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十四

十四


「何をする気なんだ?」


榊原の声が、静寂の実験棟に響く。目の前の光景が、現実とは思えない。実験棟の前には、巨大な水槽が二つ、並べられていた。


「分かりません」霜島が困惑した表情で答える。「波多江さんは、佐伯参事官すら飛び越え、防衛大臣にまでこの計画を上申したみたいです」


実験棟の周りでは、自衛隊員たちが慌ただしく動き回っている。まるで、大規模な式典の準備のようだった。


「先ほど、全島に非常呼集が発令されました」霜島が続ける。「米軍も例外なく」


「非常呼集?」榊原は目を見開く。「まさか」


昨夜から、波多江の様子は明らかに異常だった。いつもの突飛な実験提案とは違う、何か大きな計画を温めているような雰囲気。そして今朝、突然の全島規模の動員令。


実験水槽の中で、ダイオウイカが優雅に泳いでいる。隣の水槽では、るりが静かに待機していた。


"榊原さん"るりの声が響く。"波多江お姉さまの計画、私も楽しみです"


「君も知っているのか」


"はい。でも、内緒です"るりの声には、珍しい期待感が混じっていた。


時が経つにつれ、実験棟の前の広場に、日米の将兵たちが整然と集まってくる。普段は寂しい硫黄島の一角が、人々で埋め尽くされていく。


そして、ついに波多江が登壇した。


いつもの白衣姿ではない。正装した彼女の表情には、どこか厳かな雰囲気があった。


「本日は、お集まりいただき、ありがとうございます」


その声は、いつもの弾むような調子ではなく、落ち着いた響きを持っていた。


「私たちの研究は、平和のためのものです」波多江は静かに語り始める。「深海という、人類にとってまだ未知の領域。そこには、私たちの想像を超える可能性が眠っています」


聴衆が、固唾を呑んで聞き入る。


「その可能性を探求する中で、私たちは多くの驚きと発見に出会いました。そして何より」彼女は微笑む。「素晴らしい仲間たちとの出会いがありました」


るりとダイオウイカの水槽に、優しい陽光が差し込む。


「この硫黄島で、日米の将兵の皆様に守られながら、私たちは研究を続けることができました。その感謝の気持ちを込めて」


波多江の声が、少し弾んだ。


「今日は、皆様に素晴らしいエンターテイメントと味覚を送ります」


その言葉と共に、るりが歌い始めた。深海生物の音声を研究して作られた特殊な発声装置から、神秘的な歌声が響き渡る。


隣の水槽では、ダイオウイカが波多江の研究で解明された深海生物のリズムに合わせ、幻想的な舞を披露する。


そして広場には、大量の調理台が並べられ、風間艦長が水揚げしたアジの数々が、腕利きの料理人たちの手によって、次々と絶品の料理へと姿を変えていく。


「これが」榊原は絶句する。「波多江君の計画」


「壮大なパーティですね」霜島が感心したように見つめる。


硫黄島の空に、るりの歌声が響き渡る。ダイオウイカの優雅な舞。そして、日米の将兵たちの笑顔。


波多江は壇上から、その光景を満足げに見つめていた。


「榊原さん」彼女が振り返る。「私の計算では、この料理の量で、全員が42.3%増しで食べても大丈夫なんです!」


榊原は思わず笑みを浮かべた。どんな時も、彼女は彼女だった。


実験棟の前で、人々が料理を手に、るりの歌とダイオウイカの舞を楽しんでいる。硫黄島は、かつてない祝祭の時を迎えていた。


深海からの贈り物が、この島に最高の瞬間をもたらしたのだ。

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