8 素敵な部屋
イブニール公爵にエスコートされたまま、わたしが過ごすこととなる部屋まで連れてきていただいた。
両手を広げても余りそうな充分すぎるサイズの寝台とその部屋の大きさには面食らってしまったが、猫足のチェストやサイドテーブル、真鍮のノブが付いた書き物机や座り心地のよさそうな長椅子など、どれ一つとってもおしゃれで、また、白と淡いピンクでコーディネートされた内装は洗練された華やかさがあり、視界に収めれば自然とため息が漏れる。
「もし好みの色があればすぐに整えますのでおっしゃってください。欲しいものがあればそちらも遠慮なくお伝えいただければと」
イブニール公爵がわたしの顔を覗き込みながら微笑む。
「こんなに素晴らしいお部屋をお借りしてしまっていいのでしょうか……。どなたかが使っていらっしゃったのではないですか?」
「いえ。もともと空き部屋のようなものでほとんど使っていませんでした。あまりにも武骨な内装でしたので、勝手かとは思いましたが取り急ぎ整えさせていただいたんです」
「おいそがしいのにそのようなことまでしてくださってありがとうございます。とても素敵なお部屋で一目で気に入ってしまいました」
「それならよかったです」
イブニール公爵が嬉しそうに答える。
「可能であればほかの部屋も私が案内をしたかったのですが、残念なことに仕事がまだ残っておりましてそれが叶わず……このあと執事に案内させるよう指示を出しておきました。が、その前に一つお願いが」
エスコートの形を保ったままの左手が軽く引かれ、同時にイブニール公爵が一歩下がる。わたしは誘導されるままにイブニール公爵と向き合った。
「これからは敬語をやめ、呼び名も改めましょう」
いいかな?と遠慮がちに訪ねてくる公爵様のお顔は仮面のせいでのっぺりとしているのにどこか蠱惑的で、思わずどきりとしてしまう。
「は、はい……」
「よかった。敬語だと必要以上に紳士然としてしまうし、嘘の自分を見せているようで苦しかったんだ」