十三
十三
深度2,800メートル。「みらい」の艦橋で、警報音が鳴り響く。
「るりの体制が不安定化」
「装甲への負荷が限界値を」
「制御系統、応答なし!」
次々と報告される危機的状況の中、風間は暗視カメラの映像を見つめていた。渦の中心で、るりの漆黒の体が激しく明滅している。
"風間...艦長"るりの声が途切れ途切れに響く。"この存在との...対話が...私には"
その時だった。
どこからともなく、一筋の銀色の影が渦を切り裂くように現れた。
「新たな生体反応!」
「速度、異常です!」
「あれは...」
風間の目が見開かれる。イルカだった。その胸ビレには、かつての傷跡が。
「まさか」
艦橋の誰もが、その光景に息を呑む。イルカは渦の中心めがけて突進し、るりの体に寄り添うようにして外へと導いていく。
「あのイルカ」航海長が呟く。「胸ビレの傷跡から、間違いなく」
"はい"るりの声が弱々しく戻ってくる。"波多江お姉さまが...助けてくれた個体です"
イルカは自らの危険も顧みず、るりを渦から救出する。その動きには、不思議な優雅さがあった。
「全システム、復旧し始めています」
「圧力、正常値に戻りつつあり」
「るりの装甲強度、安定化」
警報音が次々と消えていく。
救出されたるりの傍らで、イルカはしばらく並んで泳いでいた。まるで、かつての恩を返すかのように。
"ありがとう"るりの声が、イルカに向けられる。
イルカは、キューキューと鳴きながら、しばらく「みらい」とるりに寄り添って泳いでいた。そして、ゆっくりと群れの方へと戻っていった。
「報告します」航海長の声が明るい。「後部漁網の中に、予想を大幅に上回る漁獲が」
「どのくらいだ?」
「このままでは、漁網が破れそうなほどです」
風間は思わず微笑む。
"風間艦長"るりの声が、すっかり元気を取り戻している。"見てください。アジの群れが"
漁網の周りを、るりが嬉しそうに旋回している。その動きは、まるで深海のバレリーナのようだった。
「波多江研究員が喜びそうだな」風間は穏やかに言った。「この漁獲量と、るりの新しいダンス」
"はい!"るりの声が弾む。"私、お姉さまに報告したいことが山ほどあります"
深度2,800メートルの深海で、漆黒の戦術車両が銀色の魚群の間を舞うように泳ぎ回る。その光景は、不思議な美しさに満ちていた。
「みらい」の艦橋で、風間は静かに微笑んだ。時に深海は、驚くべき出会いと感動的な再会を、私たちに見せてくれる。
そして何より、潜水艦乗りとしては、この破格の漁獲量に満足せずにはいられなかった。




