表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/151

第18話 光がなくても⑥

*分からなくなったらep3にある用語集を参考にお読みください

 

 降恒6時20分


 夕焼けの最後の名残が空を朱色に染め上げ、次第に闇が港を覆い始める。潮の香りと、錆びた鉄の匂いが混じり合う中、私は彼女に連れられ、海沿いの埠頭へと足を踏み入れた。高く積み上げられたコンテナの陰に車を滑り込ませ、私たちはその鉄の壁に身を隠すように、数百メートル先の出来事を息を潜めて観察した。


「あの……これから何が行われるんですか?」私の声は、心なしか震えていた。


「いいから、これを使って見ておきなさい」


 そう言って、唐突に彼女は双眼鏡を差し出してきた。恐る恐るそれを受け取り、ゆっくりと構える。すると、遠くの薄闇の中から、動物を輸送するような粗い網目のトラックが何台も連なって近づいてくるのが見えた。双眼鏡のレンズ越しに焦点を合わせると、その中にいるのは、まさしく子供たちだった。普段着のまま、無残にも目隠しをされ、手錠をかけられている。彼らの細い手首にかけられた手錠は、まるで麻薬カルテルの犯人のように太い鎖で繋がれ、逃げ出す隙を与えないよう厳重に固定されていた。まるで果物の缶詰のようにぎゅうぎゅうに詰め込まれていくその光景は、あまりにも異様で、私の心臓を鷲掴みにした。私はその場に立ち尽くし、震える手で双眼鏡を握りしめたまま、信じがたい現実に自然と目が逸らせなかった。


 ——……っ!


 しばらくの間、衝撃と疑念が私の心を支配した。鉛色の海に停泊する巨大な船が、まるで飢えた獣のように大きく口を開けている。トラックはゆっくりと、その船のスロープを上がり、船体の奥へと消えていく。そのとき、横にいた彼女が私に問いかけた。


「何が起きているか分かった?」


 双眼鏡をはずして彼女の方を見るが、先ほど見た光景が網膜に焼き付いて離れない。はっきりと何が起きているのか、言葉にして理解することはできなかった。ただ、喉の奥から、抑えきれない疑問が込み上げてくる。


「……あの、子どもたちは、一体……? 何のために、どこへ連れて行かれているんですか……?」


 彼女は一度深く呼吸を置いてから、低く、しかし冷静な声で答えた。その声は、この場の凍りついた静寂に溶け込むようだった。


「あれはね……あなたたちインベスターの育成がうまくいかなかった場合、ああいうふうに、闇取引を通じて、レガリス共和国家に送って『処分』しているのよ」


「え、そんな……っ⁉」


 その瞬間、私の心は凍りついた。もし、この女性に助けられていなかったら……私も、あそこにいたかもしれない。その想像が、一瞬にして全身を凍てつかせ、震えが走る。しかし、同時に新たな疑問も湧き上がってきた。


「で、でも……っ、これって、明らかに違法じゃないんですか⁉ なんでアメリア連邦国の政府は、こんなこと取り締まらないんですか⁉」


 彼女は私の問いに目を伏せ、遠くの船を見つめるように静かに語り始めた。


「アメリア連邦国は、表向きは厳格な規制を掲げているわ。だけど……この資本主義社会では、残念ながら市場価値のない人はああいうふうに物みたいに扱われるのよ。あなたたちが企業のために育成されるのは、あくまで『最適な環境』という名目だけ。ある一定の年齢に達して、市場価値が見合わなくなった子どもたちは、ああいう風に『捨てられる』の。……これには、巨額の利権と、複雑な政治的駆け引きが絡んでいるわ。闇企業が、国の取り締まりの網をかいくぐっているのは、決して偶然なんかじゃないの」


「でも、この子たちを捨てるのに逆にお金がかかるんじゃ……? それこそお金の無駄じゃないの?」


 彼女は大きく息を吐き、夕焼け空を見上げた。


「そういう市場があるのよ。闇取引をする側は儲かるし、資本家は、個々の子供にかかる生涯の養育費、数億₵(クレスト)を払わずに済む。その分、より多くの子供を産ませ、育て、会社の利益に繋げた方が資産家にとっては効率が良い。つまり経済的に合理的なの」


 彼女の言葉は、私の胸の奥に怒りと無力感を呼び起こし、重い塊となって全身にまとわりついた。夏の蒸し熱い風が汗に交わり冷たい海風となって肌を刺す。未来ある子どもたちが、まるで計画された組織の歯車になるために使われる……あまりにも非情で、背徳的な現実だった。


 ——こんな世界……。


 心は理不尽さと憤りに満たされ、何も考えられなくなった。遠くの船からは、もうトラックの音は聞こえない。静まり返った港に、ただ波の音が響いている。


「さあ、もうあらかた分かったでしょう。行くわよ、いい?」


「はい……わかりました……」


 そう言って、サラさんは迷うことなく車を発進させた。ヘッドライトが暗闇を切り裂き、私たちは静かに港を後にした。


「面白い!」「続きを読みたい!」と感じていただけたら、ぜひブックマーク、そして下の★5評価をお願いします。 皆さんの応援が、今後の執筆の大きな励みになります。

日にちが開いた場合も大体0時か20時頃に更新します。


また

https://kakuyomu.jp/works/16818622174814516832 カクヨミもよろしくお願いします。

@jyun_verse 積極的に発言はしませんがXも拡散よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ