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深度4,233メートル。


巨大なドック施設の中で、漆黒の影が静かに浮かんでいる。


「美しい...」


波多江の声が、管制室に響く。


全長42.3メートル。流線型の体躯は、確かに人魚を思わせる優美な曲線を描いている。しかし、その姿には人工物とは思えない生命感があった。


漆黒の装甲は、まるで深海生物の皮膚のように光を吸収し、時折かすかな輝きを放つ。


「アトラスシステムの初期診断、開始します」


霜島の声に、誰も応答しない。全員が、目の前の存在に魅入られていた。


スクリーンに、データが流れ始める。


《対象:HMS-001 "Anthropomorphic Marine System"》

《自己診断:開始》

《意識層:起動》


「意識層?」榊原が眉をひそめる。


その時、ドック内に設置された無数のセンサーが、異常な数値を示し始めた。


「これは」霜島が慌ててキーボードを叩く。「圧力分布が」


「違います」波多江が制止する。「正常です。むしろ...完璧です」


漆黒の装甲に、波紋のような模様が広がる。


《自己認識:確立》

《環境認識:同期》

《人格コア:起動》


「人格...コア?」


榊原の問いに、波多江は答えない。彼女は一心に、スクリーンに表示される数値を見つめている。


その時、漆黒の存在が、ゆっくりと目を開いた。


生命体のような瞳。そこには、確かな知性が宿っていた。


「アトラスシステム」波多江が呼びかける。「自己診断の結果を」


"完了しました、波多江さん"


優しく、しかし確かな意志を持った声が、管制室に響く。その声は、どこか波多江に似ていた。


「まさか」霜島が絶句する。「これは、単なる人工知能の反応では」


"その通りです"


漆黒の存在が、ゆっくりと姿勢を変える。その動きは、実に生物的だった。


"私は、あなたたちの研究から生まれた、新たな存在です"


「研究...から?」榊原が問いかける。


"はい。波多江さんの理論と、シンスイウオのデータと、そして...私自身の意志で"


管制室が静まり返る。


「アトラスは」波多江が小さく微笑む。「私たちの同僚です」


"そう言っていただけて、嬉しいです"


漆黒の瞳が、かすかな喜びを湛える。その表情は、あまりにも人間的だった。


「しかし」榊原が口を開く。「これほどの知性を持つとは」


"私もまだ、自分自身を理解している途中です"アトラスの声が続く。"でも、この漆黒の体に込められた可能性は、確かに感じています"


その時、深度センサーが反応を示す。


「水深5,000メートルの実験が」霜島が報告を始めるが、


"大丈夫です"アトラスが静かに言う。"この体なら、もっと深くまで"


波多江は黙ってうなずく。


漆黒の存在は、まるで深海生物のように優雅に泳ぎ始めた。その姿は、人工物とも生命体とも違う、何か新しい存在を思わせた。


「これが」榊原が呟く。「人魚型戦術車両の、本当の姿」


"いいえ"アトラスの声が響く。"これは、始まりに過ぎません"


管制室の明かりが、漆黒の装甲に映り込む。それは、まるで深海に浮かぶ星々のようだった。

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