3 呪いの仮面
婚約をお受けする旨の手紙を返送した翌日には迎えが来て、あっという間にイブニール公爵のお屋敷へと到着した。
案内された客間は広々としていて、少人数であればお茶会も充分に開けるくらいの広さがあった。さすが公爵家、恐ろしいほど規模が異なる。
「本日はお招きありがとうございます」
執事のあとに続き、部屋の右側に用意された椅子へ腰をかけた。
入ってきたところとは別に向かい合った椅子の奥にも扉があって、こちらは執務室と繋がっているのかもしれないなと想像する。
あまり見ない間取りだけれど、仕事の合間を縫って客の対応をするにはとても効率がよさそうに思えた。
目の前に広がる机は食卓かと見間違えるほどには大きく(もちろん公爵家の食卓となれば、さらに威厳の感じられる大きさなのだろうけれど)、イブニール公爵が座す真正面の椅子まではかなりの距離がとられている。
勝手な思い込みなのはわかっているけれど、長く伸びた机とその先の公爵様から、誰も近くに寄らせないぞという気迫が感じられるような気がして必要以上に身体がこわばってしまう。
「もう少し落ち着ける部屋も用意できたのですが、話の内容を鑑みてこちらの客間に準備をさせていただきました。難しいとは思いますが、なるべく気を楽にしてください」
イブニール公爵が両肘を机について指を組み、そこに顎を触れさせながら言った。
わざと崩した格好を見せて緊張をほぐそうとしてくれているのかもしれない。イブニール公爵はそういった気遣いができるお方だ。
「お心遣いありがとうございます」
いくらか和らいだ笑みでお礼を述べると、イブニール公爵は唇の両端を緩やかに引き上げた。
(唇の動きは読み取れるけれど、記憶に残らないのが不思議)
頭の中で再現しようとしても、唇の部分がどうしてもはっきりしない。
(それ以外の部分は明確にわかるのだけれど)
それ以外の、とは言っても見えているのは麗しい金の髪のみで、顔の大部分は仮面で覆われている。
鼻の下部と口部分だけがくり抜かれたその仮面の表面は銀色に輝いていて、なんとも奇妙な雰囲気を演出していた。
人となりをある程度知っているからか愛ゆえか、不思議と不気味さは感じなかった。
(なぜこのような仮面をお付けに?)
目元が完全に塞がっていて、不便であろうことは容易に想像がつく。好んで身につける人はまず居ない。
(まさか目にお怪我を……!?)
失明の可能性が頭を過り、思わず、はっとした表情を浮かべてしまう。令嬢教育で学んだ沈着さはいまここにはない。
「目の部分が覆われていていますが、怪我はありませんしこの状態でも視界は良好ですので安心してください」
「そう……なのですか」
目元に小さな穴でも空いているのかもしれない。怪我もないとのことでひとまず安心したものの、そうなると一風変わった仮面をつけている理由がわからない。
深く踏み込んでもいいものか判断できずにいると、イブニール公爵が仮面をつけることになった経緯を端的に説明してくださった。
「実は、家に届いた贈り物を興味本意で着けてみましたらこれが呪いの品で、どうにも外れなくなってしまいまして」
「まあ」
呪いの品は希少で、普通に生活していればまず目にすることがないものだ。それが手元に来てしまったのは不運としか言えない。
「親しい方からの贈り物だったのですか?」
「いや、贈り主は不明でした」
「そうなのですね……」
送付元の分からない仮面を着ける行為は、いつも細部まで気を回し丁寧かつ慎重な仕事をしてくださるイブニール公爵らしくない気がしたけれど、世間的には存在自体を知らないか眉唾物だろうという認識が大半であるので、仕方がないことかもしれない。