十一
十一
「るりとの通信、完全に途絶しました」
「みらい」の艦橋で、通信士の声が響く。
風間は暗視カメラの映像を凝視していた。渦の中心で、るりの漆黒の体が奇妙な光を放っている。
「アジの群れの位置は?」
「追跡不能」航海長が報告する。「渦の密度が濃すぎて」
その時、ソナーが新たな音響パターンを検出した。
「これは」音響手が声を上げる。「シンスイウオの発する音波に酷似していますが、周波数が」
艦内に、奇妙な振動が走る。
「全システム、異常なし」
「耐圧性能、正常値を維持」
「しかし、この振動は」
風間は、画面に表示される数値を見つめる。深度2,800メートル。通常のアジの群れが生息するはずのない深海で、何かが。
その時、るりの声が戻ってきた。
"風間艦長...この音波は、会話です"
「会話?」
"はい。シンスイウオが...いえ、シンスイウオではない何かが、群れを介して"
るりの声が途切れる。代わりに、艦内のスピーカーから奇妙な音の連なりが流れ始めた。
「これは」航海長が絶句する。
それは確かに、何かのメッセージのようだった。数秒ごとに繰り返される音のパターン。まるで、深海からの呼びかけ。
"風間艦長"るりの声が戻る。"私には、この音が理解できます"
「理解?」
"はい。波多江お姉さまの研究データの中に、類似した"
再び通信が途切れる。
「距離を取れ」風間が命じる。「この深度での長時間滞在は」
"待ってください!"るりの声が切迫している。"もう少しだけ...この存在との対話を"
暗視カメラの映像が乱れ始める。渦の中心で、るりの姿が徐々に霞んでいく。
「これ以上は危険だ」風間の声が強まる。「るり、即刻離脱を」
その時、艦内のシステムが突如として異常な反応を示した。
「全センサー、制御不能!」
「方位システムが」
「圧力計が」
風間は、混乱する艦橋で冷静さを保とうとする。
しかし次の瞬間、誰もが息を呑んだ。
渦の中心で、るりの体が発する光が急激に強まったのだ。そして、その光に呼応するように、アジの群れ全体が青白い輝きを放ち始めた。
「これは」
風間の言葉が宙に浮く。
深度2,800メートル。人類の知らない何かが、確かにそこにいた。




