011 セシリーの決意
「……実は、ロキ殿に頼みがあるのだ」
ギルバートは真剣な表情になった。
先ほどまでの和やかな雰囲気とは一変した。
広間全体に緊張感が漂う。
ギルバートは一度深く息を吸い込み、言葉を続けた。
「ここは、アースガルド王国。我々が暮らしている。大地の恵みが豊かな国だ」
アースガルド王国はゲーム『ラグナロクの迷宮』の序盤の舞台となる国だ。
その名前は、もちろん知っている。
「このアースガルド王国には、古くから伝わる伝説がある。地竜の伝説だ」
地竜か……。
「地竜は、このアースガルド王国の地下深くに眠っていると伝えられておる。そして、そのダンジョンは、未だかつて誰も攻略したことがない、最難関のダンジョンだ」
ギルバートは、そこで言葉を切った。
俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「近年、この地方では地震が頻発しておる。そして、魔物も凶暴化し、人々を襲う事件が後を絶たん」
俺は黙って話を効いていた。
「我々、リンドブルム商会は、その原因を調査してきた。そして、ある結論に至ったのだ」
ギルバートは、再び言葉を切り、深呼吸をした。
まるで、これから告げる言葉の重さを、改めて噛み締めているかのようだ。
「……地竜が、目覚めようとしておる」
俺は息を呑んだ。
おかしい。
ゲーム世界なら、もっと余裕があったはずだ。
ゲームの中盤、地竜が目覚め、アースガルド王国は甚大な被害を受ける。
それから、次々と古の竜が目覚め……。
それに呼応し、魔王が復活する。
そうすると、この世界は破滅を迎えるのだ。
「我々は、地竜の目覚めを阻止せねばならん。しかし、地竜の住むダンジョンは、あまりにも危険すぎる。これまで、多くの冒険者が挑んだが、誰一人として生きて帰ってきた者はおらん」
本当に、難易度INFERNO……か?
俺はギルバートの話を聞きながら考えていた。
「ロキよ、お前の力が必要だ。お前の知識と、経験と、そして、仲間たちと共に、地竜を鎮め、この国を救ってほしい」
ギルバートは、俺に頭を下げた。
その姿は真剣そのものだった。
「……わかりました。俺に何ができるかわかりませんが、できるかぎりのことをやってみます」
想定外の展開に、驚きはあった。
恐怖もあった。
だが、俺はそれ以上に、わくわくしていた。
この世界は、難易度INFERNOを越える最凶の難易度へ突入したのかもしれない。
「感謝する、ロキよ! アースガルド王国を頼む!」
ギルバートは満面の笑みを浮かべた。
「私も、頑張ります……」
アリアが小さい声で言った。
それもそうだ。
俺もアリアも新米冒険者。
レベル的には、地竜を倒すことなどできるわけがないのだ。
俺はアリアの目をじっと見つめた。
大丈夫だ。必ず俺がお前を守る。
そう視線で伝えた。
すると、アリアは顔を赤らめ、そっぽを向いた。
俺の意思は伝わらなかったらしい。
「ところで、父上」
今まで黙って話を聞いていたセシリーが口を開いた。
「私も、ロキ様たちと一緒にダンジョンへ行きます」
「何を言っておるのだ、セシリー! お前はまだ怪我が完治しておらん。それに、ダンジョンは危険すぎる!」
ギルバートの顔には、娘を心配する父親としての愛情が滲み出ていた。
「お父様の仰ることは、よくわかります。でも、私もリンドブルム商会の一員です。この危機を、ただ見ていることなんてできません!」
セシリーは父親の目を真っ直ぐに見つめ、毅然とした態度で言い放った。
その瞳には、強い決意の光が宿っている。
「それに、私は一度、ロキ様に命を救っていただきました。今度は、私がロキ様のお役に立ちたいのです」
セシリーは、そう言って俺に視線を向けた。
「……しかし」
ギルバートは、なおも渋い顔を崩さない。
「……わたくし、自信を失くしておりました」
セシリーは、俯き、絞り出すような声で言った。
「冒険者になることを夢見て、家を飛び出したものの、魔物に襲われ、あっけなく倒されてしまいました。自分の弱さを痛感し、もう何もかも諦めようと思っていました……」
セシリーは、拳を強く握りしめた。
その手は、小刻みに震えている。
「でも、ロキ様は、そんな私を助けてくださった。そして、私に、もう一度立ち上がる勇気をくださいました。」
セシリーは顔を上げ、再び父親の目を見つめた。
「お父様。私は、もう逃げたくありません。自分の弱さと向き合い、乗り越えていきたいのです。もちろん、私一人では無理でしょう。でも、ロキ様なら。みんなと一緒なら、強くなれると思ったのです。ロキ様たちと一緒に、ダンジョンへ行かせてください!」
セシリーの言葉には、強い決意が込められていた。
「……行って来いとは言えんよ」
それは正直な言葉だった。
「お前は私の大切なひとり娘だ。今日だって、お前が見つかるまで、ずっと気が気ではなかった。もうダメかもしれないと、何度も思ったんだ。大切な人を失うことの辛さを、お前も知っているだろう」
「お母様のことを言っているのですね」
セシリーの声は震えていた。
それに応えるように、ギルバートは深く頷いた。
「ああ、エレナ……お前の母は、勇敢な冒険者だった。弓の名手で、リンドブルム商会の護衛隊長も務めていた」
ギルバートは遠い昔を懐かしむように、目を細めた。
「お母様は、いつも私の憧れでした」
セシリーはポツリポツリと語り始めた。
「小さい頃から、お母様の後ろ姿を見て育ちました。魔物と戦う姿は、本当に格好良くて……私も、いつかお母様みたいになりたいって、ずっと思っていました」
「……そうだったな」
ギルバートは優しく微笑んだ。
セシリーの言葉に、亡き妻との思い出が蘇ってきたのだろう。
「でも……お母様は……」
セシリーは言葉を詰まらせた。
その瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「……あの時、魔物の大群が、この街に迫ってきたのですよね」
アリアが話を引き継いだ。
このあたりでは有名な話なのだろう。
セシリーは小さく頷き、涙を拭った。
「ええ……お母様は、街を守るために先頭に立って戦ったのです。多くの冒険者や兵士たちが倒れていく中で、お母様は最後まで諦めなかったと聞いています」
セシリーは震える声で語った。
「お母様は、魔物の群れを食い止めるために……」
セシリーは言葉を続けることができなかった。
その瞳から再び涙が溢れ出す。
「……エレナは、多くの人々を救うために、自らを犠牲にしたのだ」
ギルバートが重々しい口調で、言葉を引き継いだ。
「敵の将軍を道連れに……壮絶な最期だったと聞いている」
「エレナ様は、最後まで、英雄だったのですね」
アリアは涙を流しながら、セシリーの手を握りしめた。
「ええ。お母様は、いつもそうでした。自分のことよりも、他人を優先する人でした。だからこそ、多くの人々に慕われていた」
セシリーは言葉をつづけた。
「お母様のように強く、勇敢な冒険者になりたい。そして、お母様が命をかけて守った、この街を、人々を……私も守りたいのです」
セシリーは顔を上げ、父親の目を真っ直ぐに見つめた。
「……セシリー」
ギルバートは、ゆっくりと深呼吸をする。
静かに口を開いた。
「……エレナそっくりだな。一度決めたことは、絶対に貫き通す。そういう女だった」
ギルバートは俺の目を見た。
「ロキ殿。娘を頼んでも良いか。……そして、必ず、私のもとに無事に返してくれるか」
「……はい。必ず」
誰も失わない。
誰も傷つけない。
俺は、難易度INFERNOの、どうしようもない世界を救う。
そう決意していた。
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