6.覚醒
フタバはイツキに手をかざし言葉を紡ぐ。
「対象イツキ『血止めの奇跡』」
サクッと切られた傷口がキュッと引きつった感覚があった。
血止めと言われたが、血が止まっているかどうかの確認はイツキには走りながらではできなかった。
「イツキは攻撃系の『奇跡』を得ている はずだ。先ほど光を 闇で切り裂いたろう」
光からの脱出でそんなシーンは目にしたが、何かをした自覚はない。
「得ているだって?知らんわ、そんなモン!」
走っていた方向の10メートルほど先、シャッター通りのただ中に、物体が急に現れた。
間に通行人がひとり。
さすがにイツキは『危険』と認識したソレが通行人に害をなす可能性を無視できない。
「あんた、ソレに近付くな!逃げろ!」
通行人は血に濡れたイツキを見て慌てて、「ひっ」と物体の方向へ逃げだした。
「そっちに行くな!ソレにやられるぞ!」
通行人はそのまま走り、ソレとぶつかる……かと思いきや物理的な接触はなく、互いに気に留めることもなくすり抜けた。
「すり抜けた?やっぱプロジェクションマッピングなのか?……だったらこの傷はなんだ?」
「イツキ 油断するな。来てるぞ」
物体は上腕部を振りかぶって3メートルほど離れた所から飛びかかってきた。
プロジェクションマッピングと決めつけて再び切られるのは賢くない。
イツキは振り降ろされた腕を、先端に触れぬように、力を込めた手刀で横から弾いた。
「ぐっ、やっぱ実体あるじゃねーか!なんなんだコレ⁉」
フタバは交戦の最中、観察を怠っていなかった。
発見する。
手刀を打ちつけた際、イツキの腕が一瞬闇を帯びたことを。
物体の腕が打撃で凹んだのではなくえぐられていて、然らば出るはずの残骸が一片たりとも出てこなかったことを。
……そんなのは見たことも聞いたこともない。
しかし効果は未知ではあるもののイツキがやはり攻撃系の『奇跡』を得ていたことを確信する。
「イツキ 貴様は少なくとも 攻撃で敵をえぐること が可能だ」
「えっ⁈そりゃ殴れば敵は傷むだろうよ」
「違う。『奇跡』の話だ」
「いい加減にしてくれ」
この期に及んで奇跡だなんだいい加減しつこいとイツキは苛立つが、フタバは話を止めない。
「感覚としては 力を込める範囲を狭くする」
物体の3回目の攻撃をかわした後、イツキは問う。
「したら、どーなんだよ?」
フタバは戦闘に巻き込まれない距離をキープしつつ、答える。
「威力が増す と考えれば良い。指2本程度の範囲に込められれば ちょうどよかろう」
「爪相手に指で突けって?」
「そうだ」
(バカ言うな、そんな危なっかしいマネできるかよ!)
イツキはなるべく急所を物体から遠ざけて交戦したいと考えている。
命のやり取りに放り込まれた時点で戦意を失わないだけでも大したものであるが、やはり相手をどう仕留めるかより、自分が仕留められないようにはどう動くべきかを優先してしまう。
イツキは物体の跳ねに合わせ、後ろ重心で蹴りを入れた。
足先に力を込めるイメージを、蹴り脚の軌跡を描く思考の範疇で、ついでにしてみた。
当たった瞬間スコッと音が鳴り、体重を乗せていない一撃の割には物体の胴が深くえぐれていることに気付く。一瞬経った後、物体は姿を消した。
イツキは感知した。
意図的に力を込めるイメージを持って攻撃したことにより、イツキは自分の中のなにかしらの『エネルギー』の流れを感知した。
エネルギーを帯びた部位に凝固するような感覚、エネルギーの集中を感知した。
サッカーボールなどを蹴った時とは違う感触、打撃ではなく不可思議なダメージを与えうることを感知した。
早くもイツキは『覚醒』した。
「なぁフタバ、アレは放っておくとヤバイんだよな」
イツキは不敵に笑いながら当たり前だと思っていることをフタバに訊く。
「無論だ」
フタバはイツキの態度の変化に覚醒の兆しを覚えた。
「なら突いてやる。終わったら説明あるんだろうな?」
「私もイツキに訊きたいこと がある」
イツキは自身の覚醒に気を良くし、ついに決着を試みる決意を固めた。
「俺がアレをぶっ壊す!」
エピソード8以降はちまちま更新する予定です。長い目でお付き合いいただけると幸いです。