選択
部屋を出ると夕焼が空を覆っていて、とてもきれいだった。空の下で彼らは今日の出来事について整理をして、一番安全な迂回路に向けて歩いて行った。
俺たちは迂回路に向けて進んでいったが、一向に迂回路にたどり着かない。あの家に行くときに少し迂回路からずれた気がするが、そのまま少し木々の中を抜けていっただけのはずなのだが。ところで犬はあの老婆の主人が犬になった姿なのか。とても気になる。もしこの犬がほかの世界から来た冒険者なんだったらもしかしたらここがどういうところなのか知っているのかもしれない。それと一人の人間を狼に変えてしまうほどの魔法がこの世界に存在するのか?もしそうであればもはや無敵じゃないか。あの犬はもともとはとても強い剣士であったそうじゃないか。その剣士があんな簡単に狼の姿に変えられてしまったのだからその魔法を操る魔術師はもうこの世界には敵なしじゃないか。俺たちは案外この世界では弱い方なのかもしれん。はじめはドラゴンがこの世界で最強の存在で彩子がそれより強いのだから、ここで俺たちは活躍できるかもしれないと思っていたのだが物事はそう簡単にはいかないものだ。俺はこの犬がどうも信じられない。この犬が初めて俺たちの前に現れた時は犬が懐いてきたとばかり思っていただけだったが、この犬が昔剣士だった人間の変身体だと知ってからこの犬のことが信じられないでいる。彩子はどう考えているのだろう。彩子はこのことに妙に前向きだ。この犬のことを本当に信じているのだろうか。俺はどうしても信じられない。それにしても1時間犬の後ろについていっているのだが一向に迂回路にたどり着かない。ほんとに迂回路ってあるのか?
「ヘンリーさん、迂回路はどこにあるのでしょう?」
「一番安全な迂回路は森の奥に敷かれているのです。そのため他の見つけやすい2つの迂回路から遠く離れたところにあります。あともう少しでつきます」
「わかりました」
「ところで残りの迂回路はどういう風に危険なのでしょうか」
「残り二つの迂回路は湖から見つけやすいので誘導されやすいのです。つまりそこにたくさんの人が集まるのです。それで沢山の人を襲って大きな利益を獲得できるのもあって強力な冒険者を雇うことが多いのです。その迂回路には超級冒険者必ずと言ってもいい確率で出現します。とくに有名なのは竜人族の腕利きの一人のイリュヴァやゼク、バドンファなどがいましてそのステータスがそれぞれ1660、1970、1590です。この中でゼクが頭一つ抜けて強く、昔は竜人族の族長をしていたものらしいです。得意技は旋風波でその周りの障害物を数メートルほど吹き飛ばすことができるとても強力な技です。この技で実質なステータスは2000オーバーであることは間違いないと言われています。バドンファの得意技はポイズンショットという毒の液体を高速でまっすぐに放射する技です。結構早いので普通の冒険者や一般人にはかわすことはできません。その毒は猛毒なので食らうとひとたまりもありません。イリュヴァの得意技はないのですが彼はステータス上昇のスキルを持っています。彼は彼自身のステータスが大幅に上昇する魔法をかけることができます。そのため実質なステータスは1800くらいだと思われます。その3名とも相当の冒険者で1人ならまだしも、二人以上で相手をされると私たちじゃまず勝ち目はないでしょう。しかもこの情報は彼らは表から姿を消す前の数年前の情報で今はこれよりもステータスは上昇していると思われます。今向かっている迂回路はその2つよりも通る人がとても少ないので少数で上級冒険者が雇われている場合が多く、私と彩子さんで何とかなるでしょう」
「ヘンリーさんってステータスのぞけるんですね」
「私も鑑定スキルもを持っていますので。ちなみたいていの冒険者やモンスターのステータスを見ることはできます。私がこの世界に来てから必死にレベル上げをして身に着けたスキルです」
「この世界にやってきたのって、いったいいつ頃なのでしょう?」
「私は50年前にこの世界にやってきました。その時の年齢は24でしたか。その時はものすごく驚いたものです。私は当時からゲームをプレイするのが好きで、たびたび友達を家に呼んでは遊びました。友達は私の知らないことをたくさん知っていました。その話を聞きながらゲームをして友達が帰ってからは一人でその知識を実践したものでした。彼らはとても強いプレイヤーでした。私でも足元にも及ばなかったのですから。だから私はこのゲームの世界にきてからというもの修行に修行を重ねました。彼らの言っていたことを何度も何度も繰り返して実践して、気づけば私は名の知られた冒険者になっていました。私はゲームで培った経験で旅を阻むモンスターをよく狩っていました。私の住んでいた町はとても小さな町でしたがとてもいい町でした。町には愛する妻と娘がいました。その妻とは今から33年前町の裏のダンジョンで出会いました。そのダンジョンは初心者向けのダンジョンでそのとき妻は町のギルドのパーティーに所属していてダンジョンでトレーニングをしているようでした。そのダンジョンは全部で40階層あって、彼女は16階層にいました。彼女はいつもそこでモンスターを退治しているのではなくモンスターと遊んでいました。普通はモンスターは退治するものとしてあるのにモンスターと真摯に向き合って、ともにトレーニングに励み、休憩がてら遊んでいました。私は当時それにとても驚き、彼女のことが気になりました。ある日、彼女がダンジョンが出てきたとき、私が少し声を掛けました。私が声をかけた時彼女はなぜか驚き始めました。私はその時には町一番の冒険者だったからなのでしょうか、私をパーティーに誘うようになりました。それがしばらく続いて私もふん切りがついたのか、彼女がいたパーティーに入りました。そのパーティーは喜んで私を祝福してくれました。その時の気持ちはいまだに忘れません。ある日そのパーティーでダンジョンの新しい階層にチャレンジしようという話になりパーティー全員で35階層に潜りました。ダンジョンの35階層はレベル50あれば大丈夫だという階層でした。当時私はレベル70あったのでみんなも総じてレベル60はあったし、大丈夫だろうという話でした。35階層に潜るとある魔石がそこら中に散らばっていました。新しい階層というのはすごいのだととても喜びましたが、そのときある魔獣が目を光らせてこちらへやってきました。その奥にはある人物がその魔獣の後についてきているようでした。その魔獣は巨大な鳥の形をした化け物でこちらをにらんできました。その大きなくちばしはまるでこちらを食おうと言わんばかりの迫力でした。
「グヴァアアア!!!」あの化け物は私に向かって猛突進してきました。私はその戦車のような体格の猛攻を間一髪に避けることができました。その化け物が突進した先にはダンジョンの壁があったのですがそれに一直線に向かっていき、ものすごい爆音がダンジョン内を響きました。
「ドゥドドドドドドドドドド・・・・・」その化け物の猛攻でダンジョンの天井の一部が割れ、瓦礫が雪崩のように落ちてきました。その鳥の化け物はそのときまぎれもなくとんでもない化け物なんだと思いました。そのつかの間次はパーティーメンバーの一人の魔術師に向かって突進しました。彼女はそれをかわそうとしましたがその化け物の猛攻が彼女より上手でした。
「ドン!」
その化け物が彼女に突進しました。彼女は避けられず、あの巨体にぶつかり一撃で瀕死状態になりました。彼女はレベル66もありステータスも上級冒険者並みの実力だったのだがいとも簡単に瀕死状態にされてしまった。
「グヴァアアアアア!!!」
「ドドドドドドドドドドドド・・・」
すかさずその化け物は瀕死状態の仲間に向かって突き進みましたが、とっさにほかのパーティーメンバーが注意をそらし、何とか危機を免れることができたと思いましたが、その次は注意をそらしたものに攻撃を仕掛けました。
「ブブゥゥゥンンンンンンッ!」
その化け物の足が彼の顔をめがけて飛んできました。彼はそれを自前の剣で精一杯受け止めようとしましたが、受け止めることができずに奥の方まで飛ばされてしまいました。そこには化け物の後をつけてきた男が彼の側に立っていました。その男は彼の頭を手でつかみ、化け物の方に投げました。その腕力は人間のものとは思えないくらいの人間離れしたものでした。私は化け物が注意をあの少年に向けているすきに必殺技の準備をしていました。私は当時必殺技を使用できました。あの時はがむしゃらにあの化け物を倒すことだけを考えていました。
「ヴーーーーーーー―ン」
「シュー――――」
「グギャアアアアアアァァ」
私は必殺技ソードライトピースをあの化け物に放ちました。私の必殺技が白い聖光を放ちながら一直線にあの化け物に直撃しました。化け物はすこしよろめきましたが、そのまま倒れました。私はすかさずあの男を狙いました。あの男はとても強いからいま仕留めておかないといけないと思いました。今度あのレベルの魔獣を呼ばれたらひとたまりもないし、あの人物はとても危険だと考えたからです。
「うおおおおおお」
私が彼めがけて剣を持ち上げると同時に一瞬で下に振り下ろしました。これは流石にダメージを与えたとそのときは思っていましたが、寸前で剣を素手で受け止めていました。
「素手で?!この剣を!???意味わからん??」
剣を素手で受け止める奴なんてこの世に存在しないと思っていましたが、その男は平気で素手で受け止めてしまったのです。私はその時この男からはなく離れないといけないと思い、剣を捨てて逃走を図ったのですが無駄でした。
「イクスプリズン」
「ババババババ」
私に何かが直撃したのもつかの間、私の視界が少し続ぼやけてきて私は気絶してしまいました。それから私が気付いたのは町の彼女の家のベットの上でした。彼女は化け物が現れたときから転移魔法の発動の準備をしていて、私が気絶した後に私を連れてそのダンジョンから街に避難したのでした。パーティーのみんなは無事でした。彼女のおかげです。その彼女は今の妻です。そしてその妻があの家のおばあさんです。彼女は多彩な魔法を操れました。あの家の特殊な結界も昔の私と彼女でつくったものです」
「そうなんですね・・・」
「これまでスルーしてましたけどこの声誰なんですか?」
「私ヘンリーの声です。念話は私の得意分野で彼女と話すときは人語と犬語を解せるのですが、あなたたちと話すときは念話で話しています」
「しかし、私の話長いですよね」
「いや、そうでもないです。俺たちもこの世界のことをよく知りたいと思っているので」
「でも昔のわたしの話なんて興味ないですよね。しょぼん」
「でもいい話聞けましたよ。私たちもこの世界のこと何も知らなくてボイスリアクトも使いこなせないでいるんです。今、この話はありがたいです」
「でも本当に俺たちの世界なんて作れるんだろうなあ。この世界にきて4日目でもまだ全然使いこなせてないし」
「使いこなすヒントはその対象物について知ることですよ。好奇心をもってそれについて調べることが大事です。」
「じゃあ、図書館なんかで片っ端から内容を覚えるのも役に立つんでしょうか?」
「大事なのはその対象物に興味を持つことです。それと知ることです。知るというのは調べるのもありますが、やってみることだったり、好きになってみたりも有効だと思います」
「俺そんな小難しいこと考えてられないんだよな。考えるよりなんか自分が思ったことをそのままやりたい派だから」
「そうでしたら、やってみましょう」
「迂回路にすらたどり着いていない今ですか?」
「考えたらすぐやってみることも大事ですよ」
「しかし、何をするのかも決めてないけど」
「じゃあ、今から私のつけている首輪をボイスリアクトで出してみてください」
「そんな簡単に出せるんですか?俺その首輪のこと何も知ってませんよ」
「じゃあ、私の首輪を触ってください」
「その首輪、ヘンリーさんの首にあるんですけど!そんなとこ気軽に触れませんよ」
「私は全然平気ですよ。私の妻に毎日のように触られていましたから。気持ちよかったですよ」
「お前は変態か!?」
「いいや、すみませんいきなり失礼なこと」
「それより、その首輪を早く触りなさいよ」
「うるさいよ彩子。触るっちゅうの」
「こしょばいです智也さん。やめてください」
「いや、ヘンリーさんが触ってって言ったんでしょうが!」
「悪ふざけはいいから早く始めましょう」
俺たちは迂回路に通じる旅路を通じて少しづつ仲が芽生えてきた。最初はヘンリーは何か変な犬かと思っていたのだがヘンリーの素性を少しづつ知って俺たちの仲も芽生えつつある。彩子もさっきはあんな恐ろしい怪物と出会ったのに今は楽しそうだ。俺は早くこの世界に少しでも詳しくならないといけない。そのためにこのヘンリーと彩子と旅を続けていこうと思う。これから困難が待ち受けるのかと思うがそんなのでへこたれていてどうする。俺たちはとまらない列車だということを見せつけなければ。俺たちの旅はまだまだ続くだろう。ヘンリーは今日の話でとても素直で面白い人だとわかった。彩子はどう考えているのだろう。できれば彩子もヘンリーのことを認めていてほしいとは思っている。
「いくぞ。クリエイト・・・・・カラー」
俺たちの目の前にヘンリーの首輪そっくりのそれが出現した。俺たちはいつもどおりその光景に心酔した。
「しかしなぜ俺たちがずっと使ってこなかった首輪を簡単に出すことができたのか?」
「わからない。でも、触ったら出たということだよね。そこら辺のも片っ端から出してみましょう」
「おう!」
「クリエイト・・・・・ウッズ」
「クリエイト・・・・・ウィード」
「クリエイト・・・・・フラワー」
「・・・・・・」
「だめだ、一向に出ない。なんかその木にもいろいろな種類というのもあるよな。なんか、アカシアとか松とか、かんとか・・・」
「そうわね、これはたぶんカシだよね。カシって知ってる?」
「なんでも見たけどどんな木とかはしらないぜ」
「でも、やってみましょう」
「クリエイト・・・・・オーク」
「・・・・・・」
「やっぱり何も出ないじゃん。やっぱりそう簡単には使いこなせないということか」
「俺って、情けない」
「情けなくないよ、あなた」
「そういって俺に元気を出させてやらせるつもりだろ」
「お見通しだっちゅうの」
「でも使えてもらわないとこの先困るでしょ?」
「それもそうだな」
「ヘンリーさん。俺たちボイスリアクトっていうものを全然使いこなせないんですが、今でも有効活用できることがあったら何かいい案ありませんかね?」
「そうですね。ボイスリアクトで触れたものであれば生み出せたんだったら、何か解毒薬みたいなものありますか。それか傷薬とか」
「それなら、家から持ってきたものがあります。それぞれ3つずつ」
「じゃあ、それに触れて出してみてください」
「クリエイト・・・・・アンチドーテ」
「・・・・・・・」
「やっぱり何も出てくれない」
「どうやったら出るんでしょう」
俺は愕然とした。ボイスリアクトを使いこなすのがここまで難しいとは知る由もなかった。最初は今よりお気楽に考えていたのだがいざやってみるとそう簡単にはいかないか。だからこそ旅は楽しんだとも思う。この考えは強がりかもしれないが、決して嘘ではないことをここで強調しておきたい所存である。
「わんわんわん」
「わんわんわん」
ヘンリーは念話をやめて俺たちに鳴いて楽しませようとしてくれた。最近は嫌なことが続いて強がってばかりだ。結構心がすぼんでいるのかもしれない。しかし、仲間も増えてこの世界についても少しづつ詳しくなってきて、ここにきて決して後戻りしているとはいえないだろう。俺たちもいつかやればできるということは見せてやりたい。
「どうも、ヘンリーです」
「びっくりした。急に脅かすなよ」
「そうよ、ちょっとびっくりしたじゃない」
「それより、あなたがびっくりしたところ少し面白かった」
「茶化すなよ、彩子!今お前だって結構驚いてただろ」
「人間の声が頭の中に響いただけだわ。私は結構お化けとか平気なのよ」
「それと念話は何も関係ないだろ」
「それで、ヘンリーさん何か御用ですか?」
「話脱線させるなよ!彩子が驚いた話をしてるんだろうが!」
「そうですね、もうすぐ迂回路が見えてくるのでお話しした通りここにはおそらく数人の上級冒険者がいるので十分気を付けてください」
「わかりました」
「それともし超級冒険者がいた場合、私が足止めしますのですぐにその場から離れてください。」
「俺たちはだれも身代わりにしない。ヘンリーは俺が守る」
「危険です。超級冒険者はステータスでは匹敵する彩子さんでも戦いなれてない彼女が勝てる相手ではないかもしれないのです。そこから上級冒険者が一人でも加わったら、おそらく厳しい戦いになるでしょう。私なら超級ならほとんどの相手の足止めならできます。多分数分間はできますのでその間にできるだけ遠くに逃げてください」
「でも、よく考えたらそれヤバくないか?」
「なぜですか?」
「超級冒険者と出会うじゃん。それで俺と彩子逃がして戦うじゃん。そして数分闘って逃げるじゃん。仲間呼びに行くじゃん。仲間来るじゃん」
「やばいじゃん」
「やばいじゃん」
「そうだよな、超級冒険者と遭遇したら絶対そいつ倒さないとやばいじゃん。だってこの湖普通に歩いたら2日とかかかるらしいし、いくら走るとはいえ追手が来る前に逃げ切れるとは言い切れない。ここは正面切って戦うべきだと思う」
「それは危険です。超級冒険者は並大抵の人ではなれないのです。彼らは国のギルドから正式に超級認定されているのです。あなたたちは一度も戦っていないらしいですね。危険な選択は避けるべきです」
「でも敵を倒さないと必ず仲間呼んでくるでしょ。それの方が危険じゃない?」
「それだったら、私の家に戻りましょう」
「まさか、そこまで考えてなかったのか、お前?」
「そんなわけはありません。私は常に最善の選択をしたまでです」
「だぶん、はりきりすぎたんだろ、彩子」
「そうね」
「わかりました。戦いましょう。仲間を呼ばれるよりはましです。超級冒険者がいても戦いましょう」
「でも二人以上いたら私がおとりになります。逃げてください」
「わかったよ」
「約束ですよ」
「おう!」
「はい」
彼らは約束をした。その約束は彼らの生死を分けるのだろうか。彼らが話し合って決めた答えなので間違っていないと思うのだが。一度も戦ったことのない彼らはこの先大丈夫なのだろうか。せめてボイスリアクトが使えれば少し助けになるのかもしれないが。何かの拍子に使えるのかもしれないから使えないとは言えないが。しかし今現在彼らはボイスリアクトを使いこなすことができていない。使うために考えたのだが全く使いこなせる気配がない。いったいいつになれば使いこなせるのだろうか。もしかすると一生使えないなんてことも。彼らは3人で木々の中をすり抜けながらあの家からこの迂回路までやってきた。あの家をでてだいぶ時間がたち、空が暗くなってくる。
「そうだ、ここらで休憩しませんか?」
「休憩なんですか?俺たちはこの夜の中まだ進まなければならないのか?」
「しかし、迂回路にたどり着いてしまったのなら夜の間にできるだけ進んでいくべきです。たとえ危険じゃない方の迂回路にだとしても、上級冒険者が雇われているので危険です。たとえ上級冒険者でも私たちが寝ているすきに攻められればひとたまりもありません」
「交代で寝るということもできるんじゃないですか?」
「そうですが交代で寝ていても見回り役が敵の攻撃に気づかず襲われて起こせなくなれば危険です。金品を奪われて逃走なんてあればひとたまりもありません。どんな冒険者を雇っているのかもわからないのです。身を隠すスキルなんてものを持っている可能性だってあるんです。」
「そこまで気を張る必要はないって」
「ですがやはり慎重にいかないと」
「しっかり休めずに判断力や体力が削られたらいざというピンチに備えられないだろ。少し戻って迂回路から離れたところで寝ないか?」
「でもあなた夜は敵も動いていない可能性だってあるんじゃない?」
「そうだが夜だと狙いやすいと思うからむしろ活動が活発になっているのかもしれないぞ。」
「それもそうね。なるべく体力は温存したい。戦いなれていないから下手に夜に戦闘するのはむしろ危険だと思う」
「ヘンリーさんはどうですか?」
「夜は敵の活動が落ち着くとは聞いていますが、その情報は定かではありません。やはり命がかかわっているのでその情報だけでは決め手に欠けます。それとむやみにボイスリアクトは使わないでください。使っているところを見られると確実に襲われるでしょう。ここはそれほど危険な森なのです。とても広く、モンスターがほとんど生息しない森なので犯罪が横行しているのです。やはりこの暗闇の中むやみに戦闘をするのは得策ではありません。あなたたちの判断に賛成です。では、ここからなるべく離れたところの洞窟を探しましょう。その洞窟で先日あなたが出したようにできるだけ頑丈なテントを出してください。なるべく外からは目立たない色でお願いします」
「わかりました。洞窟で試してみます」
「そうね、洞窟で夜を明かすのがいい選択だと思うわ」
「じゃあ、探すか!」
俺たちは今晩はいったん迂回路から離れ、なるべく遠くの洞窟を探した。しかしその周辺に敵のアジトがあるのかもしれない。細心の注意を払わないと。なるべく敵に見つからないところでテントを張らないといけない。誰に襲われるのかわからないからだ。冒険者も目的があって襲っているのだから下手な真似はしないと思うのだが、俺がボイスリアクトを持っていて武器も高価なものを身に着けているから決して襲われないとも限らない。今助けてくれる人はこの2人以外いないので自分たちが負ければそこで終わる可能性の方が高い。少しくらい注意しないとだな。俺も旅の初めはここまで慎重じゃなかったのだがここまでの旅路を通して俺はすっかり自信を無くしているようだ。ああ、じれったい。この俺が怖気づくなんて恥ずかしい限りだ。しかし命だってそう簡単に差し出せるものではない。俺はいったいどうすべきなんだ。
「この洞窟ってどう?」
「見つけたか、彩子!でも中が外側から見えてるじゃん。敵も夜活動してるかもしれないし外から中が見えるような洞窟はやめるべきだと思わないか?」
「そうね、でもほかにありそうなの、洞窟?」
「そういえば全然見当たらないな」
「ヘンリーさんどうしましょう」
「この洞窟は智也さんの言う通り外側から内側を見られているのでとても危険でしょう。しかし智也さんが黒いテントを張っていただけると洞窟には誰もいないと思わせることもできるでしょう」
「その手があったか。よく気づきましたね」
「私も昔の勘が戻ってきたのでしょうかねえ」
「じゃあその洞窟に行きましょうか」
「おう!」
その洞窟の中は進んでも進んでも奥が見えないと思ったら、途中で足の先が岩にぶつかったのを感じた。
「この洞窟、結構暗くていいんじゃないか?」
「そうね」
「じゃあ、ボイスリアクトでテントを出してください。忘れないでくださいよ、黒いものですよ」
「私が見回りをしてくるわ」
「お待ちください。私が行きます。私はモンスターなのでたとえ見つかっても変に思われることはないでしょう」
「わかりました。お願いします」
「じゃあ、行ってきます」
ヘンリーは月光がかすかに見える洞窟の外めがけて走っていった。
「クリエイト・・・・・スターディーブラックテント」
彼らの前に黒いテントが出現した。彼らはいつも通りその光景に酔っていたのだが、彼らはそのテントが外から見えるのか確認した。洞窟の外から見てもライトを照らしてもなかなか気づけない。これはいいと思って彼らはガッツポーズをした。そのガッツポーズは彼らが10年前の高校生の時、二人で旅行したときその観光地が秘境にあって、なかなかたどり着かなかったのだが日が沈む寸前にその秘境にある観光地にたどり着いたときに二人で組んだものにそっくりだったのだ。
「できましたよ、ヘンリーさん」
「そうですか、この洞窟の周辺を一回りしてみましたが何もないようでした。今、戻ります。」
「このテントよくできてますね。先日あなたが出したものよりも随分完成度が高いようです。おめでとうございます」
「そうですか。俺もこれくらいはできますよ。彩子!」
「智也を調子に乗らせないでください。彼は調子に乗るといつもこうなんですから」
「でもテントでこの完成度までいけたのですから、今度はもっとレベルの高いものをチャレンジしてみましょう」
「そうですね、そうですね。俺の能力なんて大したことないですよね。しょぼん」
「そんなことはないですよ。ものすごい能力です」
「そうですよね。何もないところから自分の出したいものが出るんですから」
「おなかがすきましたね。私は明日一日で森を抜けるつもりでしたから1日分の食料しかもってきませんでした。しかも持ち運びしやすいパンとあとポーションをバッグに入れてきました。それと一日分の水ですね」
「何か魔法で出せないんですか?」
「魔法で食料は出せません。スキルで出すことはできますがそのスキルはものすごく希少でめったにお目にかかることはできません。50年もこの世界にいた私でも2人ほどしか見たことがありません」
「そんな希少なんですか。ボイスリアクターって使いこなせれば天と地がひっくり返ることがあるとか聞いたのですが」
「そのアイテムは物事の道理に干渉することができ、この世界のあらゆるものに影響を与えることができます。影響はステータスに依存しません。どんなものでも影響を与えることができるので強いとか弱いとか区別はありません」
「しかし世界観まで支配するとなるとウェダーボイスリアクトですかね。あれは世界に5つだけの超貴重なアイテムで一般人にはお目にかかることはできません。とても強力ですべての理を捻じ曲げることができるとも言われています。こんな恐ろしいものですから巷では酷烈の器ともいわれています。国王でも1度しか見たことがないと言われるほどです」
「なんか希望が見えてきたぞ、彩子!俺たちはこんなすごい武器を持っていたなんて」
「そうね」
「やってやるぞー」
「じゃあ、手始めにスパゲッティでも出してみるか、ミートソースの」
「クリエイト・・・・・スパゲッティ」
彼らの目の前に突然スパゲッティが出現した。恒例の彼らの雀躍が始まった。智也はそのミートソーススパゲッティを手に取り、そして無言で大口でペロリといった。
「うめえな」
「ちょっと食べてみてもいい?」
彼女は彼よりも小口だが口を大きくあけてそのミートソーススパゲッティをほおりこみ、少し噛んでから一気に飲み込んだ。
「おいしい。そういえばあなたが昔つくってたものにそっくり」
「うーん。おそらく昔によく触れていたものはボイスリアクトで出せるらしい。今、それだけがわかっていることだな」
「そうね。これからは食事には困らないわね」
「毎日ミートソーススパゲッティだと偏りがあるだろ。今度前俺がよく作ってたもの出してみるよ」
「はははははは」
「・・・・・・・」
そして彼らはテントの中でひそひそと話しながら就寝した。彼らはどんな未来が見えているのだろうか。それはだれにもわからないが彼らにもこうなってほしいという理想がある。その理想をかなえるときがするのだろうか。