九
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「音響分析、完了しました」
「みらい」の作戦室で、若い音響手が報告する。
「この波形は」風間が画面を見つめる。「通常のアジの群れとは」
"風間艦長"るりの声が響く。"群れの中心から発せられる音波には、明確なパターンがあります"
ソナー画面には、奇妙な同心円状の波紋が表示されている。深度2,800メートル。通常のアジの生息域をはるかに超えた場所で、群れは幾何学的とも言える完璧な円を描いていた。
「まるで」航海長が呟く。「何かの信号のような」
その時、るりの声に緊張が走る。
"群れが...動きを!"
ソナー画面上で、円を描いていた群れが突如として渦を巻き始める。
「これは」風間が身を乗り出す。
"風間艦長、私に接近を許可していただけますか?"
「危険だ」
"大丈夫です。この渦の中心に、何か...呼びかけているものがある"
風間は一瞬躊躇したが、
「了解。ただし」
"はい、最大限の注意を"
るりの漆黒の体が、深海の闇の中をゆっくりと前進する。
「距離800メートル」
「群れの渦、安定を維持」
「水深変化なし」
冷静な報告が続く中、るりは慎重に接近を続けた。
「距離500メートル」
その時、群れの中心から強い音波が発せられる。
"これは!"るりの声が興奮を帯びる。"風間艦長、この音波パターン。シンスイウオの"
言葉が途切れた瞬間、群れの渦が激しく収縮する。
「るり!離脱を!」
しかし、るりの反応はない。
「みらい」のソナーに、奇妙な干渉波が表示される。それは、まるで深海からの呼びかけのようだった。
「全システム、干渉を受けています」
「音響センサー、異常値を」
「るりとの通信が」
風間は、暗視カメラの映像を見つめる。そこには、渦の中心に吸い込まれていくるりの姿が。
「るり!応答を!」
返事はない。
深度2,800メートル。人知の及ばぬ深海で、未知との邂逅が始まろうとしていた。




