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紫貴先輩と光香が出会う謎と源氏物語

送信したメッセージは雲隠しています

作者: 恵京玖

 文化祭で配る文芸集を作るため作品を書いて鬼の編集者 青井先生に提出して直されて、ようやく原稿は全員分、完成した。それを印刷会社に渡し、冊子が出来るまで待つだけとなった。

 そしてあのメッセージが届いたのは、印刷会社に原稿を渡してホッとしていた文化祭一週間前のことだった。


 図書準備室にバイブの音がして紫貴先輩がスマホを手に取った。

「あ、まただ」

「どうしたんですか?」

「むーちゃんからのラインが取り消されちゃった」

 悲し気にそう言って紫貴先輩はライン画面を見せていた。

 画面には【六川 ももさんがメッセージの送信を取り消しました】と言う文が出ていた。そしてすぐに【ごめん。間違えて送っちゃった】とシュポンとメッセージが出てきた。

「間違えて違う人にメッセージを送っちゃったみたいですね」

「光香ちゃんは取り消されたメッセージって、気になる?」

 私は「うーん、私は気にならないですけど……」と言葉を濁す。だけど最近六川先輩の送信取り消しが多いと紫貴先輩が言っていたのを思い出す。


 むーちゃんこと六川先輩は紫貴先輩の親友だけど最近、距離を置いているようだ。夏休みまでは仲良く話している所は見ているし、紫貴先輩をモデルに絵を描いていたのだ。でも二学期が始まって体育祭が終わり、文化祭が近づくとあまり六川先輩は紫貴先輩に突き放すような感じになってしまった。

 六川先輩は割とつっけんどんな態度の人だけど、紫貴先輩には好意的な雰囲気があったのに。


「六川先輩は文化祭実行委員だから、きっと文化祭関係の書類の画像を間違って送っちゃったんですよ」

 私がそう言うと紫貴先輩は「そうだよね」と言って、画面を見ながら「考えすぎだよね」と話す。そして画面を変えて、ある画像を見る。

「それって六川先輩が以前、送ってきたレシートの画像ですよね」

 六川先輩はラインで送ってすぐに消したのだが、紫貴先輩は画像を保存しておいたのだ。

 そのレシートを写真に撮って紫貴先輩にも送信していたのだ。

「ギフト券を買ったレシートですよね」

「むーちゃんは何で買ったかな? それと去年の文化祭の日にちと近いかな」

 紫貴先輩は「うーん」と悩んだ後、「またちょっと探ろうかな」と言ってスマホをしまった。


 そして紫貴先輩は「はあ」とため息をつきながら、薄紙を折って輪ゴムで縛って広げる花紙を作り出した。何となく花を広げる時の手つきが、おぼつかなくて不安になってしまう。

「苦手だな、こういうの」

「私も作ります。と言うか、この花紙は何ですか?」

「文化祭でうちのクラスの出し物に使うのよ。またカフェをやるって事になったけど、インスタとかにあげられる、えーっと……映えスポットを作るみたい」

 私は「へえ」と相打ちをする。私のクラスはお化け屋敷と決まったが、かなり揉めている。

「三年は自由参加って形になっているけど、それでもこういった作業はお手伝いしないといけないのよ」

「そう言えば、二年の時も紫貴先輩って文化祭のカフェのお手伝いしたんですか?」

「ううん。私ってああいう雰囲気とか苦手なんだよね。だから文芸集を渡す係を午前中にやる事にして文芸部の仕事がいっぱいだからって言い訳してカフェのお手伝いから逃げていたの」

 真面目そうなのに、こういう所はササっと逃げる紫貴先輩にちょっと笑ってしまう。でも確かにカフェみたいに活気のある場所には紫貴先輩は似合わなそうだな。

「そう言えば、カフェの手伝いから逃げるのにむーちゃんにも手伝ってもらっちゃったな」

 悲しそうに独り言を言いながら紫貴先輩は紙の花を咲かせた。

「こういうお花っていいよね。可愛いし枯れないから」

「そうですよね」


 こんな感じで六川先輩の削除したメッセージを忘れて行った。

 だがこのメッセージとレシートを再び文化祭当日に思い出す事になった。




 文化祭はとっても楽しみだった。引っ越ししてしまったサラが家の用事で地元に帰ってきたのだ。そして午前中のみだけど文化祭に来るからだ。

「サラ!」

「ミツ!」

 私とサラはギュウッと抱きしめて、再会を喜んだ。

「えへへ、久しぶりだね」

「うん!」

 可愛い笑顔を見せてサラは頷く。うん、可愛いぞい。

 毎日、ラインでメッセージを送ったり毎週お絵描きチャットなどして遊んでいるけど、やっぱり実際に会った方がいいなって思う。抱きしめたり、撫でたりしたい放題だもん。

「楽しみだったんだ。紅梅祭もそうだけど、ミツが言っていた噂の紫貴先輩に会いたかったから」

「うん、今、連絡通路で文芸集を配っているよ」

 早速、文芸集がある連絡通路へと向かう。


 まだ午前中なのでお客さんは少ない。と言うか、まだ準備しているクラスもあったりする。そんなクラスを見ながら、うちのクラスの子と目が合った。ちょっと睨んでいるようだが、私は会釈をして関係ないとばかりに目を逸らした。

「ミツのクラスは何しているの?」

「お化け屋敷!」

「へえ、ミツは当日の係とかあるの?」

「午後から文芸集を配る係をするんだ。クラスの催し物は準備係だから、当日は仕事が無いの。だから午前中はサラと二人で遊べるよ」

 ちょっと得意げにサラと話して、連絡通路へと急ぐ。

 去年と同じ連絡通路はパーティションを広げて、書道部やイラスト部の作品が飾ってある。その奥にひっそりと紫貴先輩が椅子に座って待っていた。

「あ、光香ちゃん。それからお友達のサラさんかな?」

「はい。いつもミツがお世話になっています」

「いえいえ、私もお世話になっています」

 ちょっと不思議な挨拶にみんなでちょっと笑ってしまった。

 制服を真面目に着こなして古風で風変わりな紫貴先輩と小さくて可愛らしくて甘えん坊なサラはすぐに仲良くなった。


 紫貴先輩は文芸集とある物をサラに渡した。

「あ、そうだ。はい、文芸集とおまけ」

「あ、花紙だ」

 それは以前、図書準備室で作っていたピンクの花紙だった。紫貴先輩のクラスで映えスポットのために作った花紙だったが余ってしまったので、文芸集をもらいに来た人にプレゼントをしているのだ。

「光香ちゃんも、はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 紫貴先輩にもらった花紙をサラの頭につけてあげる。ちょっと暗めの茶髪にピンクの花がついて可愛らしい。

「サラ、可愛い!」

「えへへ、ありがとう」

 ニコニコと笑ってサラはお礼を言った。


 その時、「あ、笠間さん!」と聞き覚えの声が聞こえてきた。パッと振り向くと明石さんだった。今回の文芸集の表紙を描いてくれたのだ。

「あれ? 文芸集はもらったよね」

「友達の案内しているんだよ。サラ、この子は明石さん。今回の文芸集の表紙を描いてくれたんだ」

「もっと派手にするつもりだったけどねー」

 文芸集の表紙はキラキラな目をした女子高生だけど、元の絵は十二単の女性でキラキラなトーンがいっぱい張っていた。が、鬼の編集者の青井先生にダメだしされて今の絵になっているのだ。

 

 サラを見て明石さんはニヤッと笑い、「笠間さんもクーデター組?」と話してきた。それに、ちょっとうんざりしながら「そうだね」と答える。

「クーデター組?」

「クーデターと言うか、裏切ったと言うか。あ、サラ、別にヤバい事はしていないって。うちのクラスでお化け屋敷をやる事になったんだけど、事前の準備が全然出来なかったんだよ。文化祭実行委員が『ちょっと待っていて』『前日に全部やろう』って言っていて」

「えー、なんで?」

「予算の関係とか言っていたけどね。だけど絵の具とかサインペンはこっちで持ち寄って、段ボールとかはスーパーとかでもらいに行けばいいから、予算なんてスズメの涙も使わないと思ったわけ。だから実行委員の言葉を無視して段ボールとか絵の具を持ってきて、お化け屋敷の看板とか作ったのよ。それで実行委員が怒ったのよ」

「うちのクラスもそうなんだよね。うちのクラスは脱出ゲームだから道具とかそんなに必要ないけど、必要な買い物は実行委員の子が全部買うって言うから面倒だったんだ。結局、自分らで持っているものを集めて買う事は無かったけど」

「私のクラスは無視して買ったから、お金が戻ってこないかもね」

 私がそう言うとサラも明石さんも紫貴先輩も「えー! 嘘でしょ!」と驚いた。その反応に苦笑いしながら、私は説明した。

「さすがにセロテープとかスズランテープは買わないと無くて……。百円ショップや文房具屋に行って買ったんだけど、領収書じゃ無いから無理って言われちゃったんだ」

「レシートだとダメって事?」

 サラが不思議そうな顔で聞いてきたので、頷くと「うちの学校とは違うね」と話し出した。

「うちの高校は来週が文化祭だけど、必要な物を買ったら領収書じゃなくてレシートで渡してくれって言われた」

「うちと逆だね」


「うん。領収書だと買ったものが分からないからレシートで持ってきてほしいって言われるんだ。ほら買ったものが分かると不正しにくいでしょ」


 サラの言葉にハッとしてしまった。紫貴先輩を見ると何かを思い出したような顔になった。




 紫貴先輩のクラスのカフェがすごいと言う情報を明石さんから得たので、早速行ってみたが想像以上だった。

「すごいね、鬼滅の刃に出てくる藤の花みたい」

 サラの言う通り、天井にはピンクや白の花紙が連なって多く吊るされて幻想的だった。午前中だが、結構の人数が入っていた。

「あ、凄いよ、ミツ! あの壁!」

 そう言ってサラは壁についてある花紙をたくさんつけた大きなハートを指差した。このハートの前で写真を撮っている人もいて、順番待ちをしている。

「私達も撮ろうか」

「うん!」

 早速、その列に並んでハートの前で私とサラは写真を撮った。紫貴が言っていた映えスポットってここのようだ。

 サラと二人で抱きついて写真を撮ってもらった。


 それから六川先輩が所属している美術部の作品を見に美術室に向かう。

「あ、これって紫貴先輩だ」

「うん。十二単のコスプレしているんだ」

「すごく綺麗だね」

「ねー、絢爛豪華。紫貴先輩はこういうのは着なさそうだけど」

 美術部には明石さんが所属するイラスト部の冊子もあったので、これももらって行った。


「ねえ、ミツ。なんか考えている?」

 覗き込むようにサラが聞いてきたので、慌てて「考えていないよ」と返す。だがサラは「えー」と言って不満そうに頬を膨らます。

「なんか、ぼんやりしているっていうか。上の空って感じだよ」

「うー、ちょっとね……」

「ふうん。まあ、紫貴先輩って綺麗だもんね」

 ちょっと口をへの字で曲げて、サラは不満そうだ。嫉妬しているのだろうか。

 サラは文芸集を取り出して私の作品を広げた。

「それに光香がミステリーを書くなんて。思いもよらなかったな」

「殺人は起こっていないので日常の謎って言うジャンルらしいけど」

「これも紫貴先輩の影響?」

「サラ、嫉妬しないで」

「してませーん」

 サラの両親が高校まで迎えに来るそうなので、それまで私とサラはベンチで待っていた。

 徐々に校門から保護者や中学三年生らしき人達が入ってくる。そろそろ、文化祭も混んでくる時間だ。

 パラパラとサラが文芸集をめくっていると「へえ」と言ってきた。

「紫貴先輩は【源氏物語の雲隠について】を書いているね」


 源氏物語では【幻】の次の巻である【雲隠】は題名だけ存在しているだけで、本文は無い。

 これは紛失したのか、後世に誰かが巻名だけをつけたと言う説があるが、一番有力なのは、巻の名前だけど付けて、本文は書かないで光源氏の死を暗示させていると言う説がある。なので【雲隠】は源氏物語には含めないのだ。


「でも、こういうのってちょっとモヤモヤしちゃうよね。誰かが【雲隠六帖】って言う偽書を作っちゃう気持ちも分かる気がする。だって次の巻の名前が書いてあるんだもん」

 サラがちょっと不満げにそう言った。

 確かに次の巻の名前があるのに本文が無いのはモヤモヤしちゃう。休載した漫画が「やっぱり、終了します」って、後日発表されるくらい。そういう漫画と違って源氏物語は区切りが良いけどさ。

 きっと昔の人もそう考えてサラが言った【雲隠六帖】と言う作者である紫式部が書いたものでは無い作品が出てきちゃうのだろう。

「でも、もしかしたら偽書を作った人は偽物を作ろうって思って作ったわけじゃないと思うよ」

「えー、どうして?」

「確証は無いけど、この頃からきっと二次創作って言う奴があったんだよ」

「あー、なるほどね。だけど今みたいに二次創作ですって表記が無いから見つけた人が続編って思ったんだろうね」

「この世界が崩壊して今の漫画とかを未来人が見つけたら、色々と研究されるのかな?」

「かもねー。しかもオリジナルが人気だと、二次創作はいっぱいだから未来人は悩んじゃうね」

「あははは、大変だー」

 そんな他愛もない事を話していると、サラはスマホをチラチラと見る。そろそろ両親が迎えに来る時間になってきている。


 ふっとサラがカバンの中に覗き込むと「あ!」と声を出した。

「うわ……、花紙がちょっと崩れちゃった」

 そう言ってサラが出した花紙はちょっと形が崩れていたので、丁寧に形を整えている。ちなみに私がサラの頭につけていた花紙はまだついている。こちらは可愛いし、まだ形は整っている。

「花紙って何って言うか儚いよね。こうして崩れちゃうし、水に濡れたらダメになっちゃうし。儚いよね」

 そう言いながらサラは花紙を直して「ミツ、こっち向いて」と言った。

 サラの言う通りにサラの方に身体を向けると頭に花紙を付けてくれた。

「うん、ミツも可愛い」

「あまりに似合わないよ」

「あー、取らないで」

 あまりこういうのは似合わないけど、サラが言うからには取らない事にしよう。

「私もね、来週に文化祭があるんだよね。その時に配る漫画も作っているんだ。出来たら送るね」

 私が「うん」と頷くと、タイミングよくサラの家族が迎えに来た。

 サラが「そろそろ行くね」と立ち上がって、座っている私を抱きしめた。

「それじゃ、またね」

「またね」

 そう言ってサラと別れた。




「わあ、うちのクラスの映えスポットすごいね」

 紫貴先輩のクラスの催し物の画像を見せると、自分のクラスなのに紫貴先輩は感動していた。マジで自分のクラスの催し物は一切、関わっていないんだな。

「ふふふ、サラちゃん可愛かったね」

「小さくて可愛いんですよね」

 私がウザいおっさんのようにサラを萌えていると、紫貴先輩は「そう言えば、サラちゃん言っていたね」と話し出した。

「領収書だと買ったものが分からないから、文化祭で必要になった物は買ったものはレシートで渡すって」

「うちのクラスの文化祭実行委員の子が訳の分からない物を買って来ようとしていましたね。もしかして横領っぽい事をしているんじゃ……」

「……ごめんなさい。私、二年生の時から文化祭に関わっていないんだよね。むーちゃんは別にやらなくていいって感じで。もしかして横領ってバレるのが嫌だったのかな?」

「じゃあ、なんでレシートの写真を送ってきたんでしょうかね」

 紫貴先輩はじっとレシートを見て、考えていた。

 午後からは私が文芸集を配る係になった。と言っても、ほとんど誰も来なかった。紫貴先輩は自由時間になったけど、ずっとそこにいた。


 唯一、来たのは明石さんだった。

「笠間さん! ヤバいよ!」

「どうしたの? 明石さん?」

「去年、二年生と三年生の文化祭実行委員が文化祭で使わない物を買って領収書を出してお金をもらっていたんだって。それで今年も出来るって思ってやったみたい」

 やっぱりと言う気持ちと相変わらず明石さんは行動が速いなって思った。サラの言葉で気づいたのは私や紫貴先輩だけでは無かったのだ。

「一部の先生も薄々、気づいていたみたいだから文化祭が終わったら何かしら処分や説教とかあるかもしれないって」

「そうなんだ。あれ? 一年生の子達は?」

「一年生って買う物って少ないから、水増し請求が出来なかったのよ。やろうとしていた子はいたらしいけど」

 ……うちのクラスの子もそうだろうな。やけにいらない物を買おうとしていたから。

「いやあ、こういうのって横領って言うんでしょ? ヤバいね。政治家とか大企業みたいな話しみたい」

「と言っても、数千円の世界でしょ? ニュースにもならないよ」

「でも学年全部で合わせれば、一万近くになるらしいよ」

「塵積って奴だね」

 そんな会話をしていたが、紫貴先輩は黙って聞いていた。


 明石さんは去っていき、私と紫貴先輩だけが残った。そして突然、紫貴先輩は「光香ちゃん」と言って話しかけてきた。

「むーちゃんと昔、【怪盗と探偵】ごっこで遊んでいたって話したことあったよね。むーちゃんが暗号を出す怪盗になって、私は解く探偵になって遊ぶゲーム」

「はい」

「今回の謎は解きたくないな」

「ですよね」

「でも、真相を知りたい気持ちもあるんだ」

 遠い目をしながら、窓の外を見る紫貴先輩。六川先輩が遠い所に行ってしまったような目をしていた。それは引っ越しなどの物理的な距離よりも、はるかに遠いような気がした。

 そんな紫貴先輩を見て、私は口を開いた。


「私が話してきましょうか?」


 紫貴先輩は「お願い」と呟いた。




 平安時代では、文字にはそれを書いた者の魂が宿ると言われていた。だから源氏物語の光源氏は最も愛した紫の上が亡くなった後、手紙を焼いて思いを断ち切ろうとしていた。ちなみに竹取物語でもそう言った描写がある。


 なんにしてもメッセージには、その人の気持ちが籠るんだと思う。それが例え、送信を取り消したメッセージでも。


 午後三時頃、私は六川先輩を連絡通路の真下で呼び出した。催し物も無いから人は来ないからだ。

 もうそろそろ文化祭が終わる時間で、人もまばらになってきた。

「すいません、六川先輩。呼び出しちゃって」

「別にいいよ。で、何の用?」

 六川先輩は何かを思いついたような顔をして、「あ、横領していたこと?」と話し出した。

「うん。私が二年生の時に卒業した当時の三年生が、横領が出来るって言ってやったのよ。本当にバレなくてびっくりした。だけど今年は二年生の子達が横領する金額を馬鹿みたいにあげちゃって先生にバレちゃったわけ」

「……本当にやったんですか?」

「文化祭実行委員ってクラスに二人でしょう。私じゃない、もう一人の子が主導でやって私はやっていないし、お金ももらっていない。だけど知っているのに、先生に言っていない。多分、先生に尋問されても知らなかったって答えると思う。結構、卑怯な立ち位置ね」

 もう諦めの境地なのか意外とスラスラと話している。否定するか、突っぱねるか、と思っていたので驚いている。


「私は別に横領した事について聞こうと思ったんじゃ無いんです」

「じゃあ、何?」

「紫貴先輩のラインに送信取り消しをしたメッセージと送られてきた画像です」

 これから言う事は、ものすごく大きなお世話な感じだけど言うしかないな。覚悟を決めて、私は口を開いた。


「六川先輩。もしかして紫貴先輩に横領ついて気づいてほしかったんじゃ無いんですか?」


 六川先輩は何も言わないので、更に私は続けた。


「以前、送ったレシートの画像。これって横領した証拠なのかなって思ったんです。だけど、領収書をもらう時ってレシートと一緒にもらわないんです。だから敢えて六川先輩は、わざわざこのギフト券を買って横領しているってアピールして気づかせようって思ったんじゃ無いんですか? 解いてほしかったんじゃなかったんですか? 昔、遊んだゲームみたいに紫貴先輩が探偵になって」


「……」


「ただ紫貴先輩は領収書とか分からなかったんです。他にもラインの送信取り消しのメッセージとかたくさん送られていたから異変は気づいていたけど、横領までは分からなかったんです。だけどサラ……私の親友がちょっとヒントをくれて、ようやく分かったって感じです」


「紫貴は自分の世界を持っているからね。クラスの派閥とか流行とか一切わからないし、知ろうとも思わない。そもそも教えて理解できるかもわからない」

 遠い目で六川先輩は「そういう所が私は好きだったんだけどね」と言った。諦めのような目をしている気がした。

「でも私の事を心配してくれているっていうのは分かっていたよ」

「ちゃんと正直に言えば良かったと思います」

「小学校の時にいじめられていた紫貴を助けたんだよ。その時、紫貴は私の事を正義感が強いって思ったみたい。別に正義のためにやったわけじゃないのに。だけどその印象を壊したくなかった。その癖に、こうして気づかせるような行動して、なのに突き放したりして……」

 そうしてボソッと「メンヘラっぽいな」と呟いた。確かに何をしたいのか分からない行動だ。でも悩んでいると冷静じゃ無いから、そうなっちゃうんだろうな。

「でも全部、バレちゃった」

「ごめんなさい。私が謎解きして」

「別にいいよ。紫貴に合わせる顔が無いな」

 諦めたような表情を浮かべた六川先輩は「それじゃ、もう行くね」と言った。

 その時だった。


「むーちゃん!」


 紫貴先輩が連絡通路の窓から顔を出した。

 そして窓から花紙が降らした。

 とても軽い花紙だから、フワフワと雪のように降っていて幻想的だった。


 花紙は枯れない。六畳御息所に心変わりしていないっていう意味で光源氏が常緑樹の榊の枝を渡したのを思い出した。

 でもその一方で花紙は脆い。すぐに壊れてしまう。

 そんな矛盾を持った花。


 そんな花紙が舞う場所で六川先輩は幽かに笑い、泣いていた。





 こちらでシリーズ最後の物語となっています。

 最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。


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