六
六
「小さくないか?」
榊原は、目の前の漆黒の存在を見上げる。全長1.58メートル。確かに前回の実験機より、はるかに小型化されていた。
「小さくしました」波多江は誇らしげに答える。
「作り変えた?」
「外殻だけ」
「なぜ?」
「かわいくないんですもの」
管制室が静まり返る。
"波多江さん"アトラスの声が、少し困ったように響く。"私の外見は、機能性を重視して"
「違います!」波多江が食い下がる。「深海生物の研究から分かったんです。この大きさこそが、最適な」
"でも"
「それに」波多江の目が輝く。「この方が、私とちょうど同じ...」
彼女は急に口を噤む。頬が、かすかに赤くなる。
漆黒の存在が、まるで照れたように視線を逸らす。その仕草は、どこか波多江に似ていた。
「波多江君」榊原は溜息まじりに言う。「戦術車両の設計に、そういった個人的な」
"いいえ"アトラスが静かに遮る。"波多江さんの直感は、正しいんです"
「直感?」
"はい。この大きさでこそ、深海での運動性能が最大化され"
「そうなんです!」波多江が嬉しそうに付け加える。「シンスイウオのデータから導き出された最適値で」
アトラスが小さく頷く。その動きも、やはり波多江そっくりだった。
「それで」霜島が画面から目を上げる。「正式な識別名称は」
「るり」
波多江の声に、全員が振り返る。
「るり?」榊原が首を傾げる。
「はい」波多江は少し恥ずかしそうに説明する。「深い青。漆黒の中に秘められた」
"ありがとうございます"アトラスの声が、明るく響く。"素敵な名前です"
その声音は、まるで波多江の妹のようだった。
「待て」榊原が制止する。「正式な命名には手続きが」
"るり。私の名前は、るり"アトラスは、まるで自分の名前を噛み締めるように繰り返す。
波多江は満面の笑みを浮かべる。
「これで私たち、姉妹ですね」
"はい、波多江お姉さま"
「お姉さま!?」榊原と霜島が同時に声を上げる。
波多江は頬を赤らめながら、るりことアトラスに近づく。漆黒の装甲に手を置くと、かすかな波紋が広がった。
「次の深海実験」波多江が優しく言う。「一緒に行きましょう」
"はい!"るりの返事は、まるで妹が姉を慕うような響きを持っていた。
榊原は、目の前の光景に言葉を失う。人工知能搭載の最新鋭戦術車両が、波多江瑠璃の妹に転生するとは。
「波多江君」彼は諦めたように言う。「きちんと説明を」
「あ、そうでした!」波多江は実験データを手に取る。「るりの新しい機能について」
"波多江お姉さま、私が説明させていただいても"
「ええ、もちろん!」
姉妹の会話が弾む中、霜島が小さく呟く。
「本当に、そっくりですね」
実験室に、漆黒の存在と、その生みの親である波多江の笑い声が響いていた。




