ダインナハト
明るい森のなかにセミが生きていました。
地面のなかで木の根から栄養を吸い取り成虫になろうとしています。暗い地面のなかで懸命に汁を啜ります。
地上はマングローブでした。ヤシガニがでかい果物をハサミで潰します。
ここはセミが卵から孵化し地中に潜ってから今に至るまでの間に森林からマングローブになっていました。セミの周りの土は硬く水をほとんど通さないのでセミは今まで生きてこられたのです。
しかしセミがようやく成虫になるころにセミは死んでしまいました。なんということでしょうか。セミは地震による断層の形成ですり潰されてしまった……のですわ。
一方そのころ明るい森は健在でした。マングローブと化したのはセミがいた地中の上ほんの少しだったのです。他のセミの幼虫は闇の中木を登り脱皮を初めます。白い体がキャラメル色の殻からせり上がってきます。彼らが生まれたころのように白らかな色の足や翅、頭を出しています。翅は虹色のようにも見えます。ふにゃふにゃな体は湿った衣のようです。
夜が明ける頃には今年初めてのセミの声が聞こえ出してきます。しかしどこにもセミの姿は明るい森にはありません。飛んでいってしまったのです。遠くのどこかへ。