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火の女王

人気のない更地でユリアンは浅く切られた藁の束を確認しメルに近づいた。



「力加減はしっかり出来ているね、あとは」


「もう百回は聞いたって、絵本に出てきた様な悪人にしか魔力は使わない、これで良いでしょ?」


「忘れない様にね」


「へいへい」



 メルが人間になってから半年の時間が経ったが大きな問題は起こさず生活できている。そして、ユリアンとマサトは翌日この街から出る事になっていた。



「メル…本当に付いて来ないの?」

 

「硬い地面で野宿とか今更嫌だね、固パンもまずいし」


「そっかぁ、寂しくなるなぁ」


「寂しいってなんなの?」


 ユリアンはメルのサラサラとした白髪を優しく撫でた。


「離れたくないって感じかな?」


「発情臭いから私は離れて嬉しいけどな」


「ひどッ!?」


 


__




翌日、女将とメルは街の門でマサトとユリアンのお見送りに来ていた。



「女将さん、メルの事よろしくお願いします」


「あぁ、アンタらも気をつけて行くんだよ」



 マサトはメルに近付き目線を合わせた。



「メル、しばらく会えなくなるけど本当に人間のままで良いんだな?」


「バイトは怠いけど、人間のままでいいよ。バイトは怠いけど」



 ユリアンも最後の言葉をメルにかける。



「ヨルズさんに迷惑かけないようにね」


「はーい」



 2人を見届けた女将『ヨルズ』は居なくなった方角をずっと見ているメルの肩を叩いた。



「そろそろ戻るよ」


「うん、ちょっと寂しいが分かったかも」




__





それから2年、メルの身体が10代前半まで成長した頃、酒場の上の階で生活しているメルの部屋の窓からコンコンと音が鳴った。


「ねむ…朝早くからどしたの?」


 窓を叩いたのは野良猫であり街中の猫は有益な情報があれば、食べ物と引き換えにメルの部屋を訪ねる様になっていた。


「ニャーニャーー」


「地震が来そう?」


「ニャーニャニャ」


「森が騒がしい?」


「ニャ」


「そっか、ありがと」



 野良猫はメルの手からジャーキーを咥えると、何処かへ行った。



 メルにとって地震はどうでもいい、揺れが大きかろうと小さかろうと自然災害はどうしようもない。だが酒場とヨルズとその旦那に何かあったら自分に関わる。ふかふかのベッドとお腹いっぱい食べれるこの環境は手放したくないメルの理想郷だった。


 


__



 



「妾が、家畜如きに敗北するなど…」


 火の女王と恐れられた魔女は塵になって崩れていく自身の体と目の前の人間を見つめ思案した。突如、城に侵入してきた人間2人が手下を排除していき、魔界でも屈指の実力を持つ自身と遜色ない力をふるい、難戦を人間が勝利で収めた。



(何かがおかしい)



 人間は食用か娯楽の道具として扱われている。数百年に1度、買い主から逃げ出した人間達が徒党を組み反旗をひるがえすが、それすらも魔族達の娯楽の一環であった。脆く、弱く、喚く、ただの家畜。



(突如として現れた卓越した力を持つ人間…まさか別世界からやってきたのか?)



 頭の先まで塵になった女王の意識はここで途絶えた。



__

 




 赤の曇天が占める草木が一本も無い荒野、大気に舞った灰が渦となり人の形を成形していった。



「随分衰えた…今の妾は灰の魔女といった所か」



 格の堕ちた女王に2度の復活はない博打の蘇生場所。アテが外れたら近くの下位魔族ですら抵抗出来ず嬲られ殺されるだろう。



 目の前に聳え立っている10mの禍々しい巨大な門。女王はそっと扉に手を添えると口角を吊り上げた。



「アハハハハハハハハハ、やはりこの扉を人間がこじ開けて来たのか!」


 

 魔王ですら開く事ができなかった扉を人間が外側から開いてきた。そして扉は今も確かに固く閉されているが、牢固で複雑な魔力が巡っていた扉が今は自身なら難なく開けられる回路となっていた。



「あの人間が此処から帰還する為に、鍵を甘く掛けたな」



 魔族のほとんどが見向きもしない、封じられた巨大な門。



 その魔力の綻びを魔女マリィアークは開錠した



「青い空…気色が悪い、空気中の魔力も薄く呼吸が苦に感じる」




 マリィアークは背後の次元の裂け目を完全に閉じた。自身でも魔界からも二度と開く事が出来ない様に徹底的に。





__



  

 サンダルに上着だけ着たメルは、料理の仕込みをしている厨房のヨルズに顔をだした。



「珍しく早起きしてどうしたんだい?」



 ヨルズは心底珍しいといった顔で肉の処理の手を止め、尻をポリポリ掻いているメルに向き直った。



「なんか地震が来るみたいでさ、一応注意しといて」


「詳しく教えなッ!」


「ひんッ!?」



 メルは首根っこを掴まれ椅子に座らせられると、先ほどの野良猫との会話をヨルズに伝えた。



「アンタ、朝のバイトはいいからこの事をギルドに報告してきな」


「えぇ、こんな事言っても誰も信じないでしょ」


「私も常連には声をかけるから言って来なッ」


「え〜…だる」ボソリ



 スパーンッと心地の良い音が酒場から鳴り、屋根に止まっていた鳥達が羽ばたいて行った。


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