限界
「智也さんたちのいる場所を探しましょう。オリバーはどこにいると思う?」
「今頃サルトさんの所かと」
「じゃあ素早く行動開始ですね」
オリバーが先頭にオリビアらは歩き出した。このままモンスターに見つからずにサルトや智也の場所へとたどり着けばいいのだが。
「ここはどっちへ行けばいいのでしょう?」
オリビアが彩子に聞いた。
「わかりません。私にはさっぱり」
「ドオオオオン!」
大きな音が鳴り響く。サルトと虎のモンスターが戦っている場所だ。オリビアはサルトのもとへと向かうように指示した。
「この音を頼りに向かっていきましょう」
「わかりました」
「ドオオオオオオオオオン」
「まだ音が響いています」
「サルトさん、もしくは智也さんたちの身に何かあったのだろうか。皆さま急ぎますよ」
今できることは音を頼りにすぐにでも智也らと会うことだ。オリビアらパーティーは一斉に向かう。しかし、一匹のモンスターが彼らの道を断った。
「これはスパイダーです。毒を持っている場合もあるので注意してください」
「わかりました」
スパイダーはオリビアたちをにらんでいる。すかさずオリバーがスパイダーに剣を向けた。
「どりゃああああ!」
オリバーは立ちふさがるスパイダーを斬ろうとしたが、なにやらクモの糸のようなねばねばとした糸を噴射し、剣が糸に絡まってしまった。
「しまった」
すかさずスパイダーが毒液をオリバーに向けて噴射した。しかしオリバーは剣を放棄し毒液を回避した。
「なかなか厄介ですね。ではこれならどうでしょう」
オリバーは遠距離広範囲攻撃であるスプラッシュウォーターを発射し、スパイダーに直撃した。
「どっっぱああああん!」
スパイダーは水属性の魔法攻撃を受け、戦闘不能状態に陥った。
「なんとか倒しましたね。でも糸を吐くモンスター。厄介ですね。また次に出くわさなければいいのですが」
「ドオオオオオオン!ドオオオオオオン!ドオオオオオオオン!」
「ドオオオオオオン!ドオオオオオオオン!ドオオオオオオオン!」
「大きな音ですね。サルトさんの必殺技の音でしょうか」
「何でわかるんですか」
「サルトさんは大技で連撃に似た必殺技を使用するのです。攻撃を何回か連続する技を持っているんです」
「そうなんですね。同じパーティーの仲間というのに何も知りませんでした」
彩子は自分の無知を恥じた。サルトとは長い付き合いというまではいかないが仮にでも仲間だったころも恥じる理由だ。
「皆さま急ぎましょう。サルトさんが必殺技を使ったということはそれだけ強力なモンスターなのでしょう。智也さんたちがいたら彼らが危ないです」
「はい!」
オリビアたちはやがてサルトや智也たちのいる場所へたどり着いた。何度かモンスターに遭遇したが、なんとか撃退した。智也は大丈夫なのだろうか、と彩子は悩んでいる。
「智也!」
「彩子、どうしてここにいるんだ!ここは危ないんだぞ。今すぐに逃げろ」
「なによ。あなたを向かいに来たというのに」
「なぜだ」
「私はあなたの無事を祈っているのよ。いつも一人で重荷を背負って。一人で何でも解決しようとする。そんなところがあなたのダメなところよ」
「おまえ今そんな話をしている場合じゃないんだぞ。ここは危険なんだ」
「だからあなたを向かいに来たの。オリビアさんが賛成してくれたのよ。オリバーさんも」
彩子と智也は二人で喧嘩しているように見える。だがそれが普通なのだ。彼らの日常はこんな些細なところにある。今そんな場合じゃないのだが。
「智也。今から逃げましょう。サルトさんも」
「無理なんだ。あそこにけが人がいるのが分かるよな」
彩子が智也の指す方を見ると多数の負傷者が横たわっているのが確認できた。
「いまサルトさんが逃げたら、あの人たちがやられてしまう。いまファシーが助けを呼んできてるところだ。少し待ってくれ」
「智也がここにいると危ないじゃない。せめて少し遠くから見張っていたらどうなの」
「俺は少しでもサルトさんのためになりたいんだ。だから今、ここにいる。彩子は危ないから下がってろ」
「いやよ。なら私もここにいる」
智也の機嫌が少し悪くなった。
「ここは危険なんだぞ。俺だけで十分だ。お前は下がってろ」
「折角ここまで来たのに」
「今はサルトさんに任せるしかないんだ。俺は少しでも支援したいからここにいる。わかったか。わかったら向こうで待機してろ」
「わかったよ。でも私の助けが必要だったらいつでも頼ってね」
「おうよ」
「ドオオオオオオン!ドオオオオオオオン!ドオオオオオオン!」
「サルトさんが必殺技を使ったようだ。まだサルトさんは戦えているみたいだ。俺も助けになりたいぜ」
「ざざっ」
「智也!」
智也はサルトとモンスターが戦っているフィールドのさらに近くまで移動した。それにしても彼の自信は一体どこから来ているのか。経験からなのか、それともボイスリアクトが所持しているためか。それは誰にもわからない。
「ギイイン!」
「くっ」
「はあ!」
「ドオオオオン!」
「グオオオオオン!」
サルトの攻撃がモンスターに直撃したがモンスターはまだピンピンしている。しかし体の内部に残ったダメージは回復できないのでかなりダメージを受けているはずだ。あと何度かぶつけることだ出来れば倒すことができるのかもしれない。いまは両者ギリギリのところで戦っているのだ、サルトはもう限界が来ている。虎のモンスターの方も限界は近づいている。今は虎の方に分がある。しかし仲間が呼ばれればまだサルトに分がある。必殺技もそろそろ使用限界が来るのでこれ以上打てないだろう。これ以上打つとサルトの身を亡ぼすのかもしれないほど使用している。
「がぶっ」
「サルトさん!」
「サルトさんはもう限界だ。こうなったら俺たちで...」
「うおおおおおおお!」
「智也!」
智也は全力でモンスターの方へ駆けていった。自らの犠牲をはらんで。
「グオオオオオオオン!」
モンスターが吠えサルトの後方へ移動した。そしてサルトに会心の一撃を食らわそうとした時だった。サルトの前方に黒い渦があった。
「ゴオオオオオオオオオォォォォォ...」
黒い渦がモンスターを吸収していった。その瞬間、サルトは立ち上がり、渦の様子を探っていた。
「何なんだこれ。智也、これ何かわかるか?」
「わかりません。俺にもさっぱりで。なんにせよチャンスです。このまま負傷者を全員避難させましょう」
「モンスターが吸い込まれて行ったけど、このまま出てこないよな。なんにせよチャンスだ。モンスターがいない間にここから避難させよう」
サルトと智也は負傷者を一人ずつ未開拓領域から避難させた。幸いその間モンスターは黒い渦から出るような気配を見せなかった。数十分が経ち無事全員を未開拓領域から脱出させることができた。問題はまだある。フェリル山は幾多のモンスターが蔓延る巣窟。このまま全員無事にフェリル山を降りなければならない。それは難しい。これほどの負傷者を無事に返すのは難しい。オリビアやオリバーが居たおかげで負傷者を早く移動させることができた。難易度は高いが負傷者をギルドに送り届けなければならない。
「ゴオオオオオオオォォォォォ...」
「未だに黒い渦はモンスターを喰ったままだ」
「渦の中からひょんと飛び出してきたりしてな」
「サルトさん驚かせないでくださいよ。万一にでもあったら困るじゃないですか」
「よし。智也。オリビアさんとオリバーさんたちと負傷者たちとギルドに向かってくれ。俺は追いかけてこないように見張っておく。なに、心配するな。危険があればすぐ逃げるからな」
「わかりました。お気をつけて」
「おうよ」
こうして智也たちは負傷者を何度かに分けてフェリル山を下り始めた。先に未開拓領域から出たウォーラーたちに続いて智也達も心配に及ばずフェリル山を下りた。降りる最中で数匹のモンスターと対峙したが、負傷者がいる智也達が危機に陥ることはなかった。降り始めて1時間ほどが経ったときウォーラーらと会った。
「大丈夫だったか智也」
「おうよ。途中黒い渦が急にでてモンスターが取り込まれて言ってな。まさかウォーラーの能力ではないのか」
「黒い渦とか知らないぜ」
「そうか」
「ファシーがついさっき帰ってきたんだけど、もうすぐに冒険者が来るらしいぜ」
「ファシーはどこだ」
智也がそう言うとファシーが草陰から出てきた。
「俺はここだーー!」
「ファシー、いきなりどうしたんだ」
「智也を驚かせようと思ってな」
「お前らしいな」
「そうか」
「それで冒険者ってどれくらいの実力なんだ。ステータスは具体的にどれくらいだ。ステータス2100は下らないほどのモンスターだったからな」
「一人は1990、もう一人は2060、もう一人は2020。他には数名の超級冒険者が助けに来てくれるらしいよ」
「それは心強いな。でもステータス2100にはちょっと足りないんじゃないか」
「私もそう思ったんだけど、大都市ウェーゼのギルドでは精一杯だったんだってよ」
「さすがに王都ケントに要請なんか出してもここにたどり着くのにも何日もかかってしまうからな。それよりもポーション持ってないか。回復系の。それかヒーラーとか」
「ポーションはたくさん持ってきたみたいだぜ。ヒーラーも超級冒険者に二人いるようだぜ」
「ポーションよこしてくれ。サルトに持っていく。サルトが一人で見張ってくれているんだ。
智也は収納していたバイクを出し、サルトに回復ポーションをとどけるべくバイクを走らせた。黒い渦が出現した時、智也はボイスリアクトを握っていた。