微笑んだ。彼女は少し考え込むようにしてから、ようやく口を開いた。


「プレイメイトというのは、大企業の重役たちの相手をする、特別なパートナーのことよ。そして消費期限というのはね、彼女たちはいつまでも男性の相手ができるわけじゃないから、大体三〇歳を目安に契約が終わってしまうの。もちろん、最新の医療技術で若返ることもできるけれど。まず、一つ目、分かった?」


 サラさんの言葉を噛みしめるように、私はゆっくりと頷いた。今日一日で繰り返された衝撃の真実の数々に、ようやく私の思考も追いついてきたようだった。


「はい、なんとなく……。つまり、特別な仕事で、期限があるということですね」


「そうよ、そして二つ目。シードマザーは、私がやっていた仕事の名前よ。お金をもらって、お腹に直接、受精卵を注入して、インベスターを生み出すための仕事なの」


「……それが、サラさんの仕事だったんですね。でも……それだと、サラさんのお腹に赤ちゃんができちゃうんじゃないですか? それに、もしかしたら……監視されているんじゃ……?」


 私は思わず周囲を確認するがサラさんは私を落ち着かせるように、自分自身を戒めるようにゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、妊娠のことに関しては……さっきピルを飲んだからそのことに関しては……大丈夫なのよ……」


「そうですか……」


「シードマザーは結果を残す、つまり子供を産まなければお金が支払われない契約なの。つまり、形態としてアルバイトみたいなもので、もらえるお金も多くないし、監視も厳しくないのよ。それよりも、心配なのはあなたの方よ スレイ」


 ——私?


 正直私はサラさんのことの方が大変だと思っていた。しかし深刻なのはどうやら私の方らしい、引き寄せられるように彼女の言葉に耳を傾ける。


「あなたは、インベスターっていう役割で、会社の利益のために、次世代のサラリーマンやサラリーウーマンを育成するための英才教育を受けてきたのは知っているわね?」


 そのことは私は知っていた。私は静かに頷く。


「そう。じゃあ、あなたが特別な薬を飲まされていたことも……?」


「はい……知っています。捕らわれた時に、こっそり教えてもらったんですけれど、あれは成長を早めて、早く価値のある人材を育てるためのものですよね?」


「ええ、まあ、そうね。それで、副作用については何か聞いている?」


 そう言われて、施設にいた頃から感じていた漠然とした違和感が、鮮明に蘇ってきた。周りの子たちに比べ、自分の頭脳だけが異常に早く成長しているような感覚。それは、確信へと変わると同時に、身体に重い疲労感が押し寄せ、私はしばらく俯くしかなかった。サラさんは、そんな私の背中を優しくさすりながら、囁くように言った。


「そうね、あなたも少しは感じていたみたいね。そうなの。頭脳は急激に成長するように作られているけれど、副作用として、体の成長が止まってしまうことがあるの……」


 ——やはり、そうなのか……。


 その言葉を、私は意外なほど冷静に聞いていた。数年前に同年代との成長の差に気づいて以来、私の心の奥底には、ずっと漠然とした覚悟のようなものが横たわっていたからだ。しかし、サラさんはさらに重い口を開いた。


「もう一つ、副作用があるのだけれど……」


 サラさんが言い淀むので、私はますます知りたくなる。


「それは何ですか……? 教えてください!」


「「あなた、本当にいいの⁉ 知ってしまうと……知らない方が、もしかしたら……」

 それでも私は頷いた。サラさんは一拍、間を置いたが、意を決したように、言葉を紡ぎ出した。

「あなたは……あと、せいぜい十数年ほどしか生きられないの……」



 一、二箔と時間が止まった。


 ——‼


 言葉が脳内にインストールされた時、すべてが真っ白になった。

 世界から、音が、色が消えた。

 耳の奥で鳴り響く高音の耳鳴りだけが、この場の静寂を制圧していた。

 一瞬、私の心臓は、激しく脈打つのをやめ、まるで深い冷水に浸されたかのように急激に停止した錯覚に陥る。目の前の焚き火の炎は、熱源であるはずなのに、私を照らす光は急に平たい映像に変わってしまった。

 あと、十数年。

 それは、私が今まで生きてきた時間と、ほとんど変わらない。私は、自分の人生の半分以上を、生まれる前から定められた「会社のための駒」としての役割に費やし、そのために、残りの半分以上の未来を奪われたのだ。

 恐怖、憤怒、そして、この上ない無念が、胃の奥底から湧き上がる。全身の皮膚の下で血液が凍りつき、体の熱が全て吸い取られるような、鋭い寒気が背筋を貫いた。私は、自分の膝の上に組んだ手を、無意識に強く、強く握りしめた。指の骨が軋む音が聞こえた気がするが、痛みは感じない。体の感覚が、拒絶反応を起こしたかのように麻痺していた。


「……どうしよう? そんな、あまりに……」


 声が震えて、喉の奥に張り付く。

 ふと、目の前で揺らめく炎の向こうに、あのベルトコンベヤーに乗せられた人々の顔がフラッシュバックする。


 “スー、ガチャン。スー、ガチャン。“


 規則的な間隔で運ばれ、使われる彼ら。

 そんな彼らも、私と同じように、市場の効率のために、自らの生を削られているのだろうか。


「……何のために、私は……」


 この世に生まれた意味、今まで必死に努力してきた全てが、今、無意味な花びらとして虚空に散っていくかのようだ。涙が溢れそうになるが、それさえも事の事実という濁流に飲み込まれ、出てこない。私は、自分の存在そのものが、始めから終わりが決められた、死にゆくべき存在である事実。その事実をただ静かに、激しい痛みを伴いながら、受け入れるしかなかった。



 しばらくの間、私は現実を受け止めることができず、ただ黙り込んでいた。パチパチと薪が爆ぜる音が、静かな夜の峡谷にようやく響き渡り始めた。けれど、何のために、私はこの世界に生まれてきたのだろうか。そんな疑問が頭をもたげ、胸の奥が詰まって、涙が溢れそうになる。すると、そんな私を察したように、サラさんは優しい声で言った。


「でもね、スレイ。これははっきり言って良いことなのか、悪いことなのかわからないけれど……その副作用のおかげで、私はあなたと出会うことができたのよ」


 ——……え? どういうこと?


 あまりに意外なその言葉に、頭に温かな血が通う。今までの全てが、この言葉を理解するためにあったような気がした。しばらくして私の思考が止まってしまった。サラさんはそんな私にさらに近づき、優しく髪を撫でた。目の前の炎に照らされ、私の青竹色の髪は、光を受けて淡い緑色へと変化している。その色を見つめながら、私は母の言葉を待った。




「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ