007 リンドブルム商会の娘、セシリーの救助
「さあ、先を急ごう。時間はあまりない」
俺たちは【始まりの洞窟】の最深部を目指して、再び歩き始めた。
強制帰還まで残り時間は1時間20分ほど。
急がなければ、ボスに辿り着く前に時間切れになってしまう。
しばらく進むと、道が二手に分かれていた。
右と左、どちらに進むべきか……。
「ロキさん、どちらに行きますか?」
アリアが尋ねてきた。
ボスの部屋は左だった。
アリアチャートでは左へ行くべきなのだが……。
俺は……ふと、ゲームの攻略知識を思い出していた。
俺は、右の道を指差した。
アリアとミズタマを連れて、右の道を進んでいった。
この先は行き止まりになっている。
そして、そこに……。
しばらく進むと、道の行き止まりに人影が見えた。
近づいてみると、一人の女性が地面に座り込んでいる。
顔にはかすり傷があり、苦痛に歪んでいた。
「だ、誰か……助けて……」
女性は、か細い声で助けを求めた。
「大丈夫ですか!?」
アリアが駆け寄り、声をかける。
「私は……セシリーと申します。リンドブルム商会の……」
セシリーと名乗った女性は、そこで言葉を詰まらせた。
セシリーは、リンドブルム商会、会長の一人娘だ。
つまり、この辺りで有名な大商会のお嬢様だった。
「怪我をしているようだな。大丈夫か?」
俺の質問に、セシリーはうつむいた。
「魔物に襲われてしまって……。動けなくなってしまったのです……」
その声には、悔しさと情けなさが滲んでいる。
「ちょっと見せてみろ」
俺は近づいていった。
セシリーは足を骨折しているようだ。
軽く応急処置をしてやった。
そして、ミズタマに持たせていた【命の雫】をセシリーに飲ませる。
これで、少しは体力が回復したはずだ。
「それで、リンドブルム商会の娘さんが、なぜこのダンジョンに?」
俺が尋ねると、セシリーは、びくりと体を震わせた。
「……実は、わたくし、家出をしてきたのです」
セシリーは、ぽつりぽつりと語り始めた。
リンドブルム商会の次期当主になることを期待されているが、それに反発し、冒険者になるために家を飛び出してきたのだという。
「ひとまず、一緒に行くか」
「よろしいんですか? 私、怪我をしていますし、足手まといです……」
たしかに、それはそうなのだった。
俺が考えたアリアチャートでボス戦へそのまま進むのは、セシリーを連れて行くと難易度が跳ね上がるからだ。
しかし、助けてしまった。
見捨てることはできなかった。
「大丈夫だ。いこう。見捨てたりはしない」
俺は、セシリーに肩を貸した。
ゆっくりとしか歩けない。
当然、敵の攻撃を避けることもできない。
セシリーは足が痛むのか、顔を歪めている。
「無理はするな。ゆっくりでいい」
俺たちはセシリーのペースに合わせて、ゆっくりと歩き始めた。
来た道を引き返し、先ほどの分かれ道まで戻る。
「……間に合うでしょうか?」
アリアが不安そうに言った。
強制帰還まで残り時間は40分を切っている。
ボスの間へつづく扉で、俺は立ち止まった。
「……進まないんですか?」
アリアが尋ねた。
「どうやってボスを倒すか、考えているんだ」
俺は、この状況を打開する方法を必死に考えていた。
「ロキさんは、【始まりの洞窟】のボスをご存知なのですか?」
「ああ。ジャイアント・スパイダーだ」
その名の通り、巨大な蜘蛛の姿をしている。
「いつもどおり、毒で倒すんですか?」
「いや……それはできない。ジャイアント・スパイダーは毒属性だから、毒が効かないんだ」
いままで散々お世話になってきた戦法で、今後も雑魚敵相手には使える戦術だが……。
いかんせん、毒無効のボスが多いので、イベント戦では弱い。
さらに、厄介なことに、強力な全体攻撃を繰り出してくる。
本来のアリアチャートでは、ジャイアントスパイダー戦はこうだ。
アリアは最大二人まで守れるスキルで特殊攻撃を防ぐ。
ミズタマは最大二人まで守れるスキルで物理攻撃を防ぐ。
そして、たまに来る固定ダメージをミズタマで受けて、【命の雫】で耐える。
あとは隙をみてちくちく攻撃していく……という戦法だった。
しかし、セシリーが来たことで、状況は一変した。
守るべき対象が一人増え、ダメージを防ぎきれない。
しかもセシリーに「命の雫」を使ってしまったため、HP回復手段もない。
つまり、新しい戦法を編み出す必要がある。
セシリーのステータスを確認してみるか……。
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名前:セシリー
職業:レンジャー
レベル:1
HP:1/15
MP:5/5
攻撃:7
防御:8
特攻:1
特防:12
速度:1(19-18)
スキル:縛鎖の魔矢
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セシリーはレベル1で、HPも速度も怪我の影響で最低値だ。
他の数値も目を引くものはない。
俺が気になったのは、彼女の持つスキルだった。
「チェイン・アロウか……」
「はい。お母様から教えてもらった技です。対象に不可視の魔力鎖を付与し、次の攻撃を必中させる効果があります」
「チェイン・アロウ自体は必中か?」
「ええ。外したことはありません」
俺は黙り、深く考えていた。
「ロキさん? どうされました?」
アリアの言葉も無視だ。
息を止めて、目も閉じ、思考に集中する。
すべての情報を遮断し、思考する。
そして、ついに閃いた。
「なるほど」
「なにが、なるほどなんですか?」
アリアは不思議そうにこちらを見ていた。
「だから、セシリーがここにいるのか」
セシリーも同じく意味がわからない、という表情をしている。
今回の戦いは俺にも未知の領域だ。
本当に大丈夫だろうか……。
いろいろな展開を想像し、思考を巡らせる。
「よし。いける。ボスに勝てる……はずだ」
「本当ですか!?」アリアは嬉しそうに微笑んだ。「さすがロキさんです」
「やってみないとわからないけどな。たぶんいけるはずだ。残り時間は?」
「1時間ほどです」
1時間もあれば大丈夫だ。
というか、もとのチャートよりも短時間でクリアできるかもしれない。
俺は皆を連れて、扉の先へと進んだ。
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